理系離れという言葉が浸透して長いように、日本人には「数字」に対して苦手意識が強い人が多いようです。ビジネスパーソンであっても、「数字のことはよくわからないし、上司や経営層に任せておけばいい」なんて思っている人もいるかもしれません。
しかし、「今後はビジネスの場において数字の重要性が高まっていく」と語るのは中尾隆一郎(なかお・りゅういちろう)さん。かつてリクルートグループで辣腕を発揮し、現在は事業執行、事業開発、マーケティング、人材採用、組織づくり等、幅広いジャンルのスペシャリストとして活躍しています。中尾さんの言葉の真意はどういうものなのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
仕事にかける時間を常に意識しておくことのメリット
投資に興味を持っている人なら「ROI(Return On Investment)」という言葉を聞いたことがあるでしょう。投資に対してどれだけの利益があったかを見る投資利益率のことです。投資においては、当然、小さい投資に対して利益が大きいほうが得ということになります。
この考え方を普段の仕事にあてはめてみましょう。すると、投資は「時間」に置き換えることができます。どれだけの時間を使ってどれだけの仕事ができるのかと常に考えることは、多忙なビジネスパーソンにとって重要な視点です。
わたしは若い頃から、あらゆる仕事について「何時間でやる」と決めて臨み、どんな仕事にどれくらいの時間がかかったのかということを確認し続けてきました。たとえば、3,000字の文章を書く仕事なら、いまのわたしの場合は乗っているときで1時間半くらい、平均して2時間くらいが必要です。これってかなり速い部類だと思うのです。しかし、新人の頃は、この2、3倍の時間がかかりました。しかも、品質もかなり低いものでした。
そして、この確認作業を続けておくと、自分の時間管理はもちろんですが、人に仕事を頼むときの時間の見積もりにも大いに役立つのです。上司が2時間でできると思っている仕事を、今週の金曜までに仕上げるように部下に頼むとします。すると、部下が「無理です」という。この場合、上司は2時間でできると思っている仕事なのに、部下は10時間かかると思っているような可能性があるのです。
その仕事が企画書の作成だったとして、上司は「たたき台をつくってほしい」「手書きでもいい」と思っているだけかもしれません。上司と部下のあいだでその認識をすり合わせることができなければ、部下は多くの時間を費やして、上司が求めてもいないような「無駄にハイクオリティーの企画書」を仕上げてしまうかもしれません。組織の生産性を高めるためにもROIの考え方が有効なのです。
日常的に使っているROI思考をキャリアアップにも生かす
このように、ROIの考え方を常に意識するべきだというと、「数字が苦手」だという人の場合、拒絶反応を示すようなこともあります。でも、そういう人であっても、日常生活ではあたりまえのようにROIの考え方を使っているものです。
たとえば、友人と食事をする店を選ぶにも、「この店はコスパがいい」「このメニューはお得」といった会話をしますよね。あるいは、スーパーで買い物をするにも、少しでも得な商品を探すはずです。その考え方を仕事に生かすだけのことなのです。
そして、利益率を上げるという意味でいうと、どれだけ少ない時間でどれだけ多くの仕事ができるかということのほかに、「自分の人生にとっての利益率を上げる」ということを考えてみるのも有効です。たとえば、1日に同じ8時間働くにしても、少しの時間でも自分のキャリアアップにつながるインプットのために使うのです。
日本人は世界的に見ても、社会人になって以降にとにかく学ばない民族だといわれています。でも、逆にいえば、まわりが勉強をしないのですから、少しでも勉強を続ければ他人に差をつけることもできるのです。そういう発想をもって、自分自身にとって利益となる時間や労力の使い方をしてもらいたいと思います。
今後のグローバル社会に重要性を増していく数字の力
また、数字が苦手だという人が数字に慣れるためには、先ほどの食事をする店を選ぶ話ではないですが、日常的に数字を使う機会を増やすこともおすすめです。たとえば、これまでなんとなくしていた自己紹介にも数字を入れてみる。
わたしの場合でいえば、「20年間、毎年100冊の本を読んでいます」。そして、「10年間、毎日平均1万5000歩歩いていて」「1年間のうち360日はワインを飲みます」。どうでしょうか? 「本が好き」「歩くことが好き」「ワインが好き」というより、かなり具体的にわたしのイメージを持てたはずです。
自己紹介は、いわば自分自身のプレゼンの場です。自分をどう見せたいのか、相手にどう思ってもらいたいのか――それを実現しなければならない。そして、その実現のために、数字が「わかりやすくリアリティーを持たせる」という大きな力を発揮してくれるのです。
そういう力に加えて、数字には世界の「共通言語」だという側面もあります。このことが、今後はさらに重要となってきます。
これからの時代、日本にやって来る外国人はますます増えていきます。ビジネスの場でも、これまで日本人同士でやっていたような暗黙の了解だとか本音と建前といったあいまいな表現は通用しなくなっていくでしょう。そうではなくて、仕事における重要な要素は、数字でわかりやすく示す必要があるのです。
「数字は苦手だから」と逃げ続けるのではなく、今後の自分自身のキャリアのためにも、もう少し数字を意識して仕事に臨む癖をつけてほしいと思います。
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【プロフィール】
中尾隆一郎(なかお・りゅういちろう)
1964年5月15日生まれ、大阪府出身。株式会社中尾マネジメント研究所(NMI)代表取締役社長。株式会社旅工房取締役。1987年、大阪大学工学部卒業。1989年、同大学大学院修士課程修了。同年、株式会社リクルートに入社。主に住宅、人材、IT領域の業務に従事し、住宅領域の新規事業であるスーモカウンター推進室室長時代には6年間で売上を30倍、店舗数を12倍、従業員数を5倍に拡大した立役者。リクルートテクノロジーズ社長時代には、リクルートが掲げる「ITで勝つ」を、優秀なIT人材の大量採用、早期活躍、低離職により実現。リクルート住まいカンパニー執行役員、リクルートテクノロジーズ代表取締役社長、リクルートホールディングスHR研究機構企画統括室長、リクルートワークス研究所副所長などを歴任し、2018年3月まで29年間のリクルート勤務を経て独立。専門は事業執行、事業開発、マーケティング、人材採用、組織づくり、KPIマネジメント、中間管理職の育成、管理統計など。リクルート時代は、リクルートグループの社内勉強会において「KPI」「数字の読み方」の講師を約11年間にわたって担当。著書に『最高の成果を生み出す ビジネススキル・プリンシプル』(フォレスト出版)、『「数字で考える」は武器になる』(かんき出版)、『最高の結果を出すKPIマネジメント』(フォレスト出版)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。