「仕事で失敗するとひどく落ち込み、翌日まで引きずってしまう」
「指摘を受けると、自分を否定された気がする」
このように、後ろ向きな思考が癖になっている人は、認知療法のひとつであるABCDE理論を応用した「メンタフダイアリー」をつけると、気持ちが楽になるかもしれません。今回は、メンタフダイアリーの書き方と、筆者の実践例をご紹介しましょう。
「ABCDE理論」とは?
「ABCDE理論」とは、つらい気持ちの原因となる非合理的な考え方や受け止め方を、A〜Eのプロセスを経て合理的な考え方になるように修正し、気持ちを楽にしたり、行動をコントロールしたりする認知療法のひとつです。アメリカの臨床心理学者であるアルバート・エリス氏によって提唱されました。
帝京平成大学人文社会学部教授の渡部卓氏によれば、各アルファベットは、それぞれ次の意味を表しています。
A=Activating Event(出来事や外部からの刺激)
B=Belief(受け止め方、認知、解釈)
RB=Rational Belief(合理的な良い思考)
IB=Irrational Belief(非合理的な悪い思考)
C=Consequence(結果)
D=Dispute(反論、または「Dialogue」として自問自答)
E=Effect(効果や影響)
(引用元:NIKKEI STYLE|気付けばネガティブ思考 脱却に役立つABCDE理論って)
Bには、2種類の受け止め方があります。RBはポジティブな受け止め方、IBはネガティブな受け止め方です。後ろ向きな思考は、後者のIBの受け止め方をしているということ。例を挙げましょう。
A:上司に仕事の間違いを指摘された
IB:「上司は自分ばかりに指摘している」と解釈する
C:「上司は自分を嫌っているから間違いを指摘した」とつらい気持ちになる
IBの受け止め方だと、「上司は自分を嫌っている」といったつらい感情が、Cの結果として生まれます。そこで、合理的な思考に修正するために、Dで「上司は本当に自分を嫌っているから指摘をしたのだろうか?」といった自問自答を行ないます。
E:「上司は自分を嫌っているのではなく、あくまで業務上の問題に気づかせようとしてくれた」と考えて、仕事へ前向きに取り組む
まとめると、
- 「上司から指摘を受けた」という事実(A)に対し、
- 「自分ばかり指摘されている」と解釈(B)したところ、
- 上司は自分を嫌いなんだ……という「つらい感情」が結果(C)として生じた。
- その結果を合理的な方向へ調整するため「上司の本心はなんだったのだろう」と自問自答(D)してみると、
- 問題点を伝えてくれようとしていただけだと気づき「前向きになれる効果(E)」を得た。
――というわけです。
このように、ストレスを生みやすい思考を、ストレスを生みにくい思考に変えることができるのが、ABCDE理論の思考サイクルなのです。
「メンタフダイアリー」とは?
そんなABCDE理論を応用した日記メソッドが、渡部氏が考案した「メンタフダイアリー」です。「メンタフ」は渡部氏の造語で、メンタルタフネス(=ストレス耐性)を指しています。
メンタフダイアリーでは、次の9項目について日々記録します。
- 気になった出来事
心にひっかかる出来事の内容を具体的に書き出す。いつ、どんな状況で、誰にどんなことを言われたのかなど、主観や想像は交えず、客観的な事実だけを書く。 - そのときの気分
1について、自分がどんなふうに不快に感じたのか、「怒り」「悲しみ」「驚き」といった具体的な感情を書く。 - その気分の強さ
最悪の気分の限界を100%として、どのくらいの不快度だったかを指数化して書く。「怒り70%、悲しみ30%」など複数の感情を組み合わせてもよい。 - そのとき頭に浮かんだこと
1が起こったとき、とっさに考えたことを書く。 - なぜそう考えたのか
なぜ4のように考えたのか、その理由を思い起こして書く。 - もうひとりの自分ならどう思うか
5の考えを客観的に見直して考えたことを書く。 - 現実的な着地点
自分が納得に至れる現実的な解決策を書く。 - 気分の強さの変化
3で書いた気分の強さがどう変わったか、あらためて指数化して書く。 - 自分の考えはどう偏っていたか
2で書いた自分の受け止め方がどう偏っていたかを書く。
以上の9項目について書き出すことで後ろ向きな思考から脱却できるのが、メンタフダイアリーなのです。
「メンタフダイアリー」をやってみた
今回筆者は1週間、メンタフダイアリーを実践しました。使用したのは100円ショップで買った大学ノートで、B5サイズ(罫線7mm、30行)のものです。
全9項目を覚えるのは困難なので、メモ帳に項目名を書いてコルクボードに貼り、それをデスク前に置いておくことにしました。
実際の紙面がこちらです。日記では項目ごとに振った番号を記入して、それぞれの内容を書き込んでいます。1日めは行を開けるべきかどうか迷ってしまい、少し見栄えが悪くなりました。
少しでも時短するために、【3】と【8】の気分の強さを数値で示す箇所は、「不安30%、焦り20%」ではなく、【2】で挙げた気分の順に「30%、20%」と数字のみを書き込みました。
ある日の記録を紹介しましょう(一部伏字を使用しています)。
- △△が時間内に終わらず、○○さんに手伝わせてしまった。
- 申し訳ない・罪悪感・不安
- 50%・30%・20%
- もっと早くに取りかかればよかった!
