今日も机に向かって、ため息をつく。
画面には未処理のメールが溜まり、手帳には期限の迫るタスクびっしり。やることは山積みなのに、一向に減る気配がない。
効率化を心がけ、時短のコツも実践してきた。タスク管理ツールも導入して、スケジュール管理も工夫している。
それなのに、仕事は減らない。むしろ、効率的にこなせばこなすほど、新しい仕事が降ってくる。
このループから抜け出すには、「効率化」とは違う視点が必要かもしれない。
私たちの仕事の実態を詳しく分析すると、意外な事実が見えてきました。実は毎日の仕事の中には、思いのほか「多すぎるもの」が潜んでいたのです。
・1日に数百回も行っている「判断」
・本質的な成果に結びつかない「ムダな作業」
・手戻りを誘発する「マルチタスク」
本記事では、これらを適切に「減らす」ことで、仕事の速度と質が劇的に改善した方法をご紹介します。
なぜ私たちは”減らす”ことに注目すべきなのか
日本の生産性の低さは深刻です。公益財団法人日本生産性本部の調査によると、2022年の日本の時間当たり労働生産性は52.3ドル(5,099円)。これはOECD加盟38カ国中30位という低さで、1位のアイルランド(154.1ドル)と比べると、実に3倍もの差があります。
この生産性の問題に対して、多くの企業や個人は「効率化」で対応しようとしています。会議の進行を改善したり、資料作成の手順を見直したり、デジタルツールを導入したり。今ある業務をより速くこなす工夫を重ねています。
しかし、ここには日本特有の落とし穴があります。私たちは「今ある仕事」を所与のものとして受け入れ、その実行方法の改善にばかり目を向けがちです。本当は必要のない会議、過剰な資料作成、複雑な決裁プロセス―。それらの存在自体を疑問視する前に、いかに効率的にこなすかを考えてしまうのです。
根本的な生産性向上のためには、もっと大きな視点が必要です。それは「やらなくてよいことはやらない」という判断です。つまり、業務の細部の効率化以前に、そもそも必要のない作業や過剰な負担を特定し、思い切って減らしていく必要があるのです。
具体的には、以下の3つの「多すぎるもの」に焦点を当てていきましょう。
減らすターゲット1:「判断」
「この件は部長に確認すべきか」「この資料はこのまま提出して大丈夫か」「この返信のトーンは適切か」―—。
仕事をしていると、私たちは1日に数百もの判断を迫られています。人間行動学の専門家メロディ・ワイルディング氏によると、この判断の1つ1つが脳と感情の資源を消耗させていると言います。そして厄介なのは、判断に疲れた脳ほど考えすぎに陥りやすく、些細な決定でも「非生産的な思考ループ」に陥りやすくなるということです。*2
たとえば、メールの文面を何度も見直したり、提出済みの資料が本当に正しかったか何度も確認したり。こうした考えすぎのループは、時に何時間もの時間を奪っていきます。
この状況を改善するために、ワイルディング氏が提案するのが「判断のルーチン化」です。これは、繰り返し発生する判断について、あらかじめ「こうする」とルールを決めておく方法です。
ルーチンや習慣の例は、次の通りです。
- メールの返信ルールとテンプレートを作っておく
- 日常的な承認事項の判断基準を明確にする
- 定例会議の実施判断に明確な基準を設ける
- 服装や昼食など、日々の個人的な選択を固定化する
このように判断をルーチン化することで、私たちの「判断する力」は温存されます。その結果、本当に重要な意思決定により多くの時間と能力を割くことができるのです。
減らすターゲット2:「ムダ作業」
「この会議、本当に必要?」「なぜ同じような資料を何度も作り直すんだろう」「もっと簡単にできるはずなのに…」。
日々の仕事を振り返ると、こうした違和感を覚える場面は少なくないはずです。株式会社らしさラボ代表取締役の伊庭正康氏は、この違和感の正体を明らかにするため、すべての業務を3つに分類することを提案しています。*3
(1)「主作業」増やせば成果、評価が上がる価値ある業務
(2)「付随作業」主作業をするために必要な業務
(3)「ムダ作業」何にも貢献しない業務
たとえば営業職の場合。
(1)主作業:顧客との商談
