現状維持バイアスとは? 転職や習慣化を阻む厄介者だった!

現状維持バイアスとは? 転職や習慣化を阻む厄介者だった!

「現状維持バイアス」は、ビジネス心理学の文脈でよく登場しますよね。意味はなんとなくわかっても、詳しいメカニズムまで理解できているでしょうか?

誰しも、知らず知らず現状維持バイアスにとらわれ、不合理な行動をとってしまう可能性があります。そうならないためにも、この記事で現状維持バイアスについて理解し、克服法を学んでおきましょう。

現状維持バイアスとは

現状維持バイアスとは、人間が「現状維持」を好む心理傾向のこと。1988年、経済学者のウィリアム・サミュエルソン氏とリチャード・ゼックハウザー氏による論文 "Status quo bias in decision making" で提唱されました。

バイアス(bias)とは「偏り」を意味します。そして、心理カウンセラーの高見綾氏によると、「誰もが持っている思考の偏りや思い込み」を「認知バイアス」というそう(マイナビウーマン|【心理学】認知バイアスとは? 事例や種類一覧、対策を紹介)。

つまり、現状維持バイアスは認知バイアスの一種であり、「現状維持」を好む心理から非合理的な判断をしてしまう傾向なのです。

  • 転職に興味はあるけれど、アクションを起こせないまま時間が過ぎていく
  • ランニングを習慣化すると決めたのに、三日坊主に終わってしまう

……などなど、現状維持バイアスの例は枚挙にいとまがありません。

合理的な現状打破よりも、不合理な現状維持を好む。そんな現状維持バイアスに、あなたも行動を左右されているはずです。

現状維持バイアスとは認知バイアスの一種で、現状維持を好む心理傾向である

現状維持バイアスのメカニズム

なぜ私たちは、現状維持バイアスに流されてしまうのでしょうか?

教育コンサルタントで心理学に詳しいケンドラ・チェリー氏は「現状維持バイアスの存在は他の多くの認知バイアスに支えられている(A number of other cognitive biases support the existence of the status quo bias)」と述べています。

そのひとつが「損失回避バイアス」です。損失回避バイアスについてチェリー氏はこう説明しています。

As they consider their choices, people focus more on what they stand to lose rather than how they might benefit.

(選択肢について考えるとき、人間は「どれくらいの利益を得られそうか」よりも「何を失いそうか」に注目する)

(引用元:Verywell Mind|How the Status Quo Bias Affects Your Decisions

「得」よりも「損」に注目してしまう心理傾向が、損失回避バイアスです。

たとえば「1万円を得る喜び」と「1万円を失うショック」を比較すると、「1万円を失うショック」のほうに大きく心を揺さぶられませんか? 人間の心は、得よりも損に反応しやすいのです。

人間の心は得よりも損に反応しやすい

心理学者の和田秀樹氏も、次のように語っています。

一般的に、人間は「得をした」ときよりも「損をした」ときのほうが心理的インパクトは大きくなります。この心理的インパクトについて、心理学の実験では、「2.25倍くらいのインパクト」という結果が出ています。

(引用元:和田秀樹(2017),『「損」を恐れるから失敗する』, PHP研究所. 漢数字はアラビア数字に改め、太字による強調を施した)

人間には損失回避バイアスが備わっているからこそ、「損するくらいなら、何もしないほうがマシ」という気持ちになります。このようにして、現状維持バイアスが生じるのです。

「得することより損しないことが大事」という損失回避バイアスが、「損するくらいなら何も変えたくない」という現状維持バイアスを支えている」

現状維持バイアスが招く失敗

現状維持バイアスに従い「損を避けて現状維持に努める」のは、クレバーに思えるかもしれません。リスクを回避し、余計なアクションを起こさないことで、安全や安定を得られる場合もあるでしょう。

しかし「損を避けようとするあまり、かえって損をした」というケースも多いのが現実です。たとえば、スマートフォンの買い換え。

古くなったスマートフォンを買い換えれば、新しい便利な機能を使えるようになり、データ容量不足によるストレスがなくなります。合理的に考えれば、機種変更という “現状打破” にはたくさんのメリットがあるはずです。

しかし実際には、「機種選びに失敗したらどうしよう」「データの引継ぎに失敗したらどうしよう」といったさまざまなリスクを考え、先延ばしになりがち。損を恐れすぎるあまり、かえって損をしているのです。

損を気にしすぎて現状維持に固執し、結果的には損をしている――これが、現状維持バイアスの大きなデメリット。真に合理的な判断をするには、現状維持バイアスを「外す」必要があるのです。

現状維持バイアスのメリットとデメリット

現状維持バイアスの例

私たちの行動には、現状維持バイアスが大きく影響しています。これから挙げる例に、あなたも心当たりがないでしょうか?

転職する勇気が出ない

転職を検討していながら、なかなか行動に移せない……。そんな方もいるのでは?

