相手に意見を伝えづらいと思うことはありませんか? 反感を買うかもしれないと遠慮してしまったり、自分の意見を主張するあまり相手を否定してしまったり。気持ちのよいコミュニケーションは、案外難しいものです。
自分も相手も傷つけない上手な自己表現のために、大事な考え方があります。それは「I am OK, you are OK.」というもの。「自己を肯定し、他者も肯定する」とはどういうことなのか、どうすればこれが実践できるのか。ビジネスでの活用例も交えながら、詳しくお伝えしましょう。
理想は「I am OK, you are OK.」の姿勢
「I am OK, you are OK.」とは、対人関係における最も理想的な姿勢のこと。アメリカの精神科医フランクリン・アーンスト氏が1971年に考案した「OK Corral(OK牧場)」のなかで、これは示されました。下の図にあるとおり、人間の対人関係には4つの姿勢があります。
【1】I am OK, you are OK. 自己肯定・他者肯定
理想とされる姿勢。相手に不快感を抱くことなく、ありのままの自分を表現できる。
【2】I am not OK , You are OK. 自己否定・他者肯定
自信がなく、受け身で不安。相手の言うことに従い、ストレスがたまる。
【3】I am OK , You are not OK. 自己肯定・他者否定
排他的で攻撃的、被害妄想的。他者をコントロールしようとする。
【4】I am not OK , You are not OK. 自己否定・他者否定
自閉的で虚無的。人生を不毛なものだと思う。
あなたは、どれに当てはまるでしょうか。
【2】と【3】の姿勢には、「自己と他者との比較の上に成り立っている」という共通点があります。【2】の自分を卑下する姿勢は、相手と比べて劣等感を抱いていることによるもの。また、相手に対し優越感を得ることで自信を保とうとすると、【3】になります。
【4】は、【2】や【3】で起こるような対人関係の苦しみに心を閉ざし、人との交流を諦めた状態です。
対して、【1】は自己と他者とを比較しません。自分は誰とも比較することなくありのままで「OK」、そして相手も同様に誰とも比較することなくありのままで「OK」なのです。多様性を前提としたこの考え方に至ることができれば、快い自己表現が可能になります。
上手な自己表現を可能にする「アサーティブ・コミュニケーション」
OK Corralとは別に、自己肯定・他者肯定に基づく自己表現を意味する「アサーティブネス」という考え方があります。これは、アメリカでの人権擁護思想をもとに1960年代以降発達したもの。アサーティブネスを実現したコミュニケーションを「アサーティブ・コミュニケーション」と言い、現在ではビジネスにおいても必要なコミュニケーションスキルだとされています。
assertの意味は「主張する」ですが、ここでの意味は「適切に自己主張する」といったところ。アサーティブ・コミュニケーションが重視するのは、OK Corralにおける【2】や【3】に陥ることなく、自分自身も、相手のことも尊重し、伝えたいことを適切な表現で伝えることです。
グローバル人材育成を手がける株式会社セブンシーズ代表取締役社長・COOの揚石洋子は、アサーティブネスという考え方はグローバルスタンダードだと言います。
アサーティブ・コミュニケーションとは、他者の意見や権利を尊重しつつ、自分の権利や要求限界を伝えるために意見を表明することです。グローバル環境においては、「アサーティブネス」は、特別なスキルではなく、全てのステークホルダーに平等に与えられているコミュニケーション上の「権利」です。
(引用元:WiLLSeed|「アサーティブネス 」をもっと身近に!)※太字は筆者が施した
私たちには、【2】や【3】のように相手とのあいだに上下関係を生じさせるのではなく、互いを尊重し合って対等にコミュニケーションする権利が、与えられているのです。
アサーティブになるには
ここからは、実践法の説明に移ります。アサーティブ・コミュニケーションを実現するために押さえておきたいふたつのポイントについてお伝えしましょう。
アサーティブネスの「4つの柱」
まずはアサーティブネスの基本的な考え方を知る必要があります。アサーティブ・コミュニケーションに関する講座開催、トレーナー派遣などを手がける特定非営利活動法人アサーティブジャパンによると、アサーティブには “根っこ” となる「4つの柱」があるそうです。
