会議資料、営業資料、企画書、提案書などを作成する過程において、頻繁につくったり使ったりするのが「たたき台」です。
そのたたき台には、「いいたたき台もあれば駄目なたたき台もある」と言うのは、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)を経てコンサルタントとして活躍する田中志さん。そんな田中さんに、プロの視点から「いいたたき台をつくるための基本ルール」を教えてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
【プロフィール】
田中志(たなか・のぞみ)
1989年生まれ、長野県出身。Cobe Associe代表。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、ボストンコンサ ルティンググループ(BCG)に入社。2015年にヘルスケア領域の社内アワードを受賞。その後、博報堂グループのスタートアップスタジオ・quantum、デジタルヘルススタートアップ・エンブレースの執行役員を経て、2018年に大企業の新規事業やスタートアップ支援を行なうCobe Associeを創業。2019年度神戸市データサイエンティストとしても勤務、新規事業やデータ活用、ヘルスケア領域に関する講演も実施。著書に『情報を活用して、思考と行動を進化させる』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
依頼者の熱量が落ちないうちに、即座に初手を打つ
「たたき台」とは、「周囲の人たちを巻き込み、活発な議論を生み出すことのできるツール」であり、「周囲の人たちの脳を刺激し、反応をもらうためのツール」です。なぜなら、「たたき台」という名のとおり、たたき台はたたかれるために存在するからです。
デザインに凝っていたり、作成者が自分なりに調べたデータなども盛り込んだりなど、いいたたき台に見えるものであっても、作成者個人のひとつのアイデアをベースにしたものの場合、もしその根本のアイデアが間違っていると、たたき台の依頼者から「根本が間違っている」とダメ出しされるだけで議論が深まりません。
そうした事態を招かないためには、それこそ「その根本のアイデア」など、たたき台の先にある最終的なアウトプットに盛り込まれるあらゆる要素について、たたき台の依頼者ら周囲の人から多くの反応をもらってブラッシュアップしていけるものにすべきなのです(『「仕事ができる人」がつくる「最高のたたき台」の特徴。ダメなたたき台とは “ここ” が違う』参照)。そして、そんなたたき台をつくるために必要な「基本の5S」を紹介します。
【いいたたき台をつくるための基本の5S】
- スピード:とりあえずでいい。まずは手を動かす
- シンプル:とにかくわかりやすく
- 刺激:みんなから反応を引き出す
- 質問力:企画の意図や問題点を理解するために的確な質問をする
- 隙:ガチガチに固めない。あえてツッコませる
最初のSは「スピード」です。たたき台は、上司をはじめ自分よりも上の立場である人から依頼されることが多いものです。そして、そういった人たちは基本的に細かいスケジュールで動いていて多忙です。だからこそ、スピードが欠かせません。
金曜日に依頼されたとしたら、「今日はまだほかの予定もあるし、週明けに出社してから考えて、火曜か水曜に見てもらおう」と考える人もいるかもしれません。でも、その頃になると、多忙な上司はもう別のことについて考えているというケースだってありえます。
だからこそ、上司からいい反応を引き出して最終的なアウトプットの質を上げようと思えば、上司のなかで「こういうたたき台が欲しい」「こんな要素を盛り込んでほしい」といった熱量が落ちないうちに初手を打つべきです。たとえば金曜日の14時に依頼されたのなら、「16時から15分だけ時間をもらえますか」といって2時間でたたき台をつくる。そうすれば、上司の熱量があるうちにいい反応を引き出すことができます。
あえて相手に「NO」と言わせて、議論を深める
2つめのSは「シンプル」です。先にお伝えしたとおり、たたき台とはたたかれるためにあるものです。それなのに、「せっかく調べたから」とたくさんの要素を盛り込んでしまったらどうなるでしょう? たたく側である依頼者からすると、「どこをたたいていいかわからない」ということになりかねません。
すると、「議論する必要がないどうでもいい部分」に相手が注目してしまうなどして、本来議論すべき肝心な部分について相手の反応を引き出せなくなってしまうのです。
だからこそ、シンプルなたたき台がベストです。たたく側からすれば「ここを議論したいんだな」とわかりますし、たたき台をつくった側としても欲しい反応を引き出せますから、お互いにとってハッピーになれるわけです。
3つめのSは「刺激」です。これも、相手の反応を引き出すためのもの。その反応は、批判でも共感でも称賛でもなんだってかまいません。「なにかを言いたくなる」ことがなければ、議論が深まることはないからです。
では、どうすればそんな刺激を組み込めるでしょうか。ひとつの手法が、コンサルタントがよく用いる「スタンスをとる」というもの。これは、たとえばどちらがいいかわからない状態であってもあえてAかBか決めてみる――のように、いわば「断言する」といった意味合いのものです。
ある製品の価格を決めるとき、「いくらにしますか?」と周囲に問うのではなく、「500円にすべきです」と言ったとします。すると、周囲は「本当に500円でいいのか?」「1,000円にすべきだろう、その根拠は……」とさまざまなことを考えます。つまり、相手に「NO」と言わせることで、議論や周囲の人の思考を深めるのです。
「隙」をつくって、相手から多くの反応を引き出す
いいたたき台をつくるための4つめのSは、「質問力」。これも先の「刺激」に通じることですが、相手からいい反応を引き出すためのものです。
先にも言いましたが、たたき台の依頼者は基本的に上司をはじめとした多忙な人たちです。まだ朝イチの頭がフレッシュなタイミングならともかく、いくつもの会議をこなして疲れている上司にパッとたたき台を見せて、「これでどうですか?」と曖昧な質問を投げかけたところで、上司はいい反応をしてくれません。どこをたたいていいかわからないからです。
ですから、たたき台をつくりながら、「ここでこう聞いたら、こういう反応を示しそうだ」「だったら今度はこう聞いてみよう」などと、事前にQ&Aを想定しておきましょう。そうして依頼者をうまくガイドしていければ、こちらが求めている反応を相手から多く引き出せます。
最後のSは「隙」です。これについては、特に若い人ほど強く意識してほしいと思います。若いということは、経験やスキルにまだまだ足りない部分があるということです。それをはっきりと認めて、上司など他人に助けてもらいましょう。
でも、なかには、上司から「これ、いいね」と言われるたたき台をつくりたいと考え、わからない部分を隠そうと考える人もいます。でも、それで最終的なアウトプットの質ははたして高まるでしょうか? ビジネスパーソンとして求めるべきは、「いいね」というその場限りの評価を得ることなどではなく、たたき台の先にある最終的なアウトプットの質を高め、より大きな成果を挙げることであるはずです。
若くて経験やスキルに足りない部分があるのなら、そこを逆手にとって、「ここはわかりません」「ここは考えきれていません」といったところを、あえて素直に明示してしまうのです。立場が上の人の多くは、「部下の力になってあげたい」「教えてあげたい」と考えていますから、たたき台に「隙」があれば多くのアドバイスをしてくれるはずです。
【田中志さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「仕事ができる人」がつくる「最高のたたき台」の特徴。ダメなたたき台とは “ここ” が違う
「発想力には自信がない……」と悩む人でも「いいたたき台」がつくれる意外なコツ。あえて○○するといい