スリーパー効果とは、信頼性を感じない情報源から得た情報・メッセージでも、時間経過によって信頼度が高まること。スリーパー効果を理解すれば、意見の提案や顧客の説得など、ビジネスで有利に立てるかもしれませんよ。
本稿では、スリーパー効果の基本、応用の方法、ブーメラン効果との関係を詳しく解説していきます。
心理学のスリーパー効果とは
心理学のスリーパー効果とは、信頼できない情報源から得た情報でも、時間が経つことで情報源への不信感を忘れ、情報への信頼性が高まっていく現象です。「仮眠効果」「居眠り効果」と呼ばれることもあります。
提唱者は、米国の心理学者、カール・ホブランド(1912~1961)。時間とともに情報源の疑わしさが「眠って」しまうことにちなんで名づけたそうです。
たとえば、友人Aから「友人Bって腹黒いらしいよ」と聞いたとします。Aは、いつもいい加減なことばかり言っているので、あなたはAを信頼していません。このときも、Aの話を真に受けませんでした。
しかし、時間が経つと、あなたの記憶には「Bは腹黒い」という情報が残る一方、「Aから聞いた」という事実は忘れられていきます。最終的に、「Bは腹黒い」という情報が事実だったように思えてくるのです。
これがスリーパー効果です。あなたも、「誰かに聞いたんだけど、誰に聞いたかは忘れた」という、出所のあいまいな情報を多数抱えているのではないでしょうか。
スリーパー効果の例
スリーパー効果の例を3つご紹介します。
プロパガンダ映画
スリーパー効果が現れた最も有名な例は、プロパガンダ映画です。プロパガンダ映画とは、政治的主張を宣伝するための映画。戦時には、国民の士気を高める目的で、敵国への憎悪を駆り立てるような内容の映画が作られていたのです。
スリーパー効果の提唱者・ホブランドは、第二次世界大戦中の1940年代、フランク・キャプラ監督によるプロパガンダ映画のシリーズ『Why We Fight(なぜ我々は戦うのか)』の扇動効果を調査しました。映画を見せられた9週間後、兵士たちは内容の約50%を忘れたものの、思想的な影響は残りつづけたそう。むしろ、映画の記憶が過去に追いやられていくほど、映画のメッセージを肯定的に受け止める者さえいたとのことです。
ホブランドは、9週間という時間を置いたことで情報源への不信感が忘れられ、映画のメッセージだけが残ったのだと考えて、スリーパー効果を提唱するに至りました。
雑誌記事
ホブランドらによる1951年の論文からも、スリーパー効果に関する有名な実験を紹介しましょう。
実験は、「抗ヒスタミン剤」の是非に関する学術雑誌と大衆誌の記事を学生に読ませるというものでした。記事を読んだ直後、記事の内容や自身の考えに関する設問に回答させたところ、学術雑誌と同じ意見に変わった割合は22.6%、大衆誌と同じ意見に変わった割合は13.3%でした。およそ2倍もの差がありますね。被験者たちの94.7%が当該学術雑誌を「信頼できる」と捉えた一方、当該大衆誌を「信頼できる」と捉えていたのはわずか5.9%だったので、情報源への信頼が回答結果に影響したようです。
しかし、4週間後、被験者たちを同じ設問に回答させたところ、学術雑誌と同意見だという割合は6.5%減り、大衆誌と同意見だという割合は6.7%増えていました。「信頼できる情報源」に影響された割合は17.1%、「信頼できない情報源」に影響された割合は20.0%ということになります。
時間が経って情報元についての記憶が薄れたことにより、情報の真偽を考慮する際、情報源の信頼性はあまり問題ではなくなったのです。
選挙活動
選挙活動も、スリーパー効果の例としてよく挙げられます。選挙の時期になると、選挙カーを使ったり街頭演説をしたり、候補者たちがアピールを始めますよね。大音量なので、うるさいと感じる人も多いのではないでしょうか。
「あの選挙活動にはどれほどの効果があるのだろう。むしろ逆効果じゃないのか?」と筆者は疑問に思ってしまいます。街中に響き渡るほどけたたましくされると、どんなによい内容の演説だったとしても、あまり耳を貸す気にはなれなくなってしまうのです。「こんなにうるさくするなら、票を入れてやらないぞ」とへそを曲げてしまう人がいるかもしれません。
しかし、スリーパー効果を考えると、うるさいだけに思える選挙演説には効果があるようなのです。演説を聴いただけでは、候補者の人物像はよくわかりませんし、演説がうるさかったという不快感もあいまって、強い不信感を抱いてしまうかもしれません。しかし、スリーパー効果によって、私たちは投票時に不快感を忘却しています。候補者の名前やキャッチフレーズだけが記憶に残っているのです。
