仕事の不安や将来への不安は、誰もが抱えるものです。そんな中、世界的な経営者たちの「学び」への姿勢が、私たちに興味深いヒントを与えてくれます。
ビル・ゲイツは個人図書館に15,000冊もの蔵書を持ち、年間50冊の本を読破します。その内容は経営やテクノロジーに限らず、歴史、科学、哲学など多岐にわたります。ユニクロの柳井正は16時には仕事を切り上げて読書に時間を充て、「会社が上場して一番嬉しかったことは本が好きなだけ買えること」と語るほどの読書家です。彼らにとって読書は、ビジネスの情報収集という枠を超えた、純粋な知的好奇心の表れといえるでしょう。
なぜ、これほどまでに成功したリーダーたちが、ビジネスの領域を超えて幅広い学びに時間を費やすのでしょうか。そこには、日々変化する市場やテクノロジーへの対応以上の、重要な意味が隠されているようです。
実は、このような学び続ける姿勢には、知識の獲得以上の効果があることが分かってきました。それは「不安に強い心」を育てること。変化の激しい時代を生きる私たちの仕事の不安を和らげる、意外な効果が隠されているのです。
なぜ、学び続ける人は変化に強くなれるのでしょうか。最新の研究が明らかにした3つの理由をご紹介しましょう。
1. 学び続ける人は「寛容さ」という知性を身につける
変化のスピードが加速する現代。テクノロジーの進化や働き方の多様化など、ビジネス環境は日々大きく変わっています。そんな中で「今の自分のやり方や考え方が通用しなくなるのでは」という仕事の不安や将来への不安を感じている人は少なくないでしょう。その不安は、日々の仕事のプレッシャーとなって重くのしかかってきます。
しかし、学び続ける人には特徴的な変化が起きます。知識を得れば得るほど「まだ知らないことがこんなにあるのか」という発見に出会い、自分は「無知である」という自覚をもつものです。謙虚な気づきが、むしろ新しいことを受け入れる寛容さを育んでいくのです。
教育学者であり、明治大学文学部教授の齋藤孝氏は、こう説明します。
世のなかには、さまざまな見方や考え方があります。そして、勉強をすればするほど視野が広がり、自分の考えが必ずしも正しいとは限らないとわかるので、いろいろな見方や考え方に対し、聞く耳をもてるようになっていくのです。*1
たとえば「AIによって仕事が奪われる」と考えていた人が、学びを重ねるうちに「AIと共存する新しい働き方」という視点に出会う。そして「自分の最初の理解は、物事の一面でしかなかった」と気づいていく。この過程を繰り返すことで、新しい考えを受け入れる寛容さが自然と身についていくのです。
「自分の信じていることが間違っている可能性がある」と認識することを、デューク大学の社会・人格心理学者マーク・リアリー氏は、「知的謙虚さ」と呼び、「他の人の経験から学ぶことにオープンである」思考法だと述べています。つまり、その謙虚さは性格ではなくひとつの知性なのです。*2
この知性は、仕事の現場でも大きな意味を持つでしょう。異なる意見に出会ったとき、それを受け入れる余裕が生まれ、働く意味を新たな視点で見出すことができる。その結果、モチベーションも自然と高まり、ストレスも感じにくくなるでしょう。
2. 学び続ける人は「レジリエンスが身につく」
予期せぬ変化や困難に直面しても、しなやかに適応し、立ち直る力——「レジリエンス」。仕事の不安や将来への不安が増す今、このメンタル面の強さが、かつてないほど求められています。では、このレジリエンスを高めるには、どうすればよいのでしょうか。
答えは、意外にも「学び続けること」にありました。脳科学の最新研究が、学びがレジリエンスを育む仕組みを明らかにしています。
脳神経科学の専門家である青砥瑞人氏は、「脳を構成する神経細胞は筋肉のように成長する」と語ります。私たちは「大人になれば、脳の成長は止まる」と考えがちですが、運動すれば筋肉がつくのと同じく、脳も使い続ければ年齢を重ねても成長していくのです。
この「成長する脳」の特徴が、レジリエンスを高める重要な鍵となります。なぜなら、脳は使えば使うほど、困難への対処パターンを学習し、その神経回路を強化していくからです。特に重要なのは、学びの過程で経験する「困難と克服」のパターン。仕事のプレッシャーに直面したとき、この経験が活きてきます。
