「ラテラル・シンキング」というものを知っていますか? 「ラテラル(lateral)」は一般的には「側面の」「横からの」という意味ですが、このラテラル・シンキングこそが、思考を深めたり視野を広めたり斬新な発想を生んだりするのに有効だと言うのは、トヨタ自動車、TBS、アクセンチュアを経て現在戦略コンサルタントやデータサイエンティストとしても活躍する山本大平さん。ラテラル・シンキングの本質を教えてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
山本大平(やまもと・だいへい)
戦略コンサルタント/データサイエンティスト。F6 Design 代表取締役。トヨタ自動車に入社後、TBSテレビ、アクセンチュアなどを経て、2018年に経営コンサルティング会社F6 Designを設立。トヨタ式問題解決手法をさらに改善しデータサイエンスを駆使した独自のマーケティングメソッドを開発。企業/事業の新規プロデュース、リブランディング、AI活用といった領域でのコンサルティングを得意としている。近年では組織マネジメントや人材育成といった人事領域にも注力。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
どうすれば勝ちやすいか?
「ラテラル(lateral)」は「側面の」「横からの」といった意味をもつ英語ですから、「ラテラル・シンキング」とは、正面玄関ではなく、秘密の扉、あるいは誰も知らない扉を探すといった思考法です。
ビジネスシーンでは、競争相手がたくさん存在する市場を「レッドオーシャン」、逆に競争相手がほとんどいない市場を「ブルーオーシャン」と呼びます。しかし、単なる市場の見極めにとどまらず、さらに「じゃあどうする?」といったHow to doの戦い方にまで、抜け道(3rdドア)を見つけ出したり、一般的ではない細かい工夫を施したりすること――これらをすべて包含して「どうすれば勝ちやすいか」を考えることこそが、ビジネスにおけるラテラル・シンキングの性質ではないでしょうか?
たとえば、私の最初の著書『トヨタの会議は30分』(すばる舎)は、自分の専門領域のひとつであるデータサイエンスの技術をふんだんに使いました。つまり「こうすれば弱者でも勝てる」という方程式を導き出してから執筆したものでした。
最初の著書ですから私も失敗するわけにはいきません。ビジネス書といっても、どの領域がブルーオーシャンで、さらに「じゃあどう書くと競合に勝てるのか?」といったことまでを統計分析してから設計しました。
無名な人間が初めて出す本なので、「策」を講じなければ世のなかの誰にも相手にされません。とにかく、普通に書いたところで、堀江貴文さんやキングコングの西野さんが書籍を出すのとはわけが違います。そもそもの著者の前提が違うので、普通に執筆作業に取り掛かってしまうと強者には到底かなわないのです。
ですから、編集者の意向はフンフンと聞くふりだけして、データサイエンスが導き出した結果にのっとって書きっぷりにもこだわりました。たとえば、細かいラテラルをひとつ挙げると、「私自身を叱られ役」とすること。ビジネス書は「上から教える系」の本が多いことを逆手にとったのです。事前の統計分析により、その点はビジネス書のひとつの弱点であると見つけていたからです。
またもうひとつ例を挙げるならば、「2時間以内に一挙に読みきれる本」を目指しました。これも同様に分析の結果、ビジネス書の「完読率の低さ」が浮き彫りになったからです。読みやすさを重視し、リズム感にこだわりました。
ほかにもキリがないくらい弱点を導き出して、そのうえで、ラテラルな要素をあの本には仕込みました。要は無数の見えない “結界” をあの本には張り巡らせようと考えました。原稿を書く時間よりも、どうやって伝えるか、どう演じるかの思考に時間をかなり費やしたことを覚えています。
市場に受け入れていただくための方程式を、データサイエンスによって導き出してから書籍を執筆するような著者は、もしかしたら珍しいのかもしれません。そして、実際に発行部数は10万部を突破しました。これまでに誰もやっていなかったアプローチで、戦い方に無数のラテラルな策を張りめぐらせたことによって。
著名人である元テレビ東京の佐久間プロデューサーの著書『ずるい仕事術』(ダイヤモンド社)が昨年ベストセラーとなったのですが、その著書も10万部ぐらいだと聞いています。どこの馬の骨かも分からない私の本が10万部超えと考えると、このラテラルな戦略は、無名の人間にしてはいい線までいったのではないでしょうか。もちろん出版社の方々の宣伝販売活動があってこそだと深く感謝しています。