あなたにも、こんな経験はないでしょうか。いざ投票に行くと、候補者の名前がズラッと並んでいて、誰に投票するべきか迷ってしまった。そんなとき、よく家の近くで演説をしていた候補者の名前を見つけた。詳しくは知らないけれど、「地方を活性化」とか「少子化対策」とか、それっぽいことを言っていた気がする。そして「まぁ、この人でいいや」と半ば投げやりに投票してしまう……。
政治や選挙への興味が薄い人だと、「名前を聞いたことがある」というだけで投票するかもしれません。スリーパー効果があるので、いくら不快に思われたとしても、大音量での選挙演説は合理的なのです。
スリーパー効果をビジネスに活用するには
スリーパー効果を利用すると、情報の信頼性を高められるため、交渉や説得の成功率を上げることができます。本章では、スリーパー効果の応用例を2つご紹介しましょう。
商品を売り込む
スリーパー効果は商品・サービスのセールスに使えます。
新規顧客を開拓するときには、まだ顧客とのあいだに信頼関係がないため、なかなか話を聞いてもらえませんよね。商品の魅力や価値を力説しても「売りつけたいだけでしょ?」と警戒されてしまうので、契約までこぎつけるのはとても大変です。
説得されると、むしろ心理的反発を感じてしまう現象には、「ブーメラン効果」という名前がついています。たとえば、親から「早く宿題やりなさい!」と強く言われ、やる気が失せたという経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
ブーメラン効果を生まないよう、新規顧客など関係の浅い人に商品を勧める場合、反応が悪ければ素直に引き下がるほうが得策です。粘っても契約が取れる見込みは薄いでしょう。「押してダメなら引いてみる」ということです。しばらく時間をおくことでスリーパー効果が生まれ、「いきなり押しかけてきたセールスマン」への嫌悪感が薄れていくとともに、商品への興味や購買意欲がだんだん沸いてくるかもしれません。
ただし、そのためには、商品が本当に魅力的である必要があります。いくらスリーパー効果が働いても、肝心の商品が印象的でなく、欲しいと思えるものでなかったならば、購買につながることはありません。
押してもダメなら潔く引く。その代わり、商品の魅力を簡潔に&的確に伝えられるよう、セールストークをしっかり準備しておきましょう。
企画を通す
スリーパー効果は、会社などで自分の企画を通したいときにも利用できます。
まだ実績を出していない状態だと、上司に話を聞いてもらうのは一苦労ですよね。せっかくよいアイデアだと思って提案しても、「しょせん若手の言うことだから」と聞く耳をもってもらえなかった経験があるかもしれません。
たとえば、「インスタ映えを意識した新商品をつくりたい」という提案を通したいとします。しかし、上司はSNSに疎く、なかなかSNSマーケティングに理解を示してくれません。「若手の言うことなんか素直に聞きたくない」というプライドもあるようです。
いくら企画について熱弁したところで、この上司の心をすぐに開くのは難しいでしょう。むしろ、説得しようとすればするほど、ブーメラン効果が生まれ、さらに心を閉ざしてしまうかもしれません。
こんなときは、「細く長く」じわじわと提案を続けることが大切です。しつこいと思われないよう適度に時間を空けながら、「インスタ映え」の重要性を示すデータを示したり、他社の事例を紹介したりしながら、週に一度ほどのペースで少しずつ情報を伝えていくようにします。いわば「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」ですね。
時間が経てば、上司の頭に情報が浸透していき、その情報を「実績のない若手から聞いた」という事実は、スリーパー効果によって忘却されます。結果として、「インスタ映えのする商品を企画しよう」という考えが、まるで自分で思いついたアイデアであるかのように、上司のなかで育っていくのです。
日本ビジネス心理学会副会長・匠英一氏は、スリーパー効果で企画を通すためのポイントを3つ挙げています。
1. キーワードを印象づける
1つ目のポイントは、提案の核となる「キーワード」を相手の記憶に残すこと。
