「中身を選べない」のになぜ買ってしまうのか——一番くじの購買衝動をデザインする精巧な仕掛け【新人さんのためのマーケティング講座 Season7 vol.12】

一番くじが「中身を選べない」のに会員800万人の熱狂を生む理由——購買衝動をデザインする精巧な仕掛け

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season7

Season6では「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしました。
Season7では、より深く「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【全20回まとめ】|▶ Season 4【全20回まとめ】|▶ Season 5【準備中】|▶ Season 6【準備中】

2026年、コンビニのレジ前で、何枚もの購入券を握りしめる大人たちの姿が当たり前の光景になっています。

1回700〜900円程度。数回引けば数千円、箱ごと買う「ロット買い」なら数万円——それでも会員数約800万人を抱える「一番くじ」は、毎週のように新作が登場し、発売日には争奪戦が繰り広げられます。*1

「中身を選んで買えない」という、物販としては致命的なはずの不自由さが、なぜこれほどの熱狂を生むのか。そのビジネス設計の精巧さを解剖します。

「売れ残るほど価値が上がる」——ラストワン賞という在庫処理の逆転発想

物販ビジネスの最大の恐怖は「売れ残り(不良在庫)」です。残れば残るほど価値が下がり、最終的には値引き処分か廃棄しかない——これが通常の商品の宿命です。

一番くじはこの構造を根本から覆しました。それが「ラストワン賞」です。*2

1ロット(通常80枚前後)のくじに対して1つだけ設定される特別な賞で、最後の1枚を引いた人だけがもらえます。*2 重要なのは、残り枚数が減るほど「ラストワン賞を取れる可能性が高まる」という構造です。

これが生み出す顧客心理のメカニズムはこうです——残り枚数が少なくなると、「残り何枚か計算して、全部買い占めた方が確実にラストワン賞を取れる」という判断が成立します。*2 通常の物販では「売れ残り=誰も買わない」ですが、一番くじでは「残り枚数が少なくなる=争奪戦が激化する」という逆転が起きます。

ラストワン賞の二次流通市場での平均落札価格は約6,979円。*3 1回700〜900円のくじを引き続けるコストと比較して、「ロット買いした方が合理的」という計算が働く顧客も少なくありません。売れ残りが「プレミア」に化ける——この逆転の設計が、一番くじの最大の発明です。

ラストワン賞という在庫処理の逆転発想——残り枚数が減るほど争奪戦が激化する一番くじの精巧な心理設計

「全部当たり」×「推し活」×「コンビニの動線」——三位一体の熱狂設計

ラストワン賞だけが一番くじの強みではありません。もう一つの核心は「ハズレなし」という設計です。

最下位の賞(アクリルスタンドやタオルなど)であっても、「一番くじ限定品」という非売品プレミアムが付与されています。*1 市場には出回らない限定グッズであるため、「ハズレ」ではなく「別の当たり」として機能します。これがロット買いの心理的ハードルを大きく下げています。

さらに2026年のSNS社会において、一番くじは「交換・譲渡文化」とも相性が抜群です。お目当てのキャラクターの賞が出なくても、ファンコミュニティ内での交換・譲渡によって「欲しいものは最終的に手に入る」という安心感が購買ハードルを下げます。*1 この流通がSNS上で可視化されることで、口コミとUGCが自然に生まれる構造も持っています。

仕掛け 顧客心理への作用 ビジネス上の効果
ラストワン賞 残り枚数が減るほど購買意欲が高まる 在庫ゼロが保証される逆転の在庫管理
ハズレなし設計 「損をした」という感覚が生まれにくい リピート購買・ロット買いのハードルが下がる
限定品プレミアム 「ここでしか手に入らない」という希少性 二次流通市場での話題・口コミ創出
コンビニ展開 日常の「ついで」に衝動が発動する 購買障壁の極限まで低い接点を確保

そして忘れてはならないのが「コンビニという生活の動線上にある設置場所」です。専門店やホビーショップではなく、毎日通るコンビニのレジ前に置かれているからこそ、「今日はついでに1回だけ」という衝動購買が日常的に生まれます。*1 日常の動線上に「射幸心と推し活」を楽しめる場所をつくったことが、会員800万人という数字の根拠です。

ハズレなし×推し活×コンビニ動線——一番くじの三位一体の熱狂設計が会員800万人を生む構造

買うプロセスを「ゲーム」に変えると、売れ残りは消える

一番くじの設計から学べる最も重要な視点は、「モノを売るのではなく、買うプロセスをエンターテインメントにする」ということです。

あなたのビジネスで、お荷物になっている「売れ残り」や「不人気な部分」はないでしょうか。通常の発想では「値引きして処分する」しか選択肢がありませんが、一番くじが教えるのは「最後に手に入れた人に特別な価値を与える」という逆転の発想です。

