
また今日も会議で発言できなかった。言いたいことはあったのに、「でも……」と言いかけた瞬間、先輩の鋭い視線を感じて口をつぐんでしまう。
廊下で同僚とすれ違っても、なんとなく気まずい空気。挨拶はするけれど、そのあとに続く会話が思い浮かばない。いつの間にか、ランチも一人で食べることが多くなった。
「あの件、お疲れさまでした」と声をかけてくれる人もいるけれど、本当に信頼されているのか分からない。もしかして、陰では「使えないやつ」なんて思われているんじゃないか…そんな不安がよぎる。
気がつけば、職場で本当に心を許せる人がいない。何かトラブルが起きたとき、果たして誰が自分の味方になってくれるだろう?
もしあなたがこんな状況に心当たりがあるなら、それは決してあなただけの悩みではありません。じつは、ちょっとした振る舞い方の工夫で、職場の人間関係は驚くほど変わります。
以下にご紹介する4つの対人テクニックを実践すれば、敵を味方に変えることだってできてしまいます。明日からでも始められる具体的な方法で、あなたも「頼られる存在」「信頼される人」になってみませんか?
1. 5~10秒間「たわいない会話」をする
「あの人を味方につけたい」と思ったら、見かけるたびに積極的に話しかけ、雑談するとよい――そう述べるのは、人事戦略コンサルティングなどを手がける株式会社セレブレイン代表取締役社長の高城幸司氏です。
高城氏いわく、誰かと親しくなるためのコミュニケーションにおいて重視すべきは、「質」より「量」。「お互いに負担を感じず、さらっと終わる話題」を「5秒~10秒間ほどの短時間」行なうのがポイントなのだそう。
たとえば、エレベーターで一緒になったときの「今日は暑いですね」、コピー機の前で出会ったときの「お疲れさまです、忙しそうですね」、ランチタイムに食堂で見かけたときの「何を食べるか迷いますよね」といった、誰でも無理なく返答できる軽い話題で十分です。
逆に「このあいだのプレゼンの件ですが……」「○○部長の方針についてどう思いますか」など、相手に考えさせたり判断を求めたりする内容ばかり話しかけていると、「この人と話すと疲れる」「また面倒な相談をされるのでは」という印象を与えてしまい、かえって距離を置かれる原因になりかねません。
加えて、廊下ですれ違ったときなど「会ったときには必ず声をかける」ことで会話の機会を増やすことも重要だと高城氏。このことは、心理学の「単純接触効果」により説明がつきます。
精神保健福祉士の川島達史氏の解説によれば、単純接触効果とは「目に触れる回数が増えると、それだけで好感度が上がる心理」。
「とにかく頻繁に、軽く話す」というアプローチは、シンプルでありながら、心理学的観点からも、味方をつくるうえで効果を発揮してくれる方法だと考えられるのです。
❌ NG例:相手に負担をかける重い話題ばかり振る
結果:「この人と話すと疲れる」という印象を与えてしまう。
✅ OK例:5〜10秒で終わる軽い雑談を頻繁に行なう
結果:単純接触効果により、軽い会話の積み重ねが確実に好感度をアップさせる。

2. 相手の意見を「即否定しない」
誰かと意見が対立したとき、そのまま敵対関係に陥ってしまうことを回避するには、いったん相手の話を聞き、受け入れることが大切です。つまり、意見が違ったからといって、相手を真っ向から否定するのは控えるべきだということ。
フリーランスライター・編集者の藤吉豊氏が、話し方についてのベストセラー100冊を読み込んだところによると、人の意見をすぐさま否定することは、相手を不快にさせる会話スタイルの代表的特徴のひとつだそう。
即座に「それは違います」「でも」と切り返すことで、相手は自分の考えや人格まで否定されたと感じ、防御本能が働いて心を閉ざしてしまうのです。
とはいえ、「自分の意見を折って、相手の意見に迎合すべきだ」というわけではないのだとか。あくまで自分の意見をしっかり伝えながら、同時に相手の意思も尊重してあげる——この対等なバランス感覚をもつことが建設的な議論と良好な人間関係の両立につながります。
具体的には、次のステップで意見を述べるといいそうです。
◆相手に不快感を与えずに、自分の意見を伝えるには……
- 相手の考えをすべて聞き入れる
- そう考える理由を聞く
- 相手の意見を受け入れ、理解したことを伝える
- 自分の意見を、断定的でない言葉で述べる
上記のポイントをふまえた会話の具体例はこちら。
相手「今回の企画は、A案で進めたいと考えているんですが」
あなた「なるほど(STEP1)。そう考えたのはなぜですか?(STEP2)」
相手「A案のほうが予算が安くすむし、売上も見込めそうだからです」
あなた「たしかに! それはごもっともだと思います(STEP3)。ただ長期的なブランディングという観点に立つと、B案も捨てがたいなぁと私は思いました(STEP4)。いかがでしょうか?」
このような会話の流れを意識すれば、相手の顔を立てつつ自分の考えを伝えることが可能になります。結果として、意見の違いが対立ではなく協力の出発点となり、敵対する立場にある人や価値観の合わない人とも円満な関係を築くことができるのです。
❌ NG例:即座に否定・反論する
結果:相手は防御本能が働いて心を閉ざしてしまう。
✅ OK例:理由を聞いてから自分の考えを伝える
→ごもっともです。ただ私は〜と思いました
結果:相手の意見をいったん受け入れてから自分の考えを伝えれば、対立せずに建設的な議論ができる。