青砥氏は脳神経科学の観点から、「単に過去の成功、失敗を振り返るのではなく、成功体験や成長を、過去の失敗やストレスと同時に脳の中で表現すること」が重要だと述べます。「脳で成功や成長と、その過程の困難、苦労を脳で紐付けて想起してはじめて、脳は『成功や成長には、苦悩や苦難もあるのだな』と学習してくれる」のです。
たとえば、働きながらの資格試験。時間が取れない中での10分の学習。そんな困難を抱えながらも、コツコツと積み重ねて合格を勝ち取る。この「困難があったからこそ、達成できた」という経験が脳に刻まれることで、次の困難への対応力が育っていきます。
そしてこの経験の積み重ねは、思いがけない効果を生みます。次の課題に出会ったとき、「これも乗り越えられる」という自信が自然と湧いてくる。その自信が、新たな学びへの意欲を育み、予期せぬ変化にも適応できる力となっていく——。学びがもたらす、このしなやかな強さこそが、レジリエンスの本質なのです。
3. 学び続ける人は「成長マインドセット」に変わる
「もう自分には限界がある」「新しいことを始めても無駄だ」——。仕事のストレスや将来への不安から、そんな思考に陥っていませんか?
実は、この考え方自体が、私たちの可能性を狭めているかもしれません。スタンフォード大学教授、キャロル・ドゥエック博士は、人間には以下のマインドセットがあると提唱しました。
- 成長マインドセット(Growth Mindset)
→「やればできる、自分は変われる」と考える - 硬直マインドセット(Fixed Mindset)
→「人と比べて自分の能力の限界を決めつける」考え方 *4
未来に向けて前向きに努力できる人、一方でこれ以上は能力は伸びないと成長を諦めてしまう人……言うまでもなく、幸福になれるのは前者の「成長マインドセット」で生きる人でしょう。
幸福学を研究している慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授、前野隆司氏は以下のように述べています。
何かを学びながら新しい強みやできることを増やして成長しようとする人は、幸福度が高まります。*4
では、なぜ学びは私たちの思考パターンを変えるのでしょうか。それは、学びが「変化できた」という実感をもたらすからです。モチベーションが上がらない日々の仕事の中でも、新しい分野への興味は、思わぬ可能性を開いてくれます。
前野氏は「ちょっと好きなことでも本格的にやってみればいい」と言います。必ずしもキャリアに直結する学びである必要はありません。純粋な好奇心から始めた学びが、いつの間にか仕事での視野を広げ、新たな挑戦への自信となっていく——。そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
学びを通じて「自分は変われる」という実感を持てた人は、次第に困難を「乗り越えられる課題」として見るようになります。それは単なる知識の獲得ではなく、成長を信じる心の獲得なのです。
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たとえば筆者は、ビジネス書の参考文献から興味を持って「倫理学」を学び始めました。一見、仕事とは無関係に思えたこの学びが、実は既に持っていた脳科学や心理学の知識とつながり、新しい視野を開いてくれたのです。
こうした経験は、成長マインドセットを強化してくれます。必ずしもキャリアに直結する学びでなくても、「気の向くままに興味ある分野を学ぶ」という行為自体が、私たちの可能性を広げてくれるのです。
それは数値では測れない変化かもしれません。しかし、5年後、10年後を見たとき、きっとその違いは明らかになるはずです。なぜなら、学び続けることで得られる「自分は変われる」という確信は、どんな時代の変化にも対応できる、しなやかで強靭な心を育ててくれるからです。
*1 STUDY HACKER|「勉強し続ける人」だけが得る力。「全然勉強しない人」は生まれもった素質でしか勝負できない
*2 VOX|Intellectual humility: the importance of knowing you might be wrong
*3 PERSOL|最先端の脳科学で人材開発をアップデートする。今、必要な企業における教育とは?
*4 東洋経済 ONLINE|コロナ禍こそ絶好機「幸福を高める学び」実践法
青野透子
大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。