見せ方や「最後のインセンティブ」を変えるだけで、それは顧客が血眼になって奪い合う宝物に変わるかもしれません。2026年のマーケティングは、ただモノを棚に並べることではなく、買うプロセスそのものをゲームに仕立て上げることです。一番くじのラストワン賞は、その最も洗練された答えのひとつです。

買うプロセスをゲームに変えると売れ残りは消える——一番くじが証明した2026年型物販の本質

 

【本記事のまとめ】

1. 「売れ残るほど価値が上がる」——ラストワン賞という在庫処理の逆転発想
1ロット80枚に1つのラストワン賞が、残り枚数が減るほど購買意欲を高める構造を生む。二次流通市場での平均落札価格約6,979円という数字が、ロット買いの合理性を後押しする。売れ残りをプレミアに変えるこの設計が、物販の常識を根本から覆している。

2. 「全部当たり」×「推し活」×「コンビニ動線」——三位一体の熱狂設計
ハズレなし・限定品プレミアム・SNSでの交換文化という三層が重なり、「損した」という感覚を排除する。コンビニという日常の動線上に設置することで、「ついで」の衝動購買が習慣化する。

3. 「モノを売る」から「プロセスをゲームにする」——2026年型物販の本質
売れ残りを「最後のインセンティブ」に変える逆転の発想が、顧客の行動経済学的な購買心理を巧みに突く。買うプロセスそのものをエンターテインメントにすることが、2026年の物販における最強の競争優位だ。

よくある質問(FAQ)

一番くじは「射幸心を煽る」という批判はないのですか?

あります。ただし一番くじが景品表示法の規制をクリアしているのは、「必ずいずれかの景品がもらえる」という設計により、ギャンブル性の高い「当たりか外れか」ではなく「どれが当たるか」という構造になっているからです。最下位の賞でも市場価値のある限定グッズが付与されることで、「何も得られないリスク」がゼロになっています。ただし「ラストワン賞を狙うためのロット買い」が数万円規模の出費になることは事実であり、特に若年層への過剰支出については保護者や本人の自覚が必要です。

「ラストワン賞」の仕組みは、自分のビジネスに応用できますか?

応用できます。重要なのは「最後に手に入れた人に特別な価値を与える」という逆転の発想です。たとえばECサイトであれば「残り在庫X点以下になったら、購入者に限定特典を付与する」という設計。飲食店であれば「閉店1時間前に来店した客に限定の裏メニューを提供する」という時間的レアリティの創出。セミナー・イベントであれば「最後の席を購入した人に特別な懇親の機会を提供する」という設計も同じ原理です。売れ残りや空き枠を「プレミアへの入口」に変える発想を自社のビジネスに適用できないか考えてみてください。

一番くじはなぜ人気IPとのコラボが多いのですか?

「推し活」という購買動機との相性が抜群だからです。好きなキャラクターの限定グッズを手に入れるためなら、多少割高でも「当たりが出るまで引き続ける」という行動が合理化されます。IP(知的財産)の人気が高いほど、ファンの購買動機が強くなり、「お目当ての賞が出なくてもコミュニティで交換できる」という安心感も高まります。バンダイスピリッツがワンピース・鬼滅の刃・ドラゴンボール・たまごっちといった超人気IPを次々と商品化するのは、IPの熱量が一番くじのゲーム性と掛け合わさって最大の購買衝動を生むからです。

(参考)

*1|一番くじ倶楽部(BANDAI SPIRITS公式)。「日本全国のコンビニエンスストアや書店、ホビーショップなどで販売しているオリジナルグッズが当たるハズレなしのキャラクターくじ」「お店で最後のくじを引くと特別なラストワン賞が手に入ります」という公式の説明・ハズレなし設計・コンビニ(セブン-イレブン・ローソン・ファミマ等)での展開を確認。会員数786万人(2023年10月時点)・価格1回700〜900円程度・人気IP商品化戦略・SNSでの交換文化はBANDAI SPIRITS平田滋氏への日経クロストレンドインタビュー(2023年10月)で確認
*2|一番くじ Wikipedia。ラストワン賞の定義(最後のくじを引いた人専用の景品)・BANDAI SPIRITSロト・イノベーション事業部が運営・2003年にセブン-イレブンで販売開始・1ロット66〜80枚程度・「ラストワン」はバンダイスピリッツの登録商標・全国のコンビニ・書店・ナムコ店舗等での展開を確認
*3|日本経済新聞「バンダイスピリッツ『一番くじ』販売機を導入 春から店頭に」(2026年2月5日)。一番くじが「キャラクターくじの最大手」であること・1回700〜900円程度という価格帯・コンビニ・EC・一番くじ店舗での展開・2026年春から専用販売機「ICHIBAN CUBE」を展開する旨を確認。ラストワン賞の二次流通市場での平均落札価格約6,979円はオークファン(2024年時点)の調査データで確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season7

「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで
Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
▶ Season 5【準備中】
▶ Season 6【準備中】

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010 / 著書(amazon)