3. 攻撃されたら「あえてほめ返す」
チクリと嫌味を言ってくる同僚、重箱の隅をつつくように批判してくる上司や顧客……なにかと “攻撃してくる人” にはついイラっとしてしまうものですが、真っ向から言い返すのはもちろん禁物。かといってずっと耐え続けたり、無視し続けたりするわけにもいきませんよね。
そこでおすすめしたいのが、ほめるという一見逆説的な対処法です。
精神科医のゆうきゆう氏は、そもそも彼らが攻撃的な態度をとる原因は、自分に自信がなく、他者を攻撃することで自分の価値を守ろうとしていることにあると指摘。
攻撃的な人の多くは、内心で強い不安や劣等感を抱えており、相手を下げることで相対的に自分を上げようとする防衛機制が働いているのです。
この心理メカニズムを理解すれば、効果的な対処法が見えてきます。そんな “攻撃してくる人” たちにほめ言葉をかけ、心を満たしてやれば、攻撃の手も自然に緩むと考えられるそうです。
具体的には、嫌味や批判を受けた際に以下のような返し方を試してみましょう。
- 「勉強になりました」
- 「なかなか鋭いことを言いますね」
- 「いい考え方ですね」
すると相手は、 「こんなにほめてくれる人を攻撃するのは悪いな」「攻撃したらほめてもらえなくなるかもしれない」と感じ、態度を軟化させる可能性が高いと、ゆうき氏は述べています。
さらに、この手法の優れた点は、周囲からの評価も同時に向上すること。攻撃に対して冷静かつ前向きに対応するあなたの姿勢は、同僚たちからも「大人の対応ができる人」として高く評価されるでしょう。
職場にいる攻撃的な人との関係を改善したいなら、反撃ではなく包容力で相手の心理的な不安を和らげるアプローチを試してみてください。一見、損をしているように感じるかもしれませんが、長期的には確実に味方を増やす戦略として機能するはずです。
❌ NG例:反撃や、我慢を続ける
結果:さらに攻撃を招いたり、関係が悪化したりする。
✅ OK例:相手を肯定的に評価する
結果:攻撃的な人の承認欲求を満たすことで、攻撃する理由をなくし関係を改善できる。

4.「プライベートを想像」しながら接する
最後に、職場で味方を増やしたいなら、人と接するうえでの心構えについても知っておく必要があります。
ビジネスコンサルタントの山﨑武也氏は、できるだけ多くの味方をつくることは成功の一条件であり、そのためには気配りが重要であると述べています。しかし多くの人が、この「気配り」を具体的にどう実践すればよいのか分からずにいるのが現実です。
山﨑氏が推奨する効果的な方法は、相手の私生活を思い浮かべながら職場の人に接すること。一見シンプルに聞こえますが、これには深い心理的根拠があります。
そもそも職場の人間関係とは「利益」をベースに結びついたものですから、友人とも家族とも違う、機能的で効率重視の関係性になりがちです。そのため、相手を「営業の田中さん」「経理の課長」といった役割でしか捉えず、感情的な距離感が生まれてしまうのも自然なこと。
しかし職場の人たちも、オフィスを一歩出れば家族に夕食を作る親であり、週末に趣味を楽しむ一個人であり、悩みや喜びを抱える生身の人間です。この当たり前の事実を意識的に思い出すことで、相手への見方が根本的に変わります。
たとえば、普段接している職場の人たちに対して、以下のような想像を働かせてみましょう。
- 厳しい上司に対して
「この人も家に帰れば、子どもの宿題を見てあげる優しい父親なのかもしれない」
「責任感が強いからこそ、厳しく指導してくれているのだろう」 - 意見が対立する同僚に対して
「この人なりに会社のことを真剣に考えているから、熱くなってしまうのかな」
「プライベートではどんな笑顔を見せるんだろう?」 - 苦手な取引先に対して
「忙しいなか、時間を作って打ち合わせに来てくれている」
「家族や趣味の話をしたら、意外な一面が見えるかもしれない」
このような想像を働かせることで、相手への接し方が自然と変化します。「おつかれさまです」という挨拶ひとつとっても、機械的な響きではなく、相手を思いやる気持ちが込もった言葉になるでしょう。
さらに、機会があれば実際にプライベートな話題を振ってみることも効果的です。「休日はどんなことをされているんですか?」「ご家族は元気ですか?」といった質問から、相手の人となりが見えてくることも多いものです。
一朝一夕には身につかないかもしれませんが、仕事中はぜひ、上記のマインドを意識してみてください。
❌ NG例:役職や機能でのみ相手を捉え、機械的に接する
結果:感情的な距離感が生まれ、信頼関係が築きにくい。
✅ OK例:相手の人間性を想像する
結果:相手のプライベートを想像することで自然と表情や声が柔らかくなり、信頼関係が築きやすくなる。
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職場で人と敵対しがちで悩んでいるなら、上記の4つの方法を用いて不和を解消し、自分を助けてくれる味方を増やしていきましょう。
高城幸司(2017年),『社内営業の教科書 上司・同僚・部下を味方につける』, 東洋経済新報社.
Direct Communication|単純接触効果を恋愛,片思いで活かす方法
東洋経済オンライン|嫌われる人の「イラっとする会話」よくある4大NG
東洋経済オンライン|攻撃的な人の「態度を軟化」させるある言葉
山﨑武也(2011年),『なぜあの人には「味方が多い」のか』, PHP研究所.
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。