(2)付随作業:商談資料の作成、議事録作成
(3)ムダ作業:過剰な資料作り込み、不要な社内報告
伊庭氏は、生産性向上のカギは付随作業とムダ作業の削減にあると指摘します。では、具体的にどう削減すればよいのでしょうか。
そのために伊庭氏が提案するのが「ECRSの順序」です。これは次の4つのステップで業務を見直していく方法です。*3
- Step1:Eliminate(排除) やめても成果に影響しないならやめる
- Step2:Combine(結合) 分けていた業務を1回で済ませる
- Step3:Rearrange(変更) 配置や順番を変えて、行動のムダを減らす
- Step4:Simplify(単純化) 作業工程を減らして、簡単にする
(*2をもとに筆者が整理した)
先の営業職の例では、週1回の部内会議を隔週にする(排除)、商談後の報告と議事録を一本化する(結合)といった改善ができそうです。「仕事を減らすなんてできない」と思う人も、まずは個々の作業を見直し、ECRSの手順で改善を試みてください。その結果、確実に時間的余裕が生まれるはずです
減らすターゲット3:「手戻り」
最後にどうしても減らしたいものが「手戻り」です。一度終えたはずの仕事をやり直すことは、時間の無駄であるだけでなく、取り組む意欲すら下げてしまいかねません。
この手戻りの多くは「うっかりミス」が原因です。そして、このミスを引き起こす最大の要因が「マルチタスク」、つまり複数の作業を同時に進めようとする働き方にあります。
『SINGLE TASK 一点集中術』の著者デボラ・ザック氏は「マルチタスクを試みると、情報処理能力を低下させるコルチゾール(別名ストレスホルモン)が分泌される」と指摘しています。見かけの効率を求めて複数の作業を同時に進めることが、逆にミスを誘発し、手戻りという余計な仕事を生んでいるのです。
ザック氏が提案する解決策が「シングルタスク」、つまり1つの作業に没頭することです。具体的な方法として推奨されているのが「パーキングロット」という手法です。パーキングロットとは「1つの作業に集中している最中に、ほかのことについてのアイデアがひらめいたら、あとで考えられるようにそれを書き留めておく」方法です。
たとえば、データ入力中にメールが届いた場合、すぐに対応せず「メールチェック」とメモするだけにとどめます。新しいタスクが発生しても、メモを取って元の作業に戻る習慣をつけることで、集中力が保たれ、ミスによる手戻りを防ぐことができます。
パーキングロットを実践してみた
筆者も複数の仕事を同時進行させがちで、どの作業も中途半端になってミスや遅れが発生していました。そこで、ザック氏が提案する「パーキングロット」という方法を試してみることに。
準備は、メモ用紙とペンをデスクの上に置くだけです。ザック氏は「スマホの『メモ』機能でもいいし、紙のメモ帳でもいい」と述べていますが、筆者の場合はスマートフォンの通知が気になりそうだったので紙のメモ用紙を選びました。
準備ができたら、普段通りに仕事を進めます。途中で新しいタスクやアイディアが浮かんだら、すぐにメモをして作業に戻ります。実際に使用したメモ用紙は、以下の通りです。
メモを活用することで、目の前の作業により集中できるようになりました。複数の仕事を同時に進めていたときと比べて、作業スピードも上がったと感じます。また、思いついたタスクをメモに残すことで、作業の抜け・漏れも減らすことができました。ザック氏の指摘通り、マルチタスクによるミスを防ぐ効果を実感できたのです。
普段、いくつもの作業を同時に進めている人や、タスクが次々に降ってくるという人は試してみてはいかがでしょうか。
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判断、ムダ作業、手戻りを減らすことで、本当に必要な仕事により多くの時間と能力を振り向けることができるはずです。まずは日々の仕事の中にある「多すぎるもの」を見つけ、1つずつ減らしていってみましょう。
※引用の太字は編集部が施した
【ライタープロフィール】
藤真唯
大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。