営業の科学的アプローチ|お客様が “重要な情報”を思わず教えてしまう「特定質問」

営業の様子

営業を成功に導くには、お客様のニーズや予算、競合状況といった情報の収集が欠かせません。しかし、多くの営業部員が直面するのは、重要でデリケートな情報ほどお客様がストレートに教えてくれないという問題です。そこでアドバイスをお願いしたのは、これまで4万人以上のビジネスパーソンの営業力強化支援に携わってきた高橋浩一さん。お客様が重要な情報についても教えてくれやすくなる、質問のつくり方を教えてくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人

【プロフィール】
高橋浩一(たかはし・こういち)
TORiX株式会社代表取締役。東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として成長を牽引し、同社の上場に向けた事業基盤と組織体制をつくる。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで4万人以上の営業力強化支援に携わる。コンペ8年間無敗の経験をもとに、2019年、『無敗営業 「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略 オンラインとリアル ハイブリッドで勝つ』(ともに日経BP)を出版、シリーズ累計9万部突破。2021年、『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす共感とロジックで合意を生み出すコミュニケーションの技術』(クロスメディア・パブリッシング)、2022年、『質問しだいで仕事がうまくいくって本当ですか? 無敗営業マンの「瞬間」問題解決法』(KADOKAWA)、2023年、『「口ベタ」でもなぜか伝わる 東大の話し方』(ダイヤモンド社)を出版。2万人調査の分析に基づき、2024年4月に発売された新刊『営業の科学』(かんき出版)は、3万部を超える反響を得ている。2024年4月から東京学芸大学の客員准教授も務め、「“教育”と“営業”の交差点」を探究している。また、東京都内で「人生のヒントが見つかる」をコンセプトにしたリアル書店も経営。

お客様との関係構築は、それほど重要なものではない

商談中のお客様に対して、意思決定者を確認するために「本件は、どなたがお決めになるのですか?」と聞くと、相手は「基本的には私のほうで判断します」と返答しました。「基本的には」とあるため、なかなか紛らわしい返答ですよね。本当にその人自身が決めるのか、それとも上司の判断もあおがなければならないのか、見極めが難しいところです。

こういったはぐらかすような言葉をお客様が使うのは、「正直に答える」と「はぐらかす」を天秤にかけた結果、「はぐらかすほうが楽で安全だ」と判断しているからです。そのような言葉が出てきやすいのは、先の決裁者など、「意思決定に関わるデリケートな情報」について聞いたときであり、そういった情報は、英語の頭文字をとって「BANTCH(バントチャンネル)」と呼ばれています。

BANTCH(バントチャンネル)

しかし、営業を成功に導くには、もちろんこれらの重要な情報を引き出すことが必要です。そうするために、「まずなにより、お客様との良好な関係を築かなければならない」と考える人もいるはずです。

もちろん、お客様といい関係が築けるに越したことはありません。しかし、いい関係が築けたからといって、デリケートな情報を必ず聞き出せるとは限らないのもまた事実です。そして、「お客様との良好な関係を築かなければならない」と考えると、関係構築ができるまではなにもできない、あるいは重要な情報を欠いたまま的外れの提案をしてしまうリスクが高まることになるのです。

お客様との関係構築は、それほど重要なものではないと語る高橋浩一さん

お客様に「正直に答えることが楽で安全だ」と思わせる

お客様がはぐらかすような言葉を使うのは、あなたといい関係が築けていないからではなく、先にお伝えしたように、ただ「はぐらかすほうが楽で安全だ」と判断しているからに過ぎません。そうであるなら、「正直に答える」ことのハードルを下げ、「正直に答えることが楽で安全だ」と判断させてあげればいいのです。つまり、「お客様の不安を和らげる」わけです。

たとえば、「教えていただいたほうが正確な見積もりがつくれます」「教えていただくのは、個人的なご意見の範囲でかまいません」といった言葉を投げかければ、「正確な見積もりがつくれるなら、教えたほうがいいだろう」「個人的な意見と受け取ってくれるなら、素直に話そう」というようにお客様も考えやすくなります。

また、「質問に答える負担を軽減する」ことも有効です。たとえば、競合他社が提案している価格を知りたいとき、「他社はいくらで提案しているのですか?」とストレートに聞くと、お客様からすると「どの程度まで教えていいのだろう?」と考えることが負担になるため、素直に答えてくれる可能性は低いと考えられます。

そこで、「100万円と300万円だったら、どちらに近いですか?」と聞けば、お客様にとってはどちらを答えるにしろ嘘にはなりませんし、「どの程度まで教えていいのだろう?」と考える負担が軽減されますから、きちんと答えてくれる可能性が高まります。

加えて言うなら、「売り込みの匂いを消す」ことも大切な要素です。営業活動をする以上は利益を挙げるのが最大の目的です。でも、あなたがお客様だとして、「とにかく儲けたい」という姿勢ばかりが目立つ人を信頼するでしょうか? 営業部員としては、あくまでも「お客様の課題を解決したい」「お客様と一緒にこれを実現したい」といった姿勢を示すのが肝要です。そうすれば、「この人に情報をきちんと伝えることが、自分にとっても会社にとってもいいことなんだ」と判断してくれやすくなります。

お客様に「正直に答えることが楽で安全だ」と思わせると語る高橋浩一さん

「特定質問」で、お客様の不安を和らげて負担を軽減する

また、「お客様の不安を和らげる」「質問に答える負担を軽減する」質問をするために、「条件つきオープンクエスチョン」「選択肢つきクローズドクエスチョン」というものを知っておくと、質問を考えやすくなります。

それぞれ文字通り、条件をつけたオープンクエスチョンと、選択肢をつけたクローズドクエスチョンで、両者を合わせて「特定質問」と私は呼んでいます。先に例に挙げた「100万円と300万円だったら、どちらに近いですか?」は、条件つきクローズドクエスチョンにあたります。

質問に関しては、オープンクエスチョンよりクローズドクエスチョンのほうが、相手が答えやすいとよく言われます。しかし、バントチャンネルのようなデリケートな情報の場合、たとえクローズドクエスチョンであっても相手は答えにくいこともあるものです。

たとえば、商談中のAさんに決裁者について聞きたいとします。「本件を決定されるのはどなたですか?」というオープンクエスチョンはもちろんのこと、「本件はA様が決定されるのでしょうか?」というクローズドクエスチョンであっても、お客様は正直に答えることにリスクを感じるでしょう。

そこで、オープンクエスチョンに条件をつけて「『この方の意見を聞く前に決められない』という人物は、どなたですか?」とか、クローズドクエスチョンに選択肢をつけて「今回は『A様が判断される』『ほかの方と相談される』のではどちらですか?」といったかたちにすれば、お客様は答えてくれやすくなります。

繰り返しになりますが、お客様がはぐらかしたり質問に答えてくれなかったりするのは、「そうするほうが楽で安全だ」と考えているからです。お客様が正直に答えることのハードルを下げるのが、情報収集の一番のキモとなります。

営業の科学的アプローチについてお話しくださった高橋浩一さん

【高橋浩一さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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