なぜガリガリ君の「お詫びCM」は、怒りではなく応援を生んだのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season6 vol.5】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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2016年4月1日、エイプリルフールのその日に、赤城乳業は日本経済新聞に全面広告を出しました。

本社前に整列した社員約100名——エキストラなし、社員だけ——が、カメラに向かって頭を下げる。フォークシンガー・故高田渡の楽曲「値上げ」をBGMに、「60→70」の文字。内容は、25年ぶりの10円値上げのお詫びです。

このCMはYouTubeで累計230万回再生され、関連報道は300媒体を超えました。広告換算で5億5,000万円以上の効果をもたらしただけでなく、あるスーパーチェーンのトップが「ガリガリ君を70円で売らなければ失礼だろう」と自発的に価格転嫁を受け入れたとも伝えられています。*1

通常、小売店はメーカーの値上げに対して売価を上げないよう粘るものです。その小売店側が自ら「70円で売る」と判断した——これこそが、このCMがもたらした最大の成果ではないでしょうか。

値上げしたのに、売上が増えた。なぜそんなことが起きたのか。今回は、赤城乳業の「誠実さ」のマーケティングを解剖します。

「しれっと値上げ」を選ばなかった理由

多くの企業が値上げをするとき、できるだけ目立たないようにします。告知を小さくする、内容量を減らして価格を据え置く(いわゆるステルス値上げ)、発表のタイミングをずらす——そうすることで、消費者の反発を最小化しようとする。

赤城乳業はその逆を選びました。

当時のマーケティング担当・岡本秀幸氏はこう語っています。「しれっと値上げしている会社もあるかもしれない。でも、それってやっぱりお客様に嘘をついている気がするよね」。*2

この発想の背景には、ガリガリ君が誰のための商品かという原点があります。100円を握りしめて買いに来る子どもたち——その子どもたちにとって10円の値上げは決して小さくない。だからこそ、誠実に、正面から伝えなければならなかった。

結果として何が起きたか。消費者の反応は「怒り」ではなく「応援」でした。

「ここまでされると、逆に『いままで頑張ったね』と応援したくなる」「25年間ありがとうって気持ちになった」——SNSにはそんな声があふれました。*1 消費者は「値上げした企業」ではなく、「25年間頑張ってきた企業」としてガリガリ君を見直したのです。

謝罪は弱みではありませんでした。弱みを見せることで、強さに変わったのです。

3億円の大赤字を「笑い話」にできる企業文化

赤城乳業の自己開示は、値上げCMだけではありません。

コーンポタージュ味の大成功に気をよくした赤城乳業は、次の「攻めた味」として「ガリガリ君リッチ ナポリタン味」を発売しました。開発担当者は「自信満々だった」と語りますが、結果は消費者から「まずい」と酷評。3億円近い大赤字を叩き出しました。

通常、企業はこういう失敗を隠します。損失額をどこかの数字に紛れ込ませ、公式には触れない。

しかし赤城乳業はテレビ番組で「ナポリタン味が3億円の大赤字」と自ら告白しました。*2 それが話題を呼び、その約1ヶ月後に値上げ発表のニュースが流れるという絶妙な流れをつくった。担当者は「発表のタイミングから逆算して」とまで語っています。

ここで気づくことがあります。赤城乳業の「自己開示」は、偶然の産物ではない。失敗を隠さず、むしろ積極的に物語として共有するという、意図的な戦略です。

なぜそれが機能するのか。人間は「完璧な存在」より「弱みを見せてくれる存在」に親しみを感じるからです。心理学でいう「自己開示の返報性」——誰かが自分の弱みを話してくれると、こちらも心を開きたくなる。ガリガリ君が長年愛され続けているのは、この人間的な親密さが根底にあります。

「ガリガリ君」という人格が持つ、価格を超えた力

2024年3月、赤城乳業は再び値上げをしました。70円→80円への改定。またも同様の謝罪広告を展開しましたが、今回は「前回より深いお辞儀」でした。*3

この「深くなったお辞儀」という表現が象徴的です。赤城乳業は、ガリガリ君を単なる商品ではなく、失敗もすれば謝りもする「ひとりの人間のような存在」として扱い続けています。

