「たくさん本を読んでも、知識を身につけた実感がない」
「速さだけを重視した読書では、内容を理解できない」
このように、読書を成長の糧にできていないと感じる人は、1冊の本をじっくりと読む「精読」を試してみるといいかもしれません。今回は、筆者が精読を実践した結果とその効果をレポートします。
精読で最も効果があるのは「書き写し」
明治大学文学部教授の齋藤孝氏によると、精読には「音読する」「本に書き込む」「書き写しをする」の3つの方法があるそう。なかでも「書き写し」は、精読の最たるものだと実践を推奨しています。
さらに脳神経外科医の築山節氏も、脳科学の観点から、書き写しは本の内容を正しく認識するのに非常に役立つと説きます。その理由はふたつ。
ひとつは、インプットとアウトプットの繰り返しによって記憶を強化できるからです。
本を読む(インプット)
→読んだ文章を書き取る(アウトプット)
→自分が書いたものを見る(インプット)
……
たとえばこんな感じに、情報を入れたり出したりする作業が、記憶力を向上させるとのこと。
もうひとつの理由は、誤読を防ぐことができるから。築山氏によれば、ある程度の速さで文章を黙読すると、脳はおのずとわからない部分を読み飛ばしたり、文脈を勝手に解釈したりしてしまうそう。その反面、1文字1文字丁寧に書き写せば、文字に意識が集中するため、誤読につながる状況を防ぐことができるのです。
書き写しによる精読のやり方
築山氏は、本に書かれている文章をすべて書き写すのが理想だと説きます。しかし、実際にその作業を行なうのは非常に困難。
そこで筆者は、元外務省主任分析官で “知の巨人” と称される作家の佐藤優氏が提唱する書き写しの方法を実践してみました。1冊の本を書き写しながら読む場合の、具体的なやり方は次のとおり。
- 気になる箇所へ線を引きながら、一度通読する(目安:2~3日間)
- 線を引いた箇所のうち特に重要な部分を囲い込み、囲んだ分量を確認してからノートへ書き写す(目安:10日間)
- 各章末の結論部分を3回読んだあと、もう一度通読する(目安:3~4日間)
築山氏の説明に照らせば、ステップ1の「線引き」には、線を引いた内容を重要な情報だと脳に認識させる効果があるそう。
ステップ2の「囲い込み」は、重要な内容をいっそう強く認識するために行ないます。ただし、囲い込むテキストの量は、多くても本全体の10分の1程度にとどめること。多く囲いすぎるのは、要点を見極められておらず理解が浅い証拠だと佐藤氏は述べます。
また、この時点でわからない箇所を読み返したり、知らない単語の意味を調べたりしていなければ、全体を理解するには至らないので注意が必要です。「勉強になった」「納得できた」などの感想も余白へ一緒に書き込みましょう。感情をともなう記憶は「エピソード記憶」と呼ばれ、本の内容をより忘れにくくさせる効果があるとのこと。
最後に、ステップ3で精読の仕上げに入ります。各章末の結論部分を3回読んだうえで、もう一度通読してください。佐藤氏いわく、ここまで来れば、本の内容のほとんどが理解できるようになっているそうですよ。
書き写しによる精読をやってみた
今回筆者は、神経科学を活用したリーダーシップ開発を行なうコンサルタント、デイビッド・ロック氏による『最高の脳で働く方法 −Your Brain at Work』という本で精読を実践してみました。選んだ理由は、全504ページとビジネス書としてはページ数が多く、一度で理解するには大変そうだと感じたからです。
囲い込んだ箇所をよりわかりやすくするため、今回は本に付箋も貼ってみました。貼った付箋の数は全部で約40枚。エピソード記憶が強調されると考え、独自の判断で以下のように色分けしています。
- 緑色:線で囲んだ部分
- 赤色:読み返した結論部分
- オレンジ色:感銘を受けた部分
書き写し用のノートは、B5サイズ(罫線7mm、30行)を使用。感想を書き込むため、片ページ右端に縦線を引いて余白をつくりました。ノートを見返したときに本のどの箇所を書き写したのかわかりやすくするため、本のページ数も書き込んでいます。佐藤氏によれば書き写しにかかる日数は10日が目安だとのことでしたが、今回は5日ほどで終わりました。
あわせて、書き写しの際は音読も実践しました。理由は、よりしっかりと本の内容を記憶するためです。築山氏いわく、声に出してアウトプットすることには、文字を書くのと同様記憶を強化する効果があるとのこと。加えて、目で文字を追うスピードに書くスピードが追いつかず、慌てて書き損じるのを防ぐ狙いもありました。そうして、できあがった紙面がこちら。
書き写しによる精読で、難しい内容もスムーズに理解できた!
