「すみません、この企画書の方向性を変えたいのですが……」
新任マネージャーのAさんは、違和感を覚えた企画書をレビューしながら、どう伝えればいいのか分からず、曖昧な言葉を口にするのが精一杯でした。
一方、ベテランマネージャーのBさんは、同じ場面でこう伝えました。 「市場環境の分析が薄いので説得力に欠けています。競合他社の動向を加えて、当社の強みが際立つ内容に修正してください」
結果、部下は具体的に何をすべきか理解し、クライアントからも高評価を獲得できました。
「自分の考えやアイデアをうまく言語化できず、仕事のチャンスを逃している気がする」 「キャリアアップに言語化能力が大切だと聞いたけれど、どうやって高めたらいいのかわからない」
近年、注目度が上がっている言語化に対し、不安を感じている人も多いのではないでしょうか。しかし、言語化は特別な才能ではありません。誰でも実践できる具体的な方法があるのです。
そこで今回は、言語化する力を高めるための方法として「具体化する方法」と、「紙に書く方法」のふたつをご紹介します。ぜひ参考にしてください。
なぜキャリアアップに言語化が必要か
キャリアアップに言語化が必要なのは、言語化ができれば周囲からの信頼や理解を得られるからです。自分の考えを適切に言葉にできる人材は、社内外で重宝されます。
法政大学キャリアデザイン学部講師のなかむらアサミ氏は、言語化を「自分の思考や感情を具体的な言葉に変える力」と定義しています。この力は「情報を正しく伝え、相手に理解してもらうスキル」であり、「自分の『信頼』につながる」というのです。*1
つまり、情報や自分の思考を具体的な言葉で伝えることで、信頼の獲得につながるのです。ビジネスシーンでも、言語化が必要な場面は数多くあります。
たとえば、資料の修正を頼むとき、「もっと詳しく書いて」と曖昧に伝えるのではなく、「課題や具体例を加えて説得力を出したいので、事業の概要だけでなく背景も書き加えてください」のように具体的に伝えることで、相手も納得して動いてくれるでしょう。
ほかにも、プレゼンテーションや面接など、言語化の能力次第で相手からの信頼度が変わる場面は多くあります。そのため、キャリアアップには言語化スキルが欠かせないのです。
言語化能力向上法1:具体化する
会議で意見を求められたとき、周囲が納得するような説得力のある発言をしたいものです。しかし実際には、言葉がまとまらず月並みなことしか言えないと悩む人も多いでしょう。
どんな場面でも説得力のある話をするには、具体性を意識するのがポイントです。自分の意見に、理由や具体例を付け加える習慣をつけましょう。
伝える力【話す・書く】研究所所長の山口拓朗氏は、言語化の力を次の3つに分けています。*2
- 語彙力
- 具体化力
- 伝達力
3つのうち、「仕事をするうえで特に重要なものが具体化力」だと言う山口氏。その理由として「伝える内容が曖昧であるよりも具体的であればあるほど相手に届きやすく」なることを挙げています。*2
たとえば、職場で生成AIの活用について意見を求められたとしましょう。「便利だと思います」という答えでは、あなたがなにに対して便利だと感じているのか伝わりません。
「文章を生成できるので、会議資料や報告書の作成に活かせて便利だと思います」と具体的に答えることで、わかりやすく説得力のある意見となるのです。
このように意見に具体性をもたせるため、山口氏は「『なぜ→たとえば』メソッド」を提案しています。これは「最初に思いついたざっくりした意見や感想を、『なぜ?』『たとえば?』と自問することで具体化していく」方法です。*2
この方法を使って、先の生成AIについての意見を具体化してみましょう。
【生成AIの活用について、どう思うか?】
→便利だと思う。
→(なぜ?)文章を生成できるから。
→(たとえば?)会議資料や報告書の下書きに活用できる。自分の書いた文章に間違いがないか校正できる。
「なぜ?」「たとえば?」と自問することで、自然と意見が掘り下げられます。この方法を使えば自分の意見に具体性をもたせられますし、繰り返すことで具体化するスピードも上がるでしょう。
言語化能力向上法2:紙に書く
「ぼんやりとしたイメージはあるけれど、それを言葉にするのが難しい」
「自分の気持ちを言語化するのが苦手」
こんなお悩みを抱える方には、自分の考えを紙に書き出すことをおすすめします。紙に書くことで適切な言葉が見つかったり、思考を深めたりすることができるかもしれません。
電通のコピーライターで『瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。』の著者である荒木俊哉氏は、言語化ができない人の状態を次のように述べています。
自分の中でモヤモヤと感じているものはあっても、それが何なのかはっきりと言葉にして意見できない。(中略)
そんな悩みの根本的な原因は「どう言うか」よりも「何を言うか」が自分の頭の中で整理され、言語化されていない状態だからなのです。*3
つまり、言語化には頭の中にあるモヤモヤを言葉にし、整理することが大切なのです。
そこで、荒木氏はA4コピー用紙を使ったトレーニングをすすめています。方法は、次のとおりです。
- A4コピー用紙を「縦に」使用する
- 一番上に「問い」を大きく書いて四角で囲む
- 用紙を2分割して「思考」と「理由」に分ける