これはブランディングの本質的な問いに関わります。価格競争が激化する市場で、なぜガリガリ君だけが値上げをしても消費者に支持されるのか。

答えは「情緒的ロイヤリティ」の構築にあります。機能的な価値(安くておいしい)だけで顧客をつなぎ留めようとすると、より安い競合が現れた瞬間に離れます。しかし「この会社のことが好き」「この会社を応援したい」という感情的なつながりがあれば、多少の値上げでは揺るがない。

スペックや価格ではつくれない信頼があります。企業が「素顔」を見せたとき、消費者は「応援団」に変わる——赤城乳業が40年以上かけて証明してきたのは、そういうことではないでしょうか。

 

【本記事のまとめ】

1. 「しれっと値上げ」を選ばなかったことが、消費者を「応援団」に変えた
謝罪CMはYouTube累計230万回再生・報道300媒体超・広告換算5億5,000万円超。消費者からは「怒り」ではなく「応援」の声があふれ、小売店のトップが自発的に「70円で売らなければ失礼だ」と価格転嫁を受け入れた。弱みを見せることが、強みに変わった。

2. 失敗(3億円赤字)を「物語」として共有することで、親密さをつくる
ナポリタン味の大赤字をテレビで自ら告白。失敗を隠さず積極的に共有する「自己開示戦略」が、ブランドへの親しみを生む。人は完璧な存在より、弱みを見せる存在に心を開く。

3. 「情緒的ロイヤリティ」が、価格競争を無効化する
機能的価値(安くておいしい)だけでは競合に追いつかれる。「この会社が好き・応援したい」という感情的なつながりをつくることで、値上げをしても顧客は離れない。ガリガリ君はブランドを「商品」ではなく「人格」として育ててきた。

よくある質問(FAQ)

「謝罪CM」は、すべての企業が真似できる手法ですか?

手法そのものより、その背景にある「誠実さへのコミットメント」が重要です。赤城乳業の謝罪CMが受け入れられたのは、それが一時的なPR戦略ではなく、「お客様に嘘をつきたくない」という日頃からの姿勢と一致していたからです。平素から「完璧な優等生」を演じ続けている企業が突然謝罪CMを出しても、「パフォーマンスだ」と感じられるリスクがあります。自己開示は、日常の誠実さの延長線上にあるときに機能します。

「情緒的ロイヤリティ」を高めるために、具体的に何をすればいいですか?

3つの問いが出発点になります。①自社の商品・サービスにまつわる「失敗や苦労」を、顧客と共有できているか。②「完璧な正解」より「人間味ある本音」を発信できているか。③顧客が「応援したくなる物語」を持っているか。ガリガリ君の「25年間60円を守った」という事実も、それが語られるまでは単なる価格情報です。物語として語ることで、初めて感情を動かします。

コーンポタージュ味やナポリタン味のような「攻めた商品開発」は、なぜブランドに貢献するのですか?

「話題になること」自体が目的だからです。味が「正解」かどうかより、「誰かに話したくなるネタ」になることの方が、SNS時代のマーケティングでは価値があります。コーンポタージュ味は「変な味ブームの先駆け」になり、ナポリタン味は「大赤字の告白」というコンテンツになった。失敗も含めてブランドの物語を豊かにしています。重要なのは、結果が成功でも失敗でも、それを「ガリガリ君らしい挑戦」として受け取ってもらえる人格が先に確立されていることです。

(参考)

*1|広報会議「ガリガリ君に学ぶ値上げの作法」。「YouTube再生回数は累計230万回」「報道件数は300媒体超」「広告費に換算すると5億5,000万円以上の効果」「値上げ初月の売上は前年同月比10%アップ」
*2|BEST TiMES「ガリガリ君の強さの秘密」。赤城乳業マーケティング担当・岡本秀幸氏の言葉「しれっと値上げしている会社もあるかもしれない。でも、それってやっぱりお客様に嘘をついている気がするよね」。ナポリタン味3億円大赤字の告白。
*3|赤城乳業公式「2024年3月1日、8年ぶりに値上げ」。「2016年時と同様に社員が出演、より深くお詫びする気持ちを表現」「前回より深いお辞儀」

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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