「働き方改革」によって労働時間の上限が定められたことで、多くの企業で進められている「時短」。時短の意味は、もちろん「労働時間を減らすこと」です。ところが、「ただ労働時間を減らせばいいわけではない」と言うのは、企業の働き方改革支援などで幅広く活躍する越川慎司(こしかわ・しんじ)さん。いったいどういうことなのでしょうか。その真意を伺いました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
ビジネスモデルを根本から変えなければならない
いま、「働き方改革」によって、多くの企業でいわゆる「時短」が進められています。でも、労働時間をただ減らせばいいというものではありません。なぜなら、企業には利益を株主と社会に還元するという使命があるため、労働時間を減らした結果として利益まで減ってしまえば、その使命をまっとうできないからです。
つまり、企業としては時短を進めながらも利益を上げ続けなければならない。でも、そうできている企業は多くありません。その要因は、「労働集約型」というこれまでの企業のビジネスモデルにあります。労働集約型のビジネスモデルとは、「働く時間が長くなれば、それだけ利益が上がる」というものです。
そのために、これまでの企業は、従業員の数を増やし続けることで会社全体の総労働時間を増やし、そして利益を上げ続けてきました。でも、ビジネスモデルはそのままに時短を進めたとしたら? 当然、総労働時間が減り、利益も減るということになってしまいます。
つまり、いま企業に求められているのは、ビジネスモデルを根本から変えるということ。具体的に言えば、質を落とさずに、働く量を減らすということです。言い換えると、従業員ひとりひとりの「時間当たりの生産性」を上げなければならないわけです。
当然のことながら、いままでと同じ仕事をしていては、時間当たりの生産性が上がるはずもありません。ですから、再現性のある課題解決の提供や、新たなビジネス開発に時間を費やし、儲け方を変える必要があります。つまり、働き方改革の本質は「儲け方改革」なのです。
従業員が学ぶ時間をつくるために無駄を省く
では、そうするためにどうすべきでしょうか? 企業の視点から言えば、なにより従業員それぞれのスキルアップを促すことになります。
ここで、興味深いデータをふたつ紹介しましょう。ひとつは、会社員の7割以上が、自分が勤める会社の利益が上がるとか下がるとかいったことには興味をもっていない、というもの。なぜなら、会社の利益がどれだけ上がっても、自分の給料が即座に大きく上がるわけではないからです。個人の目標は、あくまでも自分の幸せだというわけですね。
もうひとつが、じつは64%の従業員は残業をしたがっているというものです。その一番の理由は、社内外で通用するスキルを習得するため。プログラマーなら、古いプログラム言語だけを使えるよりも、より新しくて今後の主流になっていくプログラム言語も使える人のほうが、市場価値は高まります。すると、当然ながらそのプログラマーの給料は上がっていく。このことは、結果的に従業員が幸せになることにほかなりません。
つまり、企業は会社の成長と従業員の幸せを同時に見据えて、従業員それぞれのスキルアップを促す必要があるのです。
でも、スキルアップのために従業員が学ぶ時間、あるいは先にお伝えした新たなビジネス開発に費やす時間はどうやってつくればいいのでしょうか? 多くの従業員が希望する残業を容認できるわけではありません。時短が進められるなかでそれらの時間をつくっていかなければならないのですから、これまでの働き方にあった「無駄」を徹底的になくしていく必要があるのです。
簡単かつ効果的に無駄をなくす「内省」
もちろん、働き方の無駄をなくす方法はいくつもありますが、そのなかで、簡単にできて、かつ効果が高いものをお伝えしたいと思います。それは、「内省」。従業員それぞれが自らの働き方に無駄がなかったかを振り返るというものです。私がおすすめしているのは、「1週間に15分の内省をする」というもの。そうするだけで多くの無駄がなくなり、生産性を上げることができます。
無駄をなくすというのは、言ってみればダイエットのようなものです。ダイエットでは、必要な筋肉を残して無駄なぜい肉だけをなくさなければなりませんよね? 同じように、自分の働き方のなかで必要な作業は残し、無駄な作業をなくす必要がある。そして、それぞれの作業が必要なのか無駄なのかを見極めるために力を発揮するのが内省なのです。
ダイエットに成功するコツのひとつは、「毎日、体重計に乗る」ということ。そうすることで現状を把握し、今後の食事や運動の仕方をどうすべきかと考えて行動に移して、ダイエットに成功できます。仕事の無駄をなくす場合もそれと同じこと。「毎日、体重計に乗る」ように、「自分の働き方に無駄がなかったか」と1週間に15分の定期的な内省をするのです。
この内省をするだけで、68%の従業員は自らで考えて行動する習慣が身につきます。自発的に無駄をなくしていこうとするマインドが育まれるのです。
このことは、私のクライアントである16万人のビジネスパーソンを対象に行なった調査ではっきりわかっています。1週間に15分の内省をしただけで、彼らは自らの無駄にどんどん気づいていく。そして、結果的に労働時間が11%も減りました。11%のぜい肉をなくすことに成功したわけです。しかもそれだけではない。彼らの多くは、自ら進んでその11%の浮いた時間を自分のスキルアップのための時間に割り当てました。
そうなれば、必ずや個人の幸せをつかむことになるでしょう。そして、より高いスキルをもつようになった従業員たちが、会社にとっての「儲け方改革」を成し遂げることにもつながるはずです。
【越川慎司さん ほかのインタビュー記事はこちら】
業務時間の43%を占める“あの”無駄な仕事。省くには「45分設定」が最強だ
元パワポ事業責任者「失敗する資料と成功する資料は、決定的に“ココ”が違うんです」
【プロフィール】
越川慎司(こしかわ・しんじ)
1971年9月21日、山梨県生まれ。株式会社クロスリバー代表取締役社長 CEO/アグリゲーター。国内大手通信会社、外資系通信会社に勤務、ITベンチャーの起業を経て、2005年に米マイクロソフト社に入社。のちに日本マイクロソフト業務執行役員としてOfficeビジネスの責任者等を務めたのち、株式会社クロスリバーを設立。メンバー全員が完全テレワークで週休3日を実践しながら600社を超える企業の働き方改革支援をしている。また、講演活動も積極的に行っており、企業向け講演及び研修での受講者満足度は平均94%を超える。主な著書に、『働く時間は短くして、最高の成果を出し続ける方法』(日本実業出版社)、『新時代を生き抜くリーダーの教科書』(総合法令出版)、『ずるい資料作成術』(かんき出版)、『世界一わかりやすいテレワーク入門BOOK』(宝島社)、『ビジネスチャット時短革命』(インプレス)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。