気遣いで失うもの——優しすぎて疲れてしまう社会人に心がけてほしい3つのこと

デスクで疲弊している男性

「はい、手伝いますよ」

その言葉は、考える前に自然に出てきました。気づけば、また今日も誰かの仕事を手伝って残業している自分がいます。誰かが困っているなら助ける——それは、選択ではなく、ただそうするものだから。

でも、最近どうしても気になることがあります。なんとなく疲れが取れない。頼まれごとを全部引き受けて、やるべきことが少しずつ後回しになっている気がする。気を使いすぎ、仕事が終わらない日も増えてきた。人の仕事ばかりやってる気がして、なんだか息苦しい。でも、明日誰かに頼られたら? そう考えると、またいつものように手を差し伸べるんだろうな、と思う。考えるまでもなく、そうするんだと思う。

「優しすぎて損してる」
「人に頼られすぎてつらい」
「優しすぎる性格、直したい」

そんなふうに思いながらも、次はどうしようと考えても、いつものように手を差し伸べるんだろうな。だって、困っている人がいるなら、助けるのは当たり前だから。

じつは、あなたのような人は意外と多いのです。まわりへの気遣いや協力を惜しまない姿勢は、確かにチームには欠かせないもの。でも、「助ける」「手伝う」だけが、正解とは限らないのです。

今回は、いつの間にか染みついた「イエス」のクセと向き合い、優しすぎて疲れた状態から抜け出すためのヒントをご紹介します。

1. 人に合わせすぎないよう「限界」を決める

高いパフォーマンスを発揮するには、他者との良好な関係性が欠かせません。しかし、気を使いすぎて仕事に支障をきたしていませんか? 人に頼られすぎてつらい思いをすることが多い方は要注意です。

公認心理師の川島達史氏は、「自分の気持ちを押し殺して、相手や環境に必要以上に合わせる状態」を「過剰適応」だと述べています。これは、新しい環境や状況にうまくなじめない不適応とは真逆で、相手に合わせすぎてしまう(過剰に適応してしまう)状態です。

川島氏は、本音は違うけど表向きは人に合わせる「外的過剰適応」と相手に合わせて内面も変えてしまう「内的過剰適応」の2パターンがあると説明しています。具体的には、以下のようなもの。

<外的過剰適応タイプ>

  • 先輩と意見や考え方が違うとわかっているのに、「私もあの案件で同じことを考えていました」と同調する
  • 忙しいのに上司から仕事を依頼され、「喜んで引き受けます」と好意的な返事をする

<内的過剰適応タイプ>

  • 過去の自慢話をする上司が苦手なのに「上司は本当に能力の高い人」と認知を変えようとする
  • ほかの社員と比較して仕事量が多く、残業もあるのに「いまが成長のチャンス!」と心を無理やり前向きに変える *1

前者は本音が違っても相手の気分を害さないよう、表向き合わせるパターン。後者は本当は嫌な状態であるのにもかかわらず、周りのせいにしないよう、心までも変えてしまう例です。どちらも自分の本心や意思ではなく、相手の考えや状況を優先させてしまうわけですね。

青年心理学研究に掲載された論文(2015)では、自己抑制の高さは抑うつの高さと関連があると報告されています。つまり、自分の本心を抑えて周囲に合わせると、そのぶん精神的な負担が増えるというのです。

では、どうしたら仕事でバーンアウトを回避できるのでしょうか。川島氏は、優しすぎて疲れた状態から抜け出すために、「限界設定をする」ことをすすめています。
限界設定とは「助けることができる/助けることができない」「要求を聞くことができる/要求を聞くことができない」のラインを明確にすることです。*1

例を挙げると——

<助けることができる>
自分のスケジュールに余裕がある場合、同僚のプレゼン資料作りの一部を手伝う

<助けることができない>
自分も抱えている案件が多い状況で、他部署から急なサポート依頼があった

要するに、「優しくするのはここまで」と、自分のなかでラインを引くのです。相手を助けたり、相手の意見に同調したりした場合「限界設定を超えてないかな?」と確認してみてくださいね。

オフィスで会話している女性

2. 燃え尽きる前に「人助けの日」を決める

できる人ほど周囲から期待され、さまざまな仕事を任されがちです。人助けは美徳ですが、「ギブ・アンド・テイク」の関係が崩れてしまうと、仕事を引き受けてくれることや、仕事が多いとき助けてくれることが当たり前の存在になってしまいます。

その期待に応え続けることで、本来発揮できるはずのパフォーマンスが低下してしまうことも。生産性を最大化するには、支援する時間と自分の仕事の時間を戦略的に区別する必要があるのです。

一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授、楠木建氏は「相手に与える人」(=ギバー)は、バーンアウトのリスクがあると指摘します。

