いつも頑張っている人が、「なぜ頑張らなきゃいけないの? 適当にやっている人が得をする世の中で、どんなに頑張ったってバカを見るだけ」と考える人に対して “頑張る必要性” をうまく説明するのは難しいかもしれません。
でも、本当に「頑張る人はバカを見る」のでしょうか?
じつは、そうでもないようです。「頑張っているけど……、これってムダなの?」と少しションボリしている方のために、「頑張る人はバカを見ない」理論とコツについて説明します。
(※記事中の人物の肩書は記事公開当時のものです)
そもそも「頑張る」ってなんだ?
安田女子大学の川岸克己准教授(日本語学)によると、現代における「頑張る」とは、「自分の持てる力を精いっぱい発揮して、ものごとを成し遂げること」です。
語源説は2つあるのだとか。
ひとつは【眼張る】で、古くは1700年代ころに遡ります。「1. 目を見開き何かをジッと見て、意識をそこに集中する」といったニュアンスから、「2. ある一定状態を継続する」に変わり、「3. 困難をはねのけ、我慢してやりとおす」へと変化したそう。
もうひとつの語源は【我に張る】で、こちらは「1. 自分の気持ちや考えをどこまでも持ち続ける」から、「2. 自分の気持ちや考えをしっかりと持ち、困難に打ち勝ってものごとを成し遂げる」と、その意味を変化させたとのこと。
川岸准教授は、紀要論文「『頑張る』における構造と変化(2011)」のなかで、日本語の「頑張る」という言葉には
- 耐える
- 発揮する
といった2つの意味が混在していると説いています。そして、以下のようなデカルト座標系で「頑張る」を表してくれました。
(※川岸克己(2011),「『頑張る』における構造と変化」, 安田女子大学紀要, No. 39, pp.11-19. 内の図を参考に作成
目標を達成するために、困難や苦境に堪え努力することから、「頑張る」は第4象限の<活発だけど不快>になります。
また、「つらいのはイヤだから楽なほうがいい」といった状況は、第2象限の「頑張らない」=<不活発だけど快>になり、病気や疲れなどで「気力もない、行動できない、ムリだ」といった場合は、第3象限の「頑張れない」=<不活発だし不快でもある>になります。
こうして当てはめていくと、第1象限の<活発だし快だよ!>を表現する言葉は存在しません。
しかし、本来は第4象限<活発だけど不快>の「頑張る」が、第1象限の<活発だし快だよ!>としても長く併用されてきたため、「頑張る」という言葉は、ある時期を境に “使いづらい言葉” になってしまいました。
「頑張れ」と言ってはいけない?
日本メンタルアップ支援機構代表理事の大野萌子氏によると、以前は自分を鼓舞し、人を激励する言葉であった「頑張る」という言葉がNGワードになってしまったのは、2000年以降。「心の病」が労災認定されるようになってからです。
心の病を患っている人や、仕事・子育て・介護などを頑張りすぎて疲弊した人に「頑張れ!」と声をかけ、さらに追い詰めるのは酷だという考えが背景にあります。
先述のとおり、<活発だけど不快>の「頑張る」が、<活発だし快だよ!>であるかのように活用されてきたことも、「頑張れ=NGワード」に拍車をかけたとも考えられます。
「頑張れ」と言われて不快になるのは、次のような思いを抱えているからだそう。
- 頑張っていることを認めてもらえない
- どう頑張っていいのかわからない
- 理解してもらえていない
- これ以上やりたくない
すると、意外にもこれらの理由に、「頑張る人はバカを見ない」理論のヒントがありました。ある脳内物質が関係しています。
「頑張る」が不快だからNGだった?
