「今年こそは絶対に目標を達成したい」
そう決意して、新しい手帳を買い、朝型生活を始め、オンライン講座も受講し……。でも、やればやるほど忙しくなるばかり。結局、去年と同じように目標は遠ざかっていく……。
あなたも、こんな経験はありませんか?
じつは、私たちには「何かを増やせば、何かを始めれば、きっと上手くいくはず」と考えてしまう傾向があります。
心理学では「加算バイアス」と呼ばれるこの傾向。この加算バイアスのせいで、私たちは頑張りすぎ、そして挫折していくことがあるのです。
本記事では、目標達成を妨げるこの心理的傾向の正体と、「頑張らない」ことで成功に近づく方法をご紹介します。
加算バイアスとは? 人間の「足し算思考」が目標達成を遠ざける理由
あなたは問題解決のとき、どんな思考パターンを取りますか?
最近の研究によると、人間には問題に直面したとき、「何かを減らす」よりも「何かを増やす」解決策を選びがちな傾向があるといいます。これが「加算バイアス」です。
たとえば、仕事が忙しくて目標達成が難しいとき、私たちは無意識のうちにこんな選択をしています。
「時間が足りない」→ 朝型生活を始めて時間を増やそう
「スキルが足りない」→ 新しい学習を始めよう
「計画がうまくいかない」→ より詳細なスケジュールを立てよう
しかしじつは、これらの「足し算思考」こそが、目標達成を遠ざける原因になっているかもしれません。
研究者たちが行なった8つの実験では、人々は問題解決において系統的に「足し算の変化」を探し、「引き算の変化」を見落としがちだということが分かりました。*0
さらに興味深いことに、この傾向は問題が複雑になればなるほど、また精神的負荷が高くなればなるほど強まるのです。つまり、重要な目標に向かって頑張れば頑張るほど、私たちは「何かを増やす」という罠に陥りやすくなります。
では、なぜ人間はこのような傾向を持つのでしょうか?
これには進化的な背景があるとされています。私たちの祖先にとって、「より多くのもの」を持つことは、よりよい生存チャンスを意味していました。より多くの食料、より多くの道具、より多くの仲間……。
しかし、21世紀の今、「より多く」は必ずしも「よりよい」を意味しません。むしろ、複雑さを増すことで、かえって目標達成を難しくしてしまうことがあるのです。
「引き算」の思考法で手に入れる、本当の生産性
目標達成のために、私たちはついつい「何かを増やす」方向で考えてしまいます。この「加算バイアス」という心理的傾向は、多くの人の成功を妨げる要因となっています。
じつは、成功する人々の多くが、この加算バイアスを克服し、「引き算」の思考法を実践していました。その代表例が、Appleの共同創業者スティーブ・ジョブズです。
彼があの黒のタートルネックとジーンズという出で立ちを貫いていたのは、「どんな服を着るか」という日々の意思決定を減らすための、成功する考え方の実践でした。
「最も重要な決定とは、何をするかではなく、何をしないかを決めることだ」*1
このジョブズの言葉は、目標達成方法の本質を示しています。では、この「引き算」による目標達成のコツを実践すると、どんなメリットが得られるのでしょうか?