- まずは「思い浮かんだこと」を1行書いてみる
- 1行書いたことを深掘りする「芋づる式言語化思考法」
- 「思考」の最終行から「理由」を書き出す
(*4 を参考に筆者がまとめた)
以下で、詳しい方法をご説明します。
A4コピー用紙で考えを言語化してみた
筆者もとっさに自分の意見を言うのが苦手なので、紙に書き出して言語化能力を向上させたいと思います。
筆者が実際に書き出したノートをもとに、見やすく画像にしたものを使ってご紹介していきます。
まずはA4サイズのコピー用紙を用意し、一番上に「問い」を書いて四角で囲います。
このとき、問いはひとつだけにするのがポイント。なぜなら「トレーニングの肝は、自分の中に眠っている『モヤモヤした思いや意見』を言語化して書き出すこと」であり、「いろんな『問い』があると、気が散ってしまい、思考がなかなか深まらない」からです。*4
今回の問いは「自分の長所は?」とし、紙を縦に2分割して「思考」ブロックと「理由」ブロックに分けました。「思考」ブロックに、問いに対して思い浮かんだことを1行だけ書いてみます。
次に、書き出した内容について「芋づる式言語化思考法」を使って掘り下げます。これは「『最初に書き出したこと』をきっかけに芋づる式に無意識の思いや意見をどんどん引っ張り出していく言語化思考法」です。「それはつまりどういうこと?」という問いかけをしながら、自分の考えを具体化します。*4
最後に、「思考」ブロックの一番下に書いたメモに印をつけます。これについての意見や考えなど、理由として考えられることを「理由」ブロックに書き出します。「理由」ブロックに1行書いたら、また「芋づる式言語化思考法」で理由を掘り下げましょう。
紙に書き出すことで、曖昧だった自分の長所をより具体的に言語化できたと思います。
いままで「自分の長所は慎重なところ」と漠然と考えていましたが、「目的達成までの道のりを着実に進むことができる」と表現することで、より適切に自分の長所を伝えられると感じました。さらに理由や具体的なエピソードを交えれば、相手にしっかりと自分の強みを伝えられそうです。
また、頭のなかのモヤモヤとした考えを言語化できた実感があります。自分の意見を言語化する力を高めるだけでなく、思考を深めるトレーニングにもなると感じました。
言葉を探すのに時間がかかる人や、なかなか考えがまとまらない人は試してみてはいかがでしょうか。
実践!言語化トレーニング
ここまでご紹介した方法を、実際に試してみましょう。
【演習:上司への提案】
あなたは社内のコミュニケーションを改善したいと考えています。上司に提案するとすれば、どのように言語化しますか?以下のステップで考えてみましょう。
ステップ1
まず思いついた提案を書き出してみましょう。遠慮せずに、頭に浮かんだままを書いてください。
ステップ2
「なぜ→たとえば」メソッドで具体化してみましょう。
最初の提案に対して「なぜ?」「たとえば?」と繰り返し問いかけます。
ステップ3
紙に書いて整理してみましょう。本記事で紹介した「A4用紙を使った整理法」を使って、考えを深めていきます。
↓
実際に書き出してみましたか?
では、次のセクションで解答例を見てみましょう。
解答例
ステップ1の例
「社内コミュニケーションを改善するため、定期的なミーティングを提案したいです」
ステップ2の例
- 「なぜ?」→情報共有が不足しているから
- 「たとえば?」→プロジェクトの進捗状況が部署間で共有されていない
- 「なぜ?」→各部署の課題やニーズを相互に理解できていないから
- 「たとえば?」→営業部門のニーズが開発部門に伝わっていない
完成形の例:
「社内コミュニケーションを改善するため、部署間の情報共有ミーティングを月1回開催することを提案させていただきます。現在、営業部門が把握している顧客ニーズが開発部門に十分伝わっていないなどの課題があり、これを解決することで、より顧客満足度の高い製品開発が可能になると考えています」
いかがでしょうか? あなたの回答と比べてみてください。完全に同じである必要はありません。大切なのは、具体的な表現で自分の考えを説明できているかどうかです。ぜひ、実際のビジネスシーンでも活用してみてください。
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言語化は、毎日の小さな実践から始まります。今回ご紹介した「具体化する方法」と「紙に書く方法」は、どちらも特別な準備も時間も必要ありません。明日の会議や商談、部下との1on1など、身近なビジネスシーンから試してみてください。
ひとつの考えを言葉にする。その積み重ねが、あなたのキャリアを確実に前進させていくはずです。さあ、今日から「言語化」の練習を始めてみませんか?
※引用部分の太字は筆者が施した
*1 ITメディア|高まる「言語化力」の重要性 どのように鍛えればいいのか?
*2 STUDY HACKER|「具体化」できなければ伝わらない。曖昧な表現を「伝わる表現」にするふたつの方法
*3 東洋経済オンライン|なぜか「評価される人」は話の中身が明らかに違う
*4 東洋経済オンライン|頭の中の「モヤモヤ」すっと言葉にするすごいコツ
藤真唯
大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。