ただの思いつきに頼るのはNG
もちろん、ただの思いつきに頼っては、秘密の扉や誰も知らない扉を見つけ、かつ成果を挙げることは難しいでしょう。私のデータサイエンスもそうですが、理にかなっていることが求められるのです。
ここでひとつ、問題を出してみましょう。下の図を見てください。地面に棒が立っていて、その上にボールが乗っています。そのボールをA地点からB地点まで最も早く到達させるための滑り台を考えてみてください。
この問題に対して、下の図のような滑り台をイメージした人も多いのではないでしょうか。A地点からB地点までの最短距離である直線ですし、そう考えるのもよくわかります。また、滑り台には直線のものが多いですから、こんなイメージをした人もいるかもしれません。
しかし、A地点からB地点までより早くボールを到達させられるのは、じつは下の図のような滑り台です。
答えは直線ではなく上記のような曲線になります。地球には重力があります。そのため、スタート直後に重力によってボールが加速し、直線の滑り台よりも上記の曲線のほうが距離が長くても、ボールはA地点からB地点に早く到達するのです。意外に感じた方も多いと思いますが、これが真実です。もし「納得がいかない!」という方がいましたら、YouTubeかなにかで「サイクロイド 実験」と検索し関連動画をご覧になれば納得されるかと思います。百聞は一見にしかず、ですから。
でも、物理の知識がない人なら、この発想をもつことはなかなか難しいとも思うんですね。この例題は、物の理(物理法則)を理解していないと答えられない要素が詰まっているかと思います。だからこそ、思いつきや固定概念だけで判断するのではなく、広い見識と理屈が必要なのです。
よくロジカル・シンキングとラテラル・シンキングは対比する別の思考法として語られることが多いですが、あくまで私は対比すべきものではないと考えています。ラテラル・シンキングの土台部分にはロジカルは必須である。つまり、ラテラル・シンキングで必要なものは、感覚的な思いつきではなく、理にかなった思いつきなのです。
ラテラル・シンキング力は「疑い力」である
どうでしょうか。ラテラル・シンキングを使えば、これまでには考えもしなかったアイデアを思いつけそうな気がしてきませんか?
そのラテラル・シンキングを身につけるためには、見識や理屈を土台部分に添えるだけでは足りません。なぜなら、それだけではロジカル・シンキングの域を出ないからです。では「思いつく」にはどうすればいいのでしょうか? その答えが「疑う」です。
身近なところで例を挙げます。ビジネスパーソンが遭遇しがちなシーンとして、仕事をたくさん振られてパンクしそうな状況を想像してみてください。そういう状況でも、いろいろなことを疑ってみるのです。
「そもそもこれらの仕事は本当に全部やらなければならないのか?」「この仕事は私がやらなければならないのか?」「私より得意な人がいるのでは?」「この仕事とこの仕事をまとめて一緒にできないか?」「なんでこんなやり方をしてるんだ?」「無駄じゃない?」「どう変えれば誰かに喜んでもらえる?」「こうやれば一瞬で結果出るんじゃない?」といったふうに疑うのです。
逆説的には「言われたことをそのままやらない」、つまり「ひねくれましょう」と言っています(笑)。
特にルーティンワークについては、「これが決まったやり方だから」と疑うことを忘れがちです。でも、そこを多角的に疑うことで「これまでのやり方以外のやり方」を見つけて効率化できれば、その労力をほかの仕事に回すこともできます。
またその新しいやり方を得る「疑い方」の訓練が、そのほかの仕事に応用可能になってきます。ですから、些細なことからどんどん疑いましょう。もしかしたら「使いづらい」と嫌われるかもしれません。ただ経営コンサルをしていると「お利口」の限界を感じることが増えているのも事実で、この国がグローバルで劣後しないためには「疑い力」は必須要件のひとつではないかとさえ感じています。
念のために補足しておきますが、「疑う」といっても、誰かに対して疑心暗鬼になれと言っているわけではありません。「ほかにもっといい方法があるのではないか」という可能性をポジティブに疑ってほしいのです。
かつて地動説を唱えたガリレオ・ガリレイのように、「たくさんのそもそも」を疑ってみてもいいのかもしれませんね。そして「もしかしたら?」といった疑い力を備えた者にしかラテラルな思いつきは量産できないものと、これまでの経験から感じています。
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