もしも、「セミナーに参加したり本を買ったり、たくさんの時間とお金をかけて勉強しているが、それほど仕事に役立てられていない」と感じるならば、ムダが多いのかもしれません。学ぶ量を少し減らしてみてはいかがでしょう。むしろ、よく身につくかもしれませんよ。
学ぶ量を上手に減らして、学びの質を上げるには、行動経済学の「ナッジ理論」が役立ちます。
「ナッジ理論」とは
「ナッジ理論」とは、2017年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のリチャード・セイラー博士と、ハーバード大学のキャス・サンスティーン教授が、2008年に提唱した概念です。
ナッジ(nudge)は、“ひじで軽く突いて注意を促す”ことを意味します。
強い立場にある人が、弱い立場にある人を強制的に導こうとする思想を「パターナリズム」といい、個人の自由を尊重し、自主性に委ねる思想を「リバタリアニズム」といいますが、「ナッジ理論」はこの2つを融合させたものなのだとか。
具体的にいうと、「パターナリズム」は親分が子分に「静かにしろ!」と叱ること。「リバタリアニズム」は子分が自重するまで親分が見守っていることです。
「ナッジ理論」の場合は、さりげなく親分が子分の良心に訴え、自分の意志で行動する方向へと導きます。つまり、“ひじで軽く突く”程度の働きかけで、よい結果を引き出すわけですね。
人事ソリューションを提供するフム(Humu)社のCEOであるラズロ・ボック氏によれば、「ナッジ理論」を職場に応用することにより、業務を邪魔せず社員が新しいスキルを身につけられるとのこと。短い時間で、ムダなく効率よく学びを吸収できるわけです。
「ナッジ理論」効果の具体例
「ナッジ理論」効果の具体例をいくつか挙げてみましょう。
最も有名なのは“ハエの絵”の話です。 アムステルダムのスキポール空港は経費節減のため、床の清掃費が高くつく男子トイレに目をつけ、小便器の中にハエの絵を描いたそうです。その結果、使用者が無意識にハエの絵を狙って排泄するようになったため床に飛び散りづらくなり、床の清掃費が8割も減ったのだそう。なんともユニークな成功例ですね。
一方、日本の公共トイレでも、「いつもトイレをきれいに使っていただき、ありがとうございます」と、良心に訴えかけるような張り紙を目にしたことがあると思います。こちらも“そう言われちゃあ、きれいに使うしかないなぁ”となるよう仕向けた、「ナッジ理論」の応用といえます。
フム社がビジネスシーンで応用する「ナッジ理論」も、先述した例と同じく“ささやかな働きかけ”なのだとか。たとえば、チームのリーダーがメンバーの働きに感謝するのを忘れないよう、「メンバーに感謝の気持ちを伝えよう」というリマインダーが定期的にチームリーダーへ送られるようにする、といったことです。
ささいなことではありますが、感謝されたメンバーがますます仕事に意欲を燃やすようになって、チーム全体がいい雰囲気になれば、成果はさらに上がっていくでしょう。結果として、チームリーダーにもメリットがあるわけです。
では、その「ナッジ理論」で学習効率を上げる場合は、どうしたらいいのでしょう?
学習効率を上げるために大切なこと
ラズロ・ボック氏は、多くの企業が職場における研修などで、以下に挙げる3つの重要性を見落としていると言います。
- 適切な人に
- 適切な情報を
- 適切なタイミングで与える
以上を見落とさずに「ナッジ理論の応用」=「ささやかな働きかけ」をしていけば、企業研修の効率が上がり、時短も経費節減も可能になるわけですね。
ならばわたしたちも、学ぶ量を減らして学びの質を上げるため、自分自身に対して適切にナッジ理論を応用していきましょう。ラズロ・ボック氏が『Harvard Business Review』で紹介している内容を参考に、社会人がナッジ理論で学習効率を上げるヒントをまとめました。
「ナッジ理論」で学習効率を上げるヒント
1.目標を小さく分ける
目標を小さく分けるという、ほんのささいな働きかけでも、グンと学習効率は高まります。たとえば教養を身につけたいなら、やみくもに教養本を読みあさるのではなく、
- 歴史とは?
- 哲学とは?
- 芸術とは?
