一般的に日本人が苦手とすると言われる「ディベート」。近年、ようやく日本の教育現場にも取り入れられて徐々に浸透し始めたようですが、他人と討論することに苦手意識をもっている人は多いでしょう。
ただ、ディベートのなかでも「即興型ディベート」というもののエキスパートである加藤彰(かとう・あきら)さんは、「即興型ディベートがビジネスパーソンに大きな力を与えてくれる」と言います。その力とはいったいどんなものでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
日本にも広まりつつある「即興型ディベート」とは?
「ディベート」という言葉はみなさんも耳にしたことがあるでしょう。ある議題の賛成側と反対側に分かれて行なう討論のことです。ディベートには、それこそ知的スポーツとして行なわれている「競技ディベート」というものもあります。賛成側と反対側それぞれが第三者である審査員を説得しようと討論し、勝敗を争うのです。
その競技ディベートで行なわれるものが「即興型ディベート」。それとは異なる「調査型」と呼ばれるディベートの場合は、議題が出されてから半年など時間をかけて調査や準備をしたうえで討論を行ないます。
一方、即興型の場合はその名のとおりまさに即興です。議題を出されて討論が始まるまでの時間はわずか20分ほど。そのあいだ、スマホなどを使って調査をすることはできません。自らの頭のみで、審査員を説得して対戦相手に勝つための論理をつくりあげる必要があります。
海外ではディベートが盛んだと見聞きしたことがある人も多いでしょう。即興型ディベートの発祥地はイギリスだと言われていて、もともとは、与党と野党それぞれが市民を説得するために意見を戦わせる議会を模したものです。
そしていまは、日本にも徐々に即興型ディベートが広まりつつあります。学生がサークル活動として行なっているケースのほか、社会人のなかにも趣味と実益を兼ねて行なっている人もいます。また、学習指導要領の改訂によって、いまでは公立校でも行なわれるようになってきているのです。
即興型ディベートが与えてくれる3つの力
先に「社会人には趣味と実益を兼ねて即興型ディベートを行なっている人もいる」と述べました。私は、即興型ディベートはビジネスパーソンに多くの実益をもたらしてくれるものだと考えています。その実益とは、「知識」「思考力」「プレゼンテーション力」の3つの力です。
【即興型ディベートがもたらす3つの力】
- 知識
- 思考力
- プレゼンテーション力
即興型ディベートで議題を知ることができるのは、討論が始まるわずか20分前。その議題の分野は、政治、経済、法律、国際関係など多岐にわたります。しかも、先にも触れたようにその場でスマホなどを使って調査することもできません。討論開始までの20分間は、自らの意見の構築に使うわけです。
つまり、事前にさまざまな知識をストックしておかないと勝てないということ。大前提として、常に勉強をしてなるべく広範囲の知識を身につけておく必要があるでしょう。そのため、即興型ディベートを行なうことでニュースに対する接し方など日常での行動も変わり、おのずと多くの知識を蓄積できるのです。
それから、20分という時間では、相手がどんな意見を打ち出してくるかについても想定しきれません。相手の意見に対してその場で対応し、即座に反論しなければならない。そうすることで、瞬時に考える思考力が磨かれます。
また、討論に勝つには第三者である審査員を説得する必要もある。自分の意見をいかにわかりやすく、かつ説得力をもって伝えられるか――すなわち、プレゼンテーション力も伸びていくのです。
ディベート力を高めて「嫌な上司」「苦手な顧客」に対処する
これら3つの力は、そのまま仕事力の向上につながるものです。知識が増えて思考力が伸びれば、以前は思いつくことができなかったような斬新な企画やビジネスプランを生むことができる。プレゼンテーション力は、プレゼンはもちろん、商談や会議などあらゆる場で大きな武器になります。
でも、それだけに留まりません。これら3つの力を総合したディベート力はほかの場面でも生きてきます。そのひとつが「嫌な上司」や「苦手な顧客」に対処する場面。ほとんどのみなさんに、ひとりくらいは嫌な上司や苦手な顧客がいますよね。
そういう相手に接する際は、どうしても「嫌だ」「苦手だ」という気持ちが先立つために、なかなかうまくコミュニケーションをとることができません。そのことが、関係性をさらに悪化させるという悪循環を招くのです。
でも、ディベート力を高めることができていたらどうでしょう? 即興型ディベートでは、相手が言いそうなことを先回りして考えること、あるいは相手が言ったことに対して瞬時に対応すること、かつ相手を含めた周囲を納得させることが求められます。そのため、ディベート力を高めることで相手の気持ちや意見を先回りしてくみ取り、お互いが納得できる決着に導くことができるようになる。好きか苦手かに関係なく、多くの人と関わりながら仕事を進めなければならないビジネスパーソンにとって、ディベート力は心強い武器となってくれるはずです。
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【プロフィール】
加藤彰(かとう・あきら)
九州大学大学院言語文化研究院学術研究者、跡見学園女子大学兼任講師、ディベート教育国際研究会役員、一般社団法人全国英語ディベート連盟国際委員会アドバイザー。東京大学法学部、東京大学公共政策大学院卒。在学時から即興型ディベートをはじめる。東京大学英語ディベート部元代表、現卒業会顧問。大学生全国大会優勝、審査委員長、アジア大会日本人記録樹立。外務省・文科省後援で世界初のSDGsにコミットする国際大会Kyushu Debate Open設立メンバー兼審査委員長。大学生北東アジア大会審査委員長、日本人初となる高校生世界大会招聘審査員。東大を中心に多数のコーチ実績に加え、日本の20以上の大学・高校・中学校や、企業向けに日本語・英語でのディベート講演経験あり。国際学会発表多数。経営コンサルティング企業マネジャーでもある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。