なにかのアイデアを出す会議で、議論が停滞して行き詰まる、なかなかいい結論にたどり着かない……といったことはビジネスパーソンなら誰もが経験したことがあるはずです。では、どうすればいい議論を行ない、よりよい結論を出すことができるのでしょうか。哲学をビジネスの場に生かすコンサルティング業務を行なっている吉田幸司(よしだ・こうじ)さんに教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
そもそも「いい答え」を出そうとしないことが大切
議論が停滞する大きな要因として、そもそも「いい答え」を出そうとしていることが挙げられます。みなさんは、なにかのアイデアを出すような会議に参加したとき、こんなことを思っていませんか? 「斬新なアイデアを出さないといけない」「自分のこの考えはありふれているかもしれない」「つまらないと思われたら嫌だな」……。そのように考え、誰もが最初からベストの答えを出そうとするから、発言を控えて議論が活発なものにならなくなるのです。
いい議論をしようと思えば、それこそ「いいアイデアを出そう」といった「制約」を外さなければなりません。たとえば、「悪いアイデアを出してください」「くだらないアイデアを出してください」と言ったほうが、参加者からはよほど斬新なアイデアが出てきます。
そのように、制約を取っ払って、参加者がためらうことなくなんでも言えてしまう空気をつくることがとても大切。そうすれば、「いいアイデアを出そう」と考えていたときには発言を控えていた誰かの突拍子もないアイデアを耳にすることで、また別の誰かが新たなアイデアを思いつくという好循環を生むことにもなるのです。
脱線や空気の読めない話を禁止することもNGです。みなさんの会社の上司や先輩にも、会議中にちょっと話が脱線すると、もとの話に戻そうとする人はいませんか? でも、これまでになかった斬新なアイデアは、従来の枠から外れた視点から出てくることも多いものです。
もちろん、議論の本来の目的から外れすぎてしまうと成果には結びつきません。そこは、議論をリードするファシリテーターがきちんと意識し、ある程度の脱線を容認しながら、「さすがにこれは脱線しすぎだな」と思うような話が出てきたときだけ、もとに戻せばいいのです。
ホワイトボードや付箋に議論をまとめることはNG
そういう意味では、会議の参加メンバーのなかでの立場や力を取っ払うのも大切なことです。この立場や力も、「制約」のひとつと言えるでしょう。会社の会議の場では、どうしても立場が上の人の意見が強くなってしまうものです。すると、新入社員のような立場の弱い人の発言は軽視される、あるいは発言自体がしにくくなります。
でも、立場が上である人ほど、自分自身に制約を課しているとも言えるはず。経験があるからこそ、これまでの通例や自分の考えといったものを疑いにくいからです。一方、新入社員には経験や先入観がほとんどありません。制約に縛られない新入社員が、先輩や上司には思いもつかなかったアイデアを思いつくということも大いに考えられます。
それから、ホワイトボードや付箋を使って議論を整理することもおすすめしません。それもまた、「制約」になるからです。会議中に参加メンバーが出した意見を整理してホワイトボードにまとめる。たしかにいいことのようにも思えます。でも、そうしてしまうと、参加メンバーの思考に制約を課すことになります。
参加メンバーは、ほかのメンバーの話を聞き、それぞれが自分なりの思考をめぐらせています。それらは、完全に同じものではありません。たとえ似通ったものだったとしても、どこかが微妙に違っている。なかには勘違いや誤解もあるかもしれません。でも、だからこそ、それぞれ違った思考のなかから違った新たな意見が出てくるのです。それなのに、ホワイトボードにまとめたものを参加メンバー全員が見てしまったら……? その思考の図式に全員が縛られ、新たな意見を思いつきにくくなってしまうのです。
付箋も、思考を制約するものといえます。議論で出てきた意見を参加メンバーが付箋にまとめようとすると、脳は、付箋に書き込むという作業に集中してしまうことになる。そうすると、ほかのメンバーの意見や問いをしっかり聞いて自分なりに考えることができなくなってしまいます。
相手を論破する「議論」ではなく、「対話」を心がける
このように、創造的な議論をするためには、さまざまな「制約」を取っ払うことがなにより大切です。そういう意味では、ここまでに話してきた「議論」は「対話」と言い換えることもできます。
「議論」というと、どうしても違った意見を持った相手を論破する、打ち負かすということにフォーカスされがちです。でも、会社の会議でいいアイデアを出そうというような議論の場合、その目的は参加メンバー全員でよりよいアイデアにたどり着くことであって、違った意見を持つ人を打ち負かすことではないはずです。
まずは、「議論とは相手を打ち負かすもの」という思い込み、制約を取っ払うこと。そして、参加メンバーが対等の立場で、互いの意見を聞いたり問いを重ね合ったりすることでテーマを掘り下げていくことが大切です。「そんなこと、過酷なビジネスの現場でできるはずがない」――。もしそう思った人がいたとしても、その「思い込み」を取っ払い、「問い」を出し合うことから始めてみてください。会議は、これまでにないほど、生産的なものに変わることでしょう。
【吉田幸司さん ほかのインタビュー記事はこちら】
“哲学をビジネスに生かす”が今のトレンド。真の課題が見つかる究極の思考法「哲学シンキング」とは
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【プロフィール】
吉田幸司(よしだ・こうじ)
1982年9月14日生まれ、千葉県出身。博士(哲学)。上智大学哲学研究科博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、現在、哲学を事業内容としたクロス・フィロソフィーズ(株)代表取締役社長。哲学シンキング研究所センター長、上智大学客員研究員・非常勤講師、日本ホワイトヘッド・プロセス学会理事などを兼任。共著書に『Beyond Superlatives』(Cambridge Scholars Publishing)、『Whitehead and Existentialism』(晃洋書房)、『理想―特集:ホワイトヘッド』(理想社)、論文に「非分析哲学としてのホワイトヘッド『有機体の哲学』」(東京大学)、「ホワイトヘッドの思弁哲学の方法―クワインの自然主義と比較して」(東京大学)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。