――やる気や幸福感を高める脳内物質のドーパミンは、褒められたり、目標を達成したりといった、精神的な報酬(達成感や充実感)があると分泌されます。
精神科医の樺沢紫苑氏によると、自らのドーパミンをコントロールする場合は、自分で自分を「よくやったね」「頑張った甲斐があったな」などと褒めてあげるといいそう。
――一方で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部教授のショーン・ヤング氏は、報酬が期待値を上回るとドーパミンが分泌され、下回ると分泌されないことを明らかにした、神経科学の研究を紹介しています。
たとえば、5,000円~1万円もらえると期待して1万円をもらえた場合はドーパミンが分泌されますが、1万円~3万円もらえると期待して1万円をもらえた場合は、同じ金額なのにドーパミンが分泌されないわけです。
そのためヤング氏は「目標を小さく刻む力」を重視し、短期で達成可能な目標を、小さなステップで実行していくよう勧めています。常に期待値を上回る仕組みにするわけです。そうなればドーパミンが分泌されやすくなり、意欲が高まるので、継続が可能となり、結果的として大きな成果を得られることになります。
――一方で、イタリアのサッカーチーム・ACミランで働くメディカルトレーナーの遠藤友則氏は、「結果を出す人は、頑張らないかわりに『焦らず、毎日コツコツ』続けることを大切にしている」と述べます。
――また一方で、ペンシルベニア大学の心理学教授であるアンジェラ・ダックワース教授は、人生で成功するために最も重要なファクターとして、やり抜く力(グリット)を挙げています。
――さらにもう一方で、クリエイティブディレクターの川下和彦氏は、頑張りすぎて息切れしてしまうと、意志力を消耗し、物事を長く続けられないので、結果を出せないとのこと。
これらを踏まえると、
頑張ってもバカを見るのは、やり抜けなかったから。
やり抜けなかったのは、目標が高すぎたり、息切れしたり、頑張りが認められなかったりして不快感があったから。つまり、
ドーパミンが分泌されない「不快な状態が続いた」からです。
「頑張る人はバカを見ない」理論とは
不快であれば、長く続けられないのは当然ですよね。アンジェラ・ダックワース教授のいうやり抜く力(グリット)も、損なわれてしまうでしょう。
しかし、逆をいうと、「快の感情」さえあれば、ひいては「ドーパミン」が分泌されていれば、「頑張る人はバカを見ない」という理論になります。
前出の座標でいうと、「頑張る」が第1象限と第4象限を網羅(活発で、快のときも不快のときもある)しても、問題ないことになるわけです。
それに、喜びを感じながら目標へ向かって頑張る人が「ムダなことをしている」とは、さすがに周囲も思わないでしょう。
つまり、こうです。
- 頑張ることに対して否定的な意見は、頑張る人に不快感情があると生じる
- 頑張ることに対して否定的な意見は、頑張る人が楽しければ生じない
- 頑張る人に不快な感情があれば、継続できず、やり抜けないので、成功しない
- 頑張る人に快の感情があれば、継続でき、やり抜けるので、成功する
もっと端的にいえば、「楽しければ、頑張る人はバカを見ない」わけです。
語源を見ると、「頑張る」は、自分の意志を強く持ち、コツコツと一定の活動を続け、やり抜くことだと示しています。「頑張らない」ことを推奨したあらゆる考えと、実際には遜色ないのではないでしょうか。
「頑張ってバカを見ない」コツ
川岸准教授がデカルト座標系で表した「頑張る」に戻りましょう。
表現する言葉がないとした第1象限には、「フロー状態」が当てはまると川岸准教授は述べています。
(※川岸克己(2011),「『頑張る』における構造と変化」, 安田女子大学紀要. No. 39, pp. 11-19. 内の図を参考に作成)
心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏が提唱したフロー理論が示す、「フロー状態」とは、何か物事に対して自然と没入していき、無我夢中になって、好ましい結果を生む状態のこと。
「楽しければ、頑張る人はバカを見ない」理論は、フロー理論にも通じるわけです。
したがって、「頑張っているけど、これってムダなの?」と心配する必要はありませんが、もしも不快感が強いなら、そのまま続行せず、
- 「ドーパミン」が分泌されるよう
- 「フロー状態」に近づけるよう
- 「やり抜く力(グリット)」を発揮できるよう
自分の「快」を探しながら、チューニングを行なうイメージで、少し「調節」していきましょう。やり方はこうです。
- 頑張るネジを、一本ゆるめてみてください。
- 目標を、小さく刻んでみてください。
- 頑張る速度を、少し下げてみてください。
- 「よく頑張ってるね」「えらいぞ」と自分を褒めてあげてください。
いうなれば、少し休む、目標のハードルを下げる、自分を激励する、といった簡単なことです。そうして「調整」するだけなのですから、何もせず頑張らなかったよりも、ずっとずっと、前へ進んでいるはずですよ。
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大野萌子氏は「生きていくなかで、頑張らずに済むことはない」といいます。心身が疲弊してしまうほど頑張りすぎるのはおすすめできませんが、あなたが頑張ってきたことを、ムダだとは決して思わないでくださいね。
(参考)
川岸克己(2011),「『頑張る』における構造と変化」, 安田女子大学紀要, No.39, pp. 11-19.
東洋経済オンライン|「頑張れ」はいつからNGワードになったのか
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