2010年代後半からビジネスシーンにおいて見聞きする機会が急増してきたのが、「心理的安全性」というワードです。一般的には「組織のなかで誰に対しても自分の考えや気持ちを安心して発言できる状態」となりますが、いまなぜその重要性が増しているのでしょうか。
起業家でありビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授でもある斉藤徹(さいとう・とおる)先生に、その理由とあわせて、心理的安全性を確保するためにリーダーに求められる行動を解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
心理的安全性が求められるのは、先を見通せない時代だから
社会の変化が激しく先の見通しを立てることが困難だと言われるいま、求められるのが「自走する組織」です。自走する組織とは、「社員ひとりひとりが自ら考えて行動し、さらにそうした社員どうしがコラボレーションして、ひとつの方向に向かってともに価値を生み出す組織」を意味します(『「メンバーが自走できる」最高のチームをつくるため、リーダーが大切にすべき2つのこと』参照)。
その自走する組織においてリーダーがやるべきことは、「メンバーが自走しやすい環境を提供する」こと。そして、そのために重要な要素のひとつが、「『心理的安全性』をつくる」ことです。
心理的安全性という言葉は、メディア等で取り上げられることが増えてきましたから、聞いたことがある人も多いかもしれません。心理的安全性とは、一般的には「組織のなかで誰に対しても、自分の考えや気持ちを安心して発言できる状態」を指します。そんなまわりくどい表現ではなく簡単に言うと、「自然体の自分でいられる状態」だとか「ざっくばらんな雰囲気」となるでしょうか。
心理的安全性の重要性が増していることの背景には、冒頭に触れた「社会の変化が激しく先の見通しを立てることが困難」だということがあります。そんななか、これまでのビジネスシーンでは想定できなかったような問題が起こったり、顧客のニーズが多様化・複雑化したりしているのです。
そういった変化には、ひとりのトップが考えた戦略ではなかなか対応できません。必要となるのは、それぞれに異なる得意分野など多様性をもった組織のメンバーが、その持てる力をしっかりと発揮し、チームの総合力で対応することです。
そして、各メンバーが力を存分に発揮するために、リーダーやトップに対しても、「この課題の解決なら、私に任せてください」「この企画にはこういう問題があるのでは?」と、まさにざっくばらんに言いたいことを言い合える心理的安全性の重要性が増しています。
逆に、言いたいことがあってもリーダーやトップに対しては何も言えないなど、心理的安全性が欠けていたらどうなるでしょうか? メンバーがそれぞれ異なる高い能力をもっていても、力を発揮しづらくなります。チームであることの意味がなくなり、トップひとりの戦略で勝負することになり、現代の複雑化する問題への対応は難しくなるでしょう。
親しみやすくて優しいだけではリーダーとして不十分
では、その肝心な心理的安全性をつくれるリーダーにはどんな特徴があるかを考えていきます。その回答には、心理的安全性というコンセプトの生みの親であり、ハーバード・ビジネススクール教授であるエイミー・C・エドモンドソンが提唱する、「心理的安全性のためにリーダーにできる行動」が適しているでしょう。
【心理的安全性のためにリーダーにできる行動】
メンバーがなんでも言えるようになるには、1つめの「直接話のできる、親しみやすい人になる」ことが欠かせません。しかし、親しみやすいだけでは不十分です。
いつもチームの会議に遅刻してくるようなメンバーがいたらどうでしょうか? チームの和が乱れてしまうことは明らかです。そういう事態を招かないためにも、7つめの「境界(規範)を設け、その意味を伝える」ことも重要なポイント。もちろん、遅刻しがちなメンバーに対して強い口調で「今度遅刻したらメンバーから外れてもらう」といった脅しのようなことをしてしまうと、チームの和は乱れてしまいます。
そうではなく、このケースであれば、「時間とは人生そのものだよ」「あなたは遅刻することでほかのメンバーの人生の一部をいつも奪いとっていることになる」「だから遅刻してはいけないんだ」と、「遅刻してはいけない」規範を設け、その意味もしっかりと伝えて納得してもらうべきです。
まずはリーダー自身が「強がりの仮面」を外す
ただ、私個人としては、先に挙げた「心理的安全性のためにリーダーにできる行動」のうち、「現在もっている知識の限界を認める」「自分もよく間違うことを積極的に示す」ことが最も大切だと考えます。私なりの表現で言うと、「強がりの仮面を外す」ことです。
リーダーのなかにはその立場を意識するあまり、「自分はリーダーだから誰よりも多くの知識をもっていなければならない」「ミスをしてはいけない」と考えてしまう人もいます。
でも、メンバーはそれぞれ異なる能力を発揮するために集まっているのですから、分野によってはリーダーをしのぐスキルや知識をもっていて当然です。その優れた力を発揮してもらうには、リーダーが自分の知識の限界を認め、素直にメンバーを頼るべきでしょう。
また、リーダー自身がミスをしたときに「自分はリーダーだからミスをしたことを知られてはいけない」などと考えて、ミスを隠そうとする人もいるかもしれません。しかし、はたしてそんなリーダーをメンバーが信頼してくれるでしょうか。そうではなく、「ごめん! 失敗しちゃった」「申し訳ないけど、みんなで助けてくれるかな?」と包み隠さずメンバーに告げましょう。
「自然体の自分でいられる状態」である心理的安全性をつくるのですから、まずはリーダーが強がりの仮面を外して自然体になるべきなのです。そうすれば、「自分の失敗さえ素直に話してくれるリーダーにだったら、なんでも言える」とメンバーは安心感を得て、チームの心理的安全性は確実に高まっていくはずです。
【斉藤徹先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
「メンバーが自走できる」最高のチームをつくるため、リーダーが大切にすべき2つのこと
組織が力を発揮するための鍵は「内発的動機づけ」にあり。その大前提はリーダーによる○○だった
【プロフィール】
斉藤徹(さいとう・とおる)
起業家、経営者、研究者、執筆者。株式会社hint代表。株式会社ループス・コミュニケーションズ代表。ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授。1985年、日本IBMに入社。1991年に独立し、フレックスファームを創業。2005年にループス・コミュニケーションズを創業。30年におよぶ起業家、経営者としてのビジネス経験に基づき、知識社会における組織の在り方を提唱している。2016年から学習院大学経済学部経営学科の特別客員教授に就任。2020年からはビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授として教鞭をふるう。2018年に開講した社会人向けオンラインスクール「hintゼミ」には大手企業社員から経営者、個人に至るまで多様な受講者が在籍し、期を増すごとに同志の輪が広がっている。企業向けの講演実績は数百社におよび、組織論、起業論に関する著書も多い。主な著書に『だから僕たちは、組織を変えていける』(クロスメディア・パブリッシング)、『業界破壊企業』(光文社)、『再起動 リブート』(ダイヤモンド社)、『ソーシャルシフト 新しい顧客戦略の教科書』(KADOKAWA)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。