- そうすれば、○○さんに迷惑かけずにすんだだろう。
- △△に不備があると気づいた時点で相談すれば、無駄な作業も省けただろう。
- 時間に余裕をもって着手。少なくとも早めに△△を確認する。
- 20%・10%・5%
- ▲▲と工程や作業時間が同じくらいだと思い込んでいた。
筆者は1日のメンタフダイアリーを、10~15分くらいで記録できました。項目が多く、もっと時間がかかるかと思っていたのですが、意外と短時間で済んだので、これなら続けやすいと感じました。
「メンタフダイアリー」を実践したら、前向きになれた!
「メンタフダイアリー」を実践して感じた効果や提案したいことを以下にまとめます。
前向きな反省ができるようになった
仕事中の失敗や自己嫌悪に陥ったことを中心にメンタフダイアリーへ記録したところ、自身の思考の癖を修正しつつ、実践に即した前向きな反省ができました。
たとえば筆者は、仕事で失敗したときほど相手の反応に注意が向きすぎる傾向や、相手の気持ちを悪いほうに想像してしまう癖を認識。紙に書いて状況を客観視しながら、「相手の気持ちをどれだけ想像してもきりがない」「大事なのは、今日の失敗を今後に活かすこと」という思考へ修正していきました。
すると、「ケアレスミスをなくせるように、チェックリストを作成しよう」といった、明日にでも実践できる具体的な反省ができました。結果として後ろ向きになりすぎず、以前より積極的に仕事に取り組めるようになったと感じています。
「もうひとりの自分ならどう思うか」を時間をかけて考えよう
メンタフダイアリーには直感でサラッと書く項目と、時間をかけてじっくり考えるほうがいい項目があると感じました。
時間をかけずにサラッと書けたのは、【2】の「そのときの気分」と【4】の「そのとき頭に浮かんだこと」です。どちらも主観的な思考を書き込む項目なので、飾らず素直な言葉で書くように心がけました。
一方で、時間をかけたほうがいいと感じたのは、【6】の「もうひとりの自分ならどう思うか」です。なぜなら渡部氏が、「【6】は、ABCDE理論のD(=自分の認知に反論・自問自答する)にあたる」と述べていたから。つまり、ここが後ろ向きの思考を修正する大事なステップだと言えるのです。
【2】と【4】で素直な気持ちを書いたからこそ冷静さを取り戻し、さらに【6】で状況を客観視できたことで、前向きな反省につながったと感じています。
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後ろ向き思考の癖を直して前向きになれるメンタフダイアリー。ぜひ、試してみてくださいね。
(参考)
NIKKEI STYLE|気付けばネガティブ思考 脱却に役立つABCDE理論って
アクティブ アンド カンパニー(AAC)|ABCDE理論
こころのスキルアップ・トレーニング|認知療法について
NIKKEI STYLE|マイナス思考からの脱却に 効果的な「日記習慣」
【ライタープロフィール】
かのえ かな
大学では西洋史を専攻。社会人の資格勉強に関心があり、自身も一般用医薬品に関わる登録販売者試験に合格した。教養を高めるための学び直しにも意欲があり、ビジネス書、歴史書など毎月20冊以上読む。豊富な執筆経験を通じて得た読書法の知識を原動力に、多読習慣を続けている。