そもそもギバーは自分の利益より他人の利益を優先する傾向があるので、つい自分自身の幸せを犠牲にして人を助け、燃え尽きる危険を自ら高めてしまうリスクがあります。*2

ですが、「人助けは自分が結局損をするだけ」と、一概には言えないようです。楠木氏は「人に与えることで成功する人」と「バーンアウトになってしまう人」の二極化があると述べます。下記がバーンアウトになってしまう「自己犠牲タイプ」と成功する「他者志向タイプ」の例です。

⚫︎自己犠牲タイプのギバー

相手の要求にそのつどギブしてしまう
他人に迷惑をかけたくなく、協力や助けを求めない

⚫︎他者志向タイプのギバー

相手への貢献と自分のメリットのバランスをとり、サポートをする
必要なときは周りに協力を求め、自分の幸せを守ることも大切にする

どちらもギブする側ですが、他者志向タイプは必要なときに周囲に助けを求めるため、自分の幸福と他者の貢献のバランスがとれるわけですね。

楠木氏は「燃え尽きそうになったら周囲にアドバイスやサポートを求める」ことで、バーンアウトを防げると述べます。また、ギブする場合も「毎日ひとつずつ、数日かけてギブするよりも、1日に5つまとめてギブ」するほうが幸福度が増すのだそうです。*2

たとえば、毎日周囲を気遣うよりも、週に一度職場の仲間に以下のギブをまとめて実践してみてはいかがでしょうか。

  • 仕事につながる有益な情報を共有する
  • 同僚や部下に「〇〇さんの仕事が速いおかげでいつもスムーズに進むよ。ありがとう」など、感謝の気持ちを伝える
  • 同僚や上司の仕事を「これ少しだけ私が引き受けますね」とひとこと添えて、サポートする

このように、「今日は人をサポートする日」「今日は人助けは控える日」と決めることで、自分の時間を確保しながら、より効果的な貢献ができるはず。優しすぎる性格、直したいと悩むよりも、このようなメリハリをつけることから始めてみましょう。

自分を大切にするイメージ

3. 必要以上にサポートしてしまうなら「自分の時間」を大切にする

そもそも、必要以上に人に優しくする動機はなんでしょうか。「職場の人に必要とされている」という実感を得るために自己犠牲をしてしまうのなら、メサイアコンプレックスが潜んでいるからかもしれません。

ハーバード大学医学部精神医学助教授のスティーブン・ガンズ医学博士は、「メサイアコンプレックス」を次のように説明しています。

The term describes someone who feels they have a mission to fulfill based on what they consider their special capabilities *3

(訳:この言葉は自分には特別な能力があると信じ、使命を果たすべきと思っている人を指します)

※和訳は筆者が補った

一見、気高い心に思えますが、問題なのは「人を助ける」ことの目的意識が高い点です。公認メンタルヘルスカウンセラーのジナマリー・グアリーノ氏はメサイアコンプレックスを抱える人々は「誰かから必要とされていないと感じると苦しむ」と注意点を述べています。つまり、人助けという行為を通し、相手から承認を得られなければ苦しんでしまうわけですね。

その理由は「自尊心の低さ」にあります。グアリーノ氏はメサイアコンプレックスを抱えている人は、自分に厳しく、自己批判のクセがあるため、仕事で成果をあげたとしても純粋に喜べないと述べています。謙虚とも言えますが、自分の能力を認められないから燃え尽きるまで会社や他者に貢献するのは、心身の健康を損なうリスクがともないます。

もともと「人や会社に貢献する」ことが当たり前になっている人は、自分がメサイアコンプレックスを抱えているとは自覚しにくいですよね。もし、以下の兆候が多く見られるのなら、今後の働き方を見直してみましょう。

  • 相手に「必要とされている」と感じるため、自分の時間やエネルギーを費やしてしまう
  • 他人の期待に応えようと、燃え尽きるまで仕事する
  • 助けた相手の幸せも不幸も自分のせいだと感じる
  • 感謝されないとイライラしてしまう

前出のガンズ医学博士は、上記のようなメサイアコンプレックスの「行動を認識する」ことが大切と述べます。もし、あなたが同僚の仕事を手伝い、後輩の悩みに乗り、上司のサポートをし……周囲への献身で疲れたな、と感じたら次の問いかけをしてみてください。

  • 自分を犠牲にして他人を助けようとするのはなぜ?
  • 動機は何? *3

職場の仲間に心が疲れるほど尽くしても、それは本当にあなたの価値を高めているでしょうか? 周囲のサポート役に回るよりも、自分の時間やライフスタイル、セルフケアを大切にすることの方があなたの価値を高めてくれるはずです。

***
パフォーマンスの高いビジネスパーソンになるために必要なのは、際限のない献身ではなく、適切な境界設定と自己投資のバランスです。「自分の優しさが報われない」と感じるなら、本記事を参考に「優しさのあり方」を見直してみてくださいね。

【ライタープロフィール】
青野透子

大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。

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