「時代が変化するスピードが加速度的に増している」と言われるなか、ビジネスの構造もどんどん変化していきます。その変化に合わせ、いまはどんな組織(企業)が求められているのでしょう。
その問いに「自走する組織」と回答するのは、起業家でありビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授でもある、斉藤徹(さいとう・とおる)先生です。「自走する組織」とはどんな組織なのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
変化する顧客のニーズをつかんでいるのは、現場の社員
いまのビジネスシーンに求められる組織は、「自走する組織」だと私は考えています。
自走する組織とは、読んで字のごとしで「自ら走る組織」です。具体的には、「社員ひとりひとりが自ら考えて行動し、さらにそうした社員どうしがコラボレーションして、ひとつの方向に向かってともに価値を生み出す組織」を意味します。
そうした組織が求められていることには、大きくふたつの理由があります。ひとつは、「いまの時代がとても複雑になっている」ということ。これまでであれば、組織のトップが考えた戦略に従って現場の社員たちが動くことで、効率的に成果を挙げることができました。
しかし、いまは違います。「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとって「VUCA」の時代とも言われますが、いまは社会の変化が激しく、先の見通しを立てることが困難です。
その変化するもののなかには、たとえば顧客の価値観やニーズも含まれます。変化が緩やかだったかつてであれば、多くの組織のトップがそれまでの経験などから、顧客のニーズを的確につかめていたでしょう。
でも、時代とともにニーズも激しく変化しているいまは、それが難しくなっているのです。いま、顧客のニーズや感情を把握しているのは、組織のトップではなく、現場で直接顧客に接する社員たちです。だからこそ、現場の社員ひとりひとりが自走するような組織でなければ、この先を勝ち抜くことはできなくなるのです。
コロナ禍のいまこそ、「自走する組織」が必要
自走が求められるのは、対顧客の場面だけではなく社内においても同様です。かつての社員は、トップが考えた戦略に従って動くだけでよかった。その戦略では想定していなかった問題が起きた場合も、そのことを上層部にフィードバックしてトップが新たな戦略を練り直せば、十分に対応できました。
しかし、変化のスピードが増しているいま、そんなことをしていては時代に置き去りにされてしまいます。だからこそ、現場の社員たちが、「会社の戦略はこうだったけど、こんな問題が発生した」「だったらどんな手を打つべきか」「こういう手が有効ではないか」「よし、みんなでやろう!」と、コラボレーションしながら意思決定して自ら行動することが求められているのです。
自走する組織が求められるもうひとつの理由は、「コロナ禍」にあります。コロナ禍以降、リモートワークになった人も多いでしょう。社内のコミュニケーション手段の中心は、Zoomなどのオンライン会議ツールになりました。では、Zoomでの社内会議や打ち合わせが終わったあとはどうですか? みなさんのなかにも、家で寝たり遊びに出かけたりしている人もいるかもしれませんね(笑)。
すべての社員が出勤していた頃なら、組織のトップは社員たちの仕事ぶりを一目瞭然で把握できたのに、いまはそうできなくなった。つまり、これまでの社員管理システムが形骸化してしまったわけです。
そういうなかで求められるのは、トップやリーダーの監視の目などなくとも自ら考えて行動してくれる社員たちであり、まさに自走する組織ということになるのです。
いまのリーダーが目指すべき「サーバント・リーダー」とは?
では、そんな自走する組織をつくるために、リーダーはどうすればいいのでしょうか。ポイントは、「統制しない」ことにあります。子どもの頃を思い出してみてください。親から「宿題しろ!」と強く言われたら、どう感じたでしょう? 逆に反発心が目覚めて、「絶対にやるもんか」なんて思ったはずです。あるいは、宿題をするにしても渋々やるだけですよね。これは、自走とはほど遠い状態です。
統制することなく自走する組織をつくるには、リーダー自身が変わる必要があります。具体的には、「サーバント・リーダー」になること。「サーバント(servant)」の意味は、使用人や奉仕者です。サーバント・リーダーとは、リーダーとしてチームをひとつの方向に導きつつも、「メンバーが自走しやすい環境」を提供するという奉仕をしながら、チームを後方から支えていくようなリーダーです。
加えて、リーダーはこのサーバント・リーダーになることを基本としつつ、チームにおいて「シェアド・リーダー」を活用することも考えてみましょう。シェアド・リーダーとは、「メンバー全員がリーダーシップを共有する」ことです。
たとえサーバント・リーダーであっても、リーダーが固定されてしまうと、メンバーはどうしても受け身になり、自走しなくなってしまいます。そこで、「この課題ならAさんがリーダーに最適だ」のように、テーマごとにリーダーを変えていくのです。
そうして各メンバーがリーダーを経験すると、さらなるメリットも生まれます。それは、自分がリーダーではないときには「最高のフォロワーになる」こと。リーダーのつらさや難しさは、リーダーを経験した者でないとわかりません。シェアド・リーダーによってそれらがわかるからこそ、自分がリーダーではないときには「しっかりとリーダーに協力しよう」と思えるようになるのです。そんなメンバーで構成されたチームが、強いチームワークを発揮することは言うまでもありません。
では、先に述べた「メンバーが自走しやすい環境」を提供するには、どうすればいいのでしょう? その回答には多くのことが挙げられますが、特に重要なのは「『心理的安全性』をつくる」「『内発的動機づけ』をする」です。それぞれ、次回以降の記事で詳しく解説しましょう(『強いチームの必須条件「心理的安全性」を築けるリーダーの7つの特徴。最重要は “この2つ”』『組織が力を発揮するための鍵は「内発的動機づけ」にあり。その大前提はリーダーによる○○だった』参照)。
【斉藤徹先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
強いチームの必須条件「心理的安全性」を築けるリーダーの7つの特徴。最重要は “この2つ”
組織が力を発揮するための鍵は「内発的動機づけ」にあり。その大前提はリーダーによる○○だった
【プロフィール】
斉藤徹(さいとう・とおる)
起業家、経営者、研究者、執筆者。株式会社hint代表。株式会社ループス・コミュニケーションズ代表。ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授。1985年、日本IBMに入社。1991年に独立し、フレックスファームを創業。2005年にループス・コミュニケーションズを創業。30年におよぶ起業家、経営者としてのビジネス経験に基づき、知識社会における組織の在り方を提唱している。2016年から学習院大学経済学部経営学科の特別客員教授に就任。2020年からはビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授として教鞭をふるう。2018年に開講した社会人向けオンラインスクール「hintゼミ」には大手企業社員から経営者、個人に至るまで多様な受講者が在籍し、期を増すごとに同志の輪が広がっている。企業向けの講演実績は数百社におよび、組織論、起業論に関する著書も多い。主な著書に『だから僕たちは、組織を変えていける』(クロスメディア・パブリッシング)、『業界破壊企業』(光文社)、『再起動 リブート』(ダイヤモンド社)、『ソーシャルシフト 新しい顧客戦略の教科書』(KADOKAWA)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。