- 「誠実」自分にも相手にも誠実であること。
- 「率直」ごまかしたり感情的になったりせず、率直に伝えること。
- 「対等」自分と相手が対等であるという意識をもつこと。
- 「自己責任」自分で表現した結果の責任は自分自身で引き受けること。
会話に役立つ「DESC法」
東京大学大学院客員研究員で産業医の難波克行氏によると、相手を尊重して適切に自分の意思を伝えるには「DESC法」が役立つのだそう。
- 「Describe(描写する)」問題や状況を、主観を交えず客観的に描写する。
- 「Explain(説明する)」それでいま自分がどう感じているのかを、感情的にならずに説明する。
- 「Specify(提案する)」解決のために相手にしてほしいことを、具体的・現実的に提案する。命令にならないように。
- 「Choose(選択する)」相手が提案を受け入れた場合と受け入れなかった場合それぞれに対して、自分がとる行動を想定しておく。
加えて、「I(アイ)メッセージ」も有効です。「◯◯して!」ではなく、「私はあなたが◯◯してくれると嬉しい」のような、「私(I)」を主語に置いた伝え方です。押しつけることなく、自分の思いを率直に伝えることができますよ。
ビジネスでの「理想のコミュニケーション」の実践例
では、具体的なアサーティブ・コミュニケーションの事例を考えてみることとします。想定するシチュエーションはこちら。
会社で自分が新たに配属されたチームで、上司が自分に仕事を回してくれない。自分は期待されていないのだろうか。「なぜチームのメンバーなのに仕事をくれないんですか!」という不満を抱きつつも、上司に文句は言えないと思い、ほかのメンバーの手伝いばかりをしている……。
この現状を、上司にアサーティブに伝えてみましょう。上司だからといって萎縮しすぎず、また不満があるからといって感情的にもなりすぎず、誠実・率直・対等を意識し、DESC法を使って意見を伝えます。
- Describe(描写)
「私はほかのメンバーよりも仕事を回してもらえていません」ここでは、具体的な仕事量を比べて見せると、なおよいですね。 - Explain(説明)
「私にも何かできることがあるはずですし、もし私が新しい業務に不慣れなせいなら、学習・成長のためにもっと働かせてほしいのです」 - Specify(提案)
「私にもっと仕事を任せてもらえないでしょうか」 - Choose(選択)
「もしやはり任せられないなら、その理由を教えてください。理由によっては、これからもみなさんのお手伝いをしつつ、いつか任せてもらえるように努力します」
このようにして伝えると、上司は意思を受け入れて仕事をくれるかもしれませんし、納得のいく理由を教えてくれるかもしれません。上司に不満を抱えたまま何も言えないでいるより、自己責任のもと意思を伝えるほうがずっと建設的ですね。
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自分のことも相手のことも、尊重し肯定するコミュニケーション。これを心がけると、言いづらいことを適切に伝えられるようになります。ぜひ、日頃のコミュニケーションを見直し、自他肯定の考え方で人と接してみてください。
【ライタープロフィール】
梁木 みのり
大学では小説創作を学び、第55回文藝賞で最終候補となった経験もある。創作の分野のみでは学べない「わかりやすい」「読みやすい」文章の書き方を、STUDY HACKERでの執筆を通じて習得。文章術に関する記事を得意とし、多く手がけている。
(参考)
Listening and the Ernst OK Corral|Franklin H Ernst
Wikipedia|交流分析
獣医療をひも解く心理学|4つの人生態度
Wikipedia|アサーティブネス
アサーティブジャパン|はじめに
株式会社日立ソリューションズ|取引先や上司・部下と上手に会話する!アサーティブ・トレーニング・CHAPTER2アサーティブネスなコミュニケーションとは?
WiLLSeed|「アサーティブネス 」をもっと身近に!
人事評価制度の教科書|アサーショントレーニングとは?自己表現3タイプとトレーニング方法・ビジネスシーンにおける実践方法を解説!
ELECTRIC DOC.|アサーティブに意見を伝えるDESC法