情報量が多すぎると、要点が伝わりにくくなってしまいます。「インスタ映え」「サブスクリプション」「IoT」など、コアとなるキーワードを集中的に伝えれば、記憶を思い出すときの手がかりになりますよ。
あなたも、昔観た映画の内容を思い出せないとき、「モーガン・フリーマンが出演していた」「刑務所が舞台」などのキーワードを与えられれば、それを手がかりとし、芋づる式に記憶がよみがえってきた、という経験があるのではないでしょうか。
相手に情報を記憶してもらうためには、あれこれとたくさん伝えるより、要点だけを簡潔に、繰り返し伝えるほうが効果的なのです。
2. 同じ内容は表現を変えて語る
提案を受け入れてもらうには、しぶとく繰り返し伝えつづけることが重要だと述べました。しかし、毎回同じ話ばかりだと、相手は「またその話か」とウンザリしてしまいますよね。そこで、本質的には同じ内容の話でも、なるべく語り口や表現方法を変えながら伝えることが大切になるのです。
「インスタ映えは効果的なマーケティング手法である」という意見も、さまざまな角度から語ることができます。「A社のチョコレートは、Instagram効果で売上が5%も伸びたそうですよ」と他社の実例を示すパターン、「Instagramは日本人の3人に1人が利用しているそうですよ」と社会の傾向を示すパターンなど、伝え方を工夫し、飽きさせないようにしましょう。
3. あくまで相手に判断させる
特にプライドの高い上司だと、あなたの提案を「実績もない若手の意見」と軽視し、耳を貸すまいと意固地になってしまうことがあります。プライドの高い人ほど、「他人から影響されて自分の意見を決めた」と思いたくないのです。
したがって、提案をするときには「自分はこう思う」「自分はこうしたい」というあなたの意志は、なるべく主張しないようにしましょう。あくまで客観的な情報を与えることに徹し、上司が乗り気になってくれるタイミングを待つのです。もちろん、提案を「自分の手柄」としたい気持ちはあるでしょうが、提案を通すというそもそもの目的のため、ぐっと我慢しましょう。
スリーパー効果で提案を成功させるには、なるべくがっつきすぎず、相手のタイミングに委ねる「引き」のスタンスが重要なのです。
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交渉・提案などに役立つ「スリーパー効果」を解説しました。スリーパー効果が教えてくれるのは、交渉が一度失敗したからと言ってすぐに諦めてはいけないということ。しばらく時間を置けば相手の気が変わり、提案をあっさりと受け入れてくれることもあるのです。
「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」の精神で、粘り強く、焦らずに交渉を続けましょう。
Hovland, Carl and Walter Weiss (1951), “The Influence of Source Credibility on Communication Effectiveness,” Public Opinion Quarterly, Vol. 15, No. 4, pp. 635–650.
Hovland, Carl, Arthur Lumsdaine, and Fred Sheffield (1949), “Experiments on Mass Communication,” Princeton, Princeton University Press.
Jensen, Klaus and Robert Craig (2016), “The International Encyclopedia of Communication Theory and Philosophy,” Vol. 4, Hoboken, Wiley-Blackwell.
SBCr Online|なぜ人は「いまだけ」「ここだけ」に弱いのか
ferret|信頼感は必ずしも重要ではない?「スリーパー効果」の基本を解説
株式会社オージス総研|第21回 効果的な説得的コミュニケーションのあり方をめぐって(3)-説得と心理的リアクタンス(反発)の関係に注目して-
弥報Online|無意識の心理を利用した「スリーパー効果」で受注獲得!:実践のビジネス心理学1
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。