の答えを数行程度にまとめ、それだけ覚える小さな目標の達成から始めます。次に、
- 最も重要な日本史TOP10
- 最も重要な哲学者TOP10
- 最も重要な芸術家TOP10
を覚えるといった具合に掘り下げ、無理のない量を少しずつ覚えていくわけです。目標を小分けしていくことにより、以下のメリットが生まれます。
- インプットする量を適切にコントロールできる
- 適切なタイミングで難易度を上げていける
- 目標達成が楽になる
- 何度も達成感を味わえる
- 意欲の向上につながる
2.フィードバック習慣を持つ
グーグル社の経営幹部を務めていたラズロ・ボック氏は、半年に一度、各マネジャーに長所と改善の余地を示したレポートを渡していたそうです。すると、多くのマネジャーが研修に参加せずとも改善できたのだとか。
上記のケースに限らず、これまでも示したとおり、“ささやかな働きかけ”は意外に大きな効果を発揮します。
ならば、ちょっとしたフィードバック(指導・指摘・評価)を自分自身に向けて習慣的に行うことで、客観的になることができ、ムダに気づけるはず。その場合、頭の中で自分と対話しつつ、手書きしながら考えをまとめるのがおすすめです。
- プレゼンテーション研修に参加した効果は生まれているか?
- いまひとつ反応がにぶい
- 分かりにくいと言われる
- 足りないのは「分かりやすい資料づくりのテクニック」か?
- 足りないのは「人に伝えるテクニック」か?
- 足りないのは「シナリオ構成テクニック」か?
- シナリオ構成のテクニックかも?
自分自身で行うからこそ気楽に率直にフィードバックできるはず。日記や単なるメモでもかまいません。気軽な習慣として取り入れましょう。
3.定期的なリマインド
ラズロ・ボック氏によれば、グーグル社が
- 「たくさんの質問をしよう!」
- 「積極的にフィードバックを求めよう!」
と新入社員向けにリマインドを行なったところ、社員たちはチャンスを見つけて自主的にスキルを磨くようになり、生産性が2%アップしたそう。金額にして、なんと年間4億ドルにもなるそうです。
それに、「やらなければならないこと」「注意点・留意点」をずっと頭にとどめておくことは、認知的な負荷になり、仕事のパフォーマンスの低下につながります。
「認知的な負荷を軽減」する観点や、「ナッジ理論」の観点からも、リマインダー機能は大いに役立ちます。 iPhoneやGoogleカレンダーなどにあるリマインダー機能や、リマインダーアプリを活用するといいでしょう。おすすめは、
- 「詰め込みすぎはやめよう!」
- 「学んだことはすぐ活用しよう!」
- 「積極的にブランクをつくろう!」
とリマインドを行なうことです。
勉強量を減らしなさい、インプットと同じようにアウトプットを行いなさい、オンとオフを切り替えなさいと暗示をかけられた脳が、学びの効率化を図るようになるはずです。
4.投資効果のチェック
ラズロ・ボック氏によると、定期的に研修効果を確認している組織ほど、効果をあげている傾向があるそうです。2番目のフィードバックで気づけると思うので、効果が見られないセミナーや、本、参考書などは、思い切って排除してしまいましょう。
それに、投資効果をチェックする習慣があると、非効率な勉強を避けるようになるほか、投資することや時間を割くことだけで勉強した気になっていないかも見極められます。
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学ぶ量が少ないほうがよく身につくという考え方は、どんな職場にも恩恵をもたらすとのこと。企業規模では数百万ドル(日本なら数億円!?)の経費削減も実現できるかもしれないとラズロ・ボック氏は言います。
もちろん個人レベルでも、お金と時間が余ったら嬉しいもの。有意義に使ってくださいね!
(参考)
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|HBR.org翻訳リーダーシップ記事|社員の学習量を減らすことで、学びの質を高める 人材開発に「ナッジ理論」を導入する4つのポイント
クーリエ・ジャポン|行動経済学で人の心を操る現代の魔法「ナッジ」とは何か|ノーベル経済学賞セイラー教授の「発明」
情報・知識&オピニオン imidas - イミダス|連載コラム| 目からウロコの経済用語「一語千金」|ナッジ理論
コトバンク|リバタリアニズム(りばたりあにずむ)とは
看護用語辞典 ナースpedia|パターナリズム
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STUDY HACKER 編集部
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