最初のうちはよく働くが、だんだん慣れてくると、サボりがちになる……。
意外とよくいるタイプですが、じつはこれ、人間の脳の性質なんです。うまく逆手にとれば勉強に活かせるはず。専門家の意見や研究成果をもとに、脳の特性を活かした勉強法を4つ紹介します。
情報伝達を操作する「シナプスの可塑性」
東洋大学生命科学部教授(医学博士)の児島伸彦氏によると、私たちの脳内では「ニューロン」と呼ばれる神経細胞が、「シナプス」と呼ばれる接続部分を介してつながり、情報を伝達しているそうです。
シナプスは、その構造内の一部(スパインという)のサイズを変えたり増やしたりすることで、情報の “伝わりやすさ” を操作しているのだとか。これを「シナプスの可塑性」と呼ぶそうです。神経細胞の接続部分が、経験や学習という刺激によって柔軟に変化するわけです。これは脳機能すべてに関わるとのこと。
新しい経験や学習などの刺激でシナプスが活性化すると、構造内のスパインが大きくなったり増えたりして、“つながり” が強くなります。すると情報伝達がスムーズになり、記憶も蓄えられるわけです。
また、よく使われる部分は強化され、使われない部分は淘汰されてしまうとのこと。「頭は使わないと衰える」という事実の、科学的な説明とも言えますね。
(※シナプスの可塑性については、「日本脳科学関連学会連合」の情報も参考にしています)
脳は「省エネ化」が進んでいる?
だからこそ、勉強や運動でよく脳を使い、刺激を与え続ければ、シナプスの可塑性を強められると児島氏は言います。ただし、脳はとても省エネ化が進んだ器官なのだそう。
新たな勉強を始めたばかりのときは、脳の働きが活発ですが、だんだんわかるようになると、あまり活動しなくなるそうです。児島氏いわく、決まったことだけを繰り返していると、脳の働きはしだいに衰えてしまうとのこと。
そのため同氏は、「シナプス可塑性を増強する方法」として “ルーティンワークだけでなく、新しいことにチャレンジする” といったことを挙げています。この部分に留意して、勉強するといいのではないでしょうか。
シナプス可塑性を増強する勉強法4選
とはいえ、毎日のように「新鮮な勉強」を行なうのは不可能です。また児島氏は、本人が楽しめるような方法で、無理なく脳を刺激し続けることが大切だと述べます。そこで今回は、簡単に勉強と組み合わせることができ、脳に「いつもと違う」と感じさせるような “刺激” を工夫してみました。
1. 日替わりのかわいい写真
広島大学大学院総合科学研究科、准教授の入戸野宏氏(2012年10月当時の肩書き)ら研究グループが、大学生132名を対象に行なった研究では、幼い子犬や子猫の写真――いわゆる「かわいい写真」を見たあとは、見る前に比べて、注意力が必要な課題の成績が向上したそうです。
成長した動物の写真や、食べ物の写真では、その効果が見られなかったとのこと。研究者らは、「かわいい」という感情が詳しく知ろうとする気持ちを促進させ、注意を集中させるのではないかと伝えています。
この研究を受け、明治大学教授・言語学者の堀田秀吾氏は、勉強に新鮮味がなくなるとだんだん内容が頭に入らなくなる状況を克服する方法として、「かわいいものの写真」が役立つのではないかとしています。注意を集中させる「かわいいもの」の特性を、集中切れ対策に活かすわけです。
この一風変わった新しい試みは、シナプス可塑性の観点でも有益ではないでしょうか。それに、勉強の前や合間に「かわいいものの写真」を見るだけなので非常に簡単です。
対策自体がマンネリ化しないよう、かわいい写真は日替わり、無理なら週替わり、それも無理ならせめて月替わりにすることをおすすめします。月替わりならカレンダーでいいかも?
2. 勉強の邪魔
誰にも邪魔されず勉強だけに没頭する……。
いかにも勉強に最適そうですが、実際は違うようです。旧ソビエト連邦(現ロシア)の心理学者ブルーマ・ツァイガルニク氏が事実を証明した、ツァイガルニク効果の実験がそう示しています。
ツァイガルニク氏は164名の実験参加者に作業を割り当て、できるだけ早く完了するよう伝えながら、わざと作業の「邪魔」をしたそうです。それから作業に関する記憶を書き出してもらったところ、完了した作業に比べ、邪魔が入って完了できなかった作業のほうを、90%多く覚えていたのだとか。「邪魔」という刺激の効果は、作業に没頭しているときほど高まり、記憶に留まる期間も長くしたとのこと。
それなら「休憩」という、集中力維持の観点で “勉強に不可欠な中断” を、シナプス可塑性 “増強” の刺激としても、活かしてみたらいかがでしょう。方法は、ランダムにタイマーをセットし、休憩のお知らせを予測不可能にするだけです。いわゆる休憩のルーティン化をやめるということ。
不定期な休憩時間のお知らせは、集中しているときほど邪魔に感じますが、勉強の成果を出すことで、のちに学習者を喜ばせるはずです。
3. 移動中の新鮮な刺激
医学博士・本郷赤門前クリニック院長の吉田たかよし氏によると、脳はずっと同じ場所にいることが苦手。それを続けると活気を失ってしまうそうです。一方、移動中は視界に入るものがどんどん変化するため、脳に新鮮な刺激が加わるのだとか。
いつもの通勤・通学の電車やバスでも、視界に入る景色は自動的に移り変わり、人や車の動きに空の色など、まったく同じ景色はないはずです。シナプス可塑性を増強する勉強法としても、スキマ時間を活用する観点においても、移動中のバスや電車で行なうちょっとした勉強は、有益性が高いのではないでしょうか。
吉田氏によれば、移動中の新鮮な刺激で、記憶力が向上するといったデータもあるそうです。また、人の目があるほど脳の覚醒度が高まるとのこと。
4. 日替わりの食べ物・飲み物
精神科医の和田秀樹氏によると、感情のコントロールや、意欲と創造性をつかさどる脳の前頭葉は、不測の事態に対処する際にも活性化するそうです。だから、同じことばかりを繰り返していると、前頭葉はすぐに衰えてしまうのだとか。
そうしたことから和田氏は、自分の生活がルーティン化していないかどうかを注意して、積極的に変化を取り入れるようすすめています。たとえばマンネリ化しているランチのメニューを変えるといった、些細なことでもいいそうですよ。
勉強の合間に飲むコーヒーや紅茶の、豆や茶葉を日替わりにしてみるのもいいかもしれません。いろんな種類がセットになっているハーブティもおすすめです。
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児島氏によると、偏りのない食生活や適度な運動、他者との交流、健康やストレスへの配慮、よい睡眠、積極的に頭を使うことも、シナプス可塑性を増強してくれるそうです。勉強脳は、健康と同時につくられるのですね。
(参考)
東洋大学|医学博士に聞く、記憶力・学習力アップに影響する脳機能「シナプス可塑性」とは?
大学受験パスナビ:旺文社|意欲・集中力&能率が大幅アップ! 受験に成功する“環境”のつくり方
和田秀樹著(2020),『インプットの効率を上げる勉強術100の法則』,日本能率協会マネジメントセンター.
広島大学|[研究成果]「かわいいものを見ると集中できる」ことを発見しました!
日本脳科学関連学会連合|脳はプラスチック!? 〜記憶は伸びたり縮んだり〜
ダイヤモンド・オンライン|邪魔をされると目標達成しやすくなる
CREA|絶対忘れない勉強法② 【かわいい!】で学習効果を高める
Wikipedia|ツァイガルニク効果
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
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