書き写しによる精読を実践して感じたこと、提案したいことを以下にまとめます。
「わかったつもり」が減って、納得感が高まった
最も実感したのは、「言葉の意味を “なんとなく” ではなく “明確に” 理解でき、納得感が高まった点」です。これまで筆者がやっていた、読む速さだけを重視した読書では、わかりにくい言葉を前後の文脈でなんとなくとらえてしまいがちでした。しかし書き写しをすると、「この単語はどういう意味だ?」と立ち止まることができ、本を読み返したり、辞書で調べたりして、本の内容をより深く理解できるようになりました。
たとえば、脳が察知する「一次的脅威」という言葉が出てきたとき。これまでの読書なら「命に関わる危険なこと」と漠然と解釈していたことでしょう。しかし、書き写しを機に本を読み返したところ、災害のような “現実的” な脅威だけではなく、怒った人の写真を見るといった “想像” による脅威も含まれる点を見落としていたことがわかりました。このように、ひとつひとつの言葉を丁寧に読み解くと理解が深まり、「なるほど!」という納得感が高まりました。その結果、エピソード記憶として脳に残りやすくなったと感じています。
意外にも読書が楽しくなった
これは思わぬ効果でしたが、精読をすると、速くたくさん読むことを重視していたとき以上に読書が楽しく感じられました。というのも、本の内容を実生活へより役立てられるようになったから。筆者の場合、読書の最終目標は自己成長なので、それを感じられることが一番の脳への報酬なのかもしれません。
たとえば、今回の精読では「ToDoリストの作成や目標の設定は、朝の “脳がフレッシュな状態” でやるのが理想的」だと学びました。脳は不確実なものを嫌う傾向にあるので、未来を予測して物事を決めるこれらの行為は、エネルギーをかなり必要とするとのこと。そこで、これまでは脳のエネルギーを使いきった夜にToDoリストや目標を考えていたのを、朝に変更。するとたしかに、無理のないプランを考えられるようになりました。
「精読」は勉強の入門書や難解なビジネス書を読むのにおすすめ
筆者の場合、精読で1冊の本を読み終えるのに11日かかりました。書き写す量が多いと15日以上かかる場合もあることでしょう。そのため、すべての本で書き写しによる精読を実践するのは難しいと感じました。
しかし「この本にある知識は絶対に覚えないといけない」という重要な本を読むときには、精読に取り組むのがおすすめ。たとえば、勉強の入門書、仕事に必要な知識がつまった専門書には特に適していると思います。また筆者が今回読んだような、ページ数が多くて内容が難しいビジネス書にも向いていると感じました。
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書き写しによる「精読」は、一見遠回りのように思えますが、本の内容を忘れにくくなるため、知識が身についた実感を得られます。勉強や仕事のスキルアップに、ぜひ実践してみてくださいね。
(参考)
齋藤孝 (2016),『大人のための読書の全技術』, KADOKAWA.
築山節 (2012),『脳が冴える勉強法 覚醒を高め、思考を整える』, NHK出版.
佐藤優 (2012),『読書の技法』, 東洋経済新報社.
デイビッド・ロック (2019), 『最高の脳で働く方法 −Your Brain at Work』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.
【ライタープロフィール】
かのえ かな
大学では西洋史を専攻。社会人の資格勉強に関心があり、自身も一般用医薬品に関わる登録販売者試験に合格した。教養を高めるための学び直しにも意欲があり、ビジネス書、歴史書など毎月20冊以上読む。豊富な執筆経験を通じて得た読書法の知識を原動力に、多読習慣を続けている。