1. 集中力の向上 - 成功への第一歩
日常生活には、じつに多くの雑念や不必要なタスクがあふれています。メールやSNSの通知、急な会議、些末な意思決定……。これらはひとつひとつは小さく見えても、確実に目標達成への集中力を奪っていきます。
加算バイアスを意識し、「やらないこと」を明確に決めることで、本当に成功につながる行動に集中できる環境が整います。特定の時間帯はメールチェックをしない、緊急性の低い会議には参加しないなど、シンプルな判断が、大きな変化を生み出すのです。
2. 時間の効率化 - 加算バイアスからの解放
「やらないこと」を決めるという目標達成のコツを実践すると、時間の使い方が劇的に変わります。
- 優先順位が自然と明確になり、本当に成功につながるタスクが見えてくる
- 不必要なタスクがなくなることで、意思決定が素早くなる
- やることが減ることで、重要な目標により多くの時間を使える
3. ストレスの軽減
不要な業務や関係性を意識的に削除することは、じつは効果的な「ストレスコーピング」のひとつです。これは新しい目標達成方法の重要な要素といえます。
私たちの多くは、加算バイアスの影響で、ストレスを感じたときに「なにか新しいことを始める」ことで対処しようとします。運動を始める、瞑想を始める、新しい趣味を始める……。しかし、すでに忙しい生活の中で「何かを始める」ことは、かえって成功への道のりを遠のかせることになりかねません。
むしろ、以下のような「引き算」で生まれた精神的な余裕こそが、目標達成への近道となります。
- 不要な会議をなくす
- 形式的な付き合いを減らす
- 過剰な情報収集をやめる
このように、加算バイアスを克服し、「引き算」の思考を実践することは、確実な目標達成への新しいアプローチとなるのです。
2. 実践! 「引き算リスト」を作ろう
それでは、さっそく「引き算リスト」を作ってみましょう。
1. 時間の使い方を可視化する
成功する考え方の第一歩は、自分の行動を客観的に見つめ直すことです。特に、加算バイアスの影響で気づかないうちに増えてしまった無駄な行動やタスクを発見するには、時間の使い方を可視化することが効果的です。
行動心理学研究者の池田貴将氏は「目標達成のためには、まず時間の使い方を記録することが重要」と指摘しています。*3
とはいえ、毎日の行動を細かく記録するのはハードルが高いものです。そこで、確実な目標達成のために、まずは以下のような簡単な時間記録から始めてはいかがでしょうか。
- 朝(起床〜昼食まで)
- 昼(昼食〜夕方まで)
- 夕方(夕方〜夕食まで)
- 夜(夕食〜就寝まで)
このように大まかな時間帯で区切り、その時間で何をしているのかを3日程度記録してみてください。これだけでも、思わぬ時間の使い方が見えてくるはずです。
2. 不要なタスクを見極める
時間を可視化したら、次は加算バイアスによって増えてしまった不要なタスクを特定していきます。
たとえば、IT企業でプロジェクトリーダーとして働く人が、「リーダーシップを発揮して会社を引っ張っていく存在になりたい」という目標をもっているとしましょう。
目標達成に直結しないタスクを洗い出すために、1日の行動を数日分、フォーマットに書き出してみます。横軸が時間、縦軸が日です。
洗い出したタスクのうち、不要だと思われるものに印をつけたのがこちら。
この記録から、成功への道筋を妨げている可能性のある行動を探していきます。たとえば。
- リーダーとして本来不要な技術的作業
- 誰かに委譲できる定型的な事務作業
- 参加する必要性が低い会議
このように、目標達成に直結しない活動を特定することで、次のステップである「引き算」の対象が明確になってきます。
3. 「引き算リスト」を作成
時間の記録から、加算バイアスによって増えてしまった不要な活動が見えてきたら、いよいよ「引き算リスト」の作成です。
- マニュアルや資料などの文書作成
- 価値を生み出していない可能性のあるミーティング
- 過度なチームメンバーのフォロー
文書作成については、他の人でもできるものは積極的に任せることから始めましょう。リーダーでなければ書けない文書は意外と少ないはずです。
ミーティングについては、特に見直しが必要です。集まることが目的になっているような定例的なもの、毎回同じような議題を繰り返しているようなものはないでしょうか。そういった会議は、参加せずに重要事項のみメールで共有してもらったり、場合によっては開催自体を見直したりすることも検討できます。
また、リーダーとしてメンバーのフォローはたしかに必要です。しかし、たとえば技術的な質問が頻発しているのなら、その担当者に直接質問してもらう方が効率的かもしれません。本当にリーダーがすべてに関わる必要があるのか、改めて考えてみる価値があります。
このように、目標達成の妨げとなる活動を特定し、それらを「やらない」と決めることで、本当に重要な仕事に集中できる環境が整っていきます。ポイントは、単に「やらない」と決めるだけでなく、それに伴う新しい仕組みづくりまで考えることです。
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意図的に「やらないこと」を選ぶことで、効率的に目標を達成することができます。自分の「引き算リスト」を作成し、実践することで、目標達成はぐっと近づくはずです。
※引用部分の太字は筆者が施した
*0 Anthony Sanni | Additive Bias—and how it could be affecting your productivity
*1 NewSphere|常識が変わるスティーブ・ジョブズの名言20選
*2 コグラボ|問題焦点型コーピングとは?具体例やストレスの仕組み、情動焦点型との違いも解説
*3 Future CLIP|日々を充実させる!タイムマネジメントの技術
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。