「転職したほうがいい」とは思うのに、なかなか一歩が踏み出せない。これにも現状維持バイアスが関係しています。

  • 収入が増える
  • やりたい仕事ができる

などの「得」があるとわかっているのに、

  • 職場になじめるか不安
  • 転職活動が面倒

といった「損」を強く感じてしまうのです。

現状維持バイアスの例:転職する勇気が出ない

三日坊主で終わる

  • 勉強
  • 運動
  • ダイエット
  • 節約

など、新たに始めたい習慣はいろいろありますよね。始めようとしたけれど、1日や2日で終わってしまう……そんな三日坊主にも、現状維持バイアスが関係しています。

勉強や運動には明らかなメリットがあるとわかっているのに、「仕事のあとまで疲れたくない」「趣味の時間が足りなくなる」とデメリットのほうが気になり、現状に留まりがちなのです。

引っ越しに踏みきれない

引っ越しは、人生のなかでもトップクラスに面倒な作業ですよね。

もっと大きい部屋に引っ越したい。職場に近いところに移りたい。

そう考えはしても、実際に新居を探したり、引っ越しの手続きを始めたりする心理的ハードルは高いものです。やはり、ここでも現状維持バイアスが暗躍しています。

  • 心機一転できる
  • 通勤時間が減る

などのメリットと、

  • 時間がかかる
  • 疲れる

などのデメリットでは、デメリットのインパクトが強いため、引っ越しに取りかかる勇気が出ないのです。

現状維持バイアスの例:引っ越しに踏みきれない

同じものばかり食べている

ランチのとき、毎日のように同じ店に行き、いつも同じメニューを頼んでいる……。そんな心当たりはありませんか?

同じ行動を繰り返してしまう背景には、現状維持バイアスがあります。

「新しい店を開拓したいけど、調べるのが面倒だな」
「初めてのメニューに挑戦して失敗したくないわ」

そんな心理から、いつもの店・いつものメニューに頼ってしまうのでしょう。

もちろん、けして悪いことではありません。しかし、単調な生活に退屈しているなら、意図的に変化をつけ、現状維持バイアスを打破するのもいいかもしれませんね。

サブスクを解約できない

「Netflix」「Amazonプライム・ビデオ」など、世にあまたあるサブスクリプション・サービス。登録しているけれど、最近あまり使っていない……というサービスもあるのではないでしょうか?

「せっかく登録したんだし、いま解約するのはもったいない」
「解約手続き、面倒だな」

という理由から、あまり使っていないサブスクの契約を続けている。もしそうなら、現状維持バイアスにハマっていることを疑ってみるべきかもしれません。

現状維持バイアスの例:サブスクを解約できない

現状維持バイアスを外す方法

合理的に意思決定するには、現状維持バイアスを外す必要があります。どうすればいいのでしょうか?

現状維持バイアスについて知る

「行動経済学マーケター」の橋下之克氏は、著書『行動経済学で人を動かす モノは感情に売れ!』(PHP研究所、2015年)において、まずは現状維持バイアスが「自分自身にも存在する」と認識し、その影響力を理解することが重要だと述べています。

橋下氏によると、心理バイアス自体は「よくも悪くもない」もの。本当に悪いのは、そのバイアスに気づかず、冷静な判断ができなくなることだそう。

あなたも現状維持バイアスを脱する第一歩として、

  • 現状維持バイアスの存在を知る
  • 現状維持バイアスの働きを理解する

ことをやってみましょう。この記事を最後まで読めば、まずはOKです。

現状維持バイアスを外す方法:現状維持バイアスについて知る

現状維持のデメリットを考える

現状維持バイアスを脱するには、現状維持の危険性を認知するのも有効です。

弁護士・荘司雅彦氏の『説得の戦略 交渉心理学入門』, (ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年)によると、現状維持バイアスにとらわれている人を説得したい場合、相手の「生存欲求」に訴えかけるといいそう。「現状維持に甘んじていると生存の危機があるぞ」という “脅し” をかけることで、相手を動かすのです。

荘司氏が挙げるのは、旧態依然とした働き方を改めようとしない会社を説得するケース。「いまの時代にこんな手作業をしていたら、御社は最悪、倒産してしまいますよ」のように伝えれば、相手は「現状維持のマズさ」に気がつき、現状打破への一歩を踏み出すことができます。

自分の現状維持バイアスにも、同様のアプローチが有効でしょう。以下のような具合です。

  • 転職に踏みきれない
    いまの会社にいたら、やりたかった仕事もできず、後悔の残る人生になるかも
  • 勉強が続かない
    勉強をサボってスキルアップしなかったら、近い将来、リストラに遭うかも
  • 運動が続かない
    このまま運動不足が続けば、いずれ大病にかかるかも

上記のように、「現状維持で起こりうる致命的なデメリット」に目を向けてみれば、現状維持バイアスを乗り越えるモチベーションが生まれるはずです。

現状維持バイアスを外す方法:現状維持のデメリットを考える

「プロスコンス表」をつくる

現状維持バイアスを打破するため、現状維持のデメリットを考えてみることをご提案しました。次は、現状維持のメリット&デメリットを比較できる方法をご紹介します。

それは「プロスコンス表」をつくること。コンサルティング経験の豊富な朱子青氏は、プロスコンス表についてこう説明しています。

プロスコンス表とは、頭の中の思考をシンプルに整理するためのツールで、ある物事に対するメリット・デメリットを掘り下げて数値化するものです。明確な数的根拠が掲示されることで判断基準ができ、冷静に文字に起こすことで見えてくるものがあるはずです。

(引用元:ダイヤモンド・オンライン|「会社に不満があるけど転職しない…」変化を阻む厄介な思考の正体 太字による強調は編集部が施した)

以下の図をご覧ください。「転職せず現状維持を続ける」というテーマでプロスコンス表を作成してみました。

現状維持バイアスを外す方法としておすすめの「プロスコンス表」

現状維持のメリットとして、

  • 仕事に慣れていて楽
  • 転職活動をしなくていい

を、デメリットとしては、

  • 収入が低い
  • 仕事にやりがいがない
  • 残業が多すぎる
  • キャリアアップを望めない

を挙げ、それぞれの重要度を10点満点で表しました。

点数を合計してみたところ、メリットは9点、デメリットは32点と、現状を維持するデメリットのほうが3倍以上も大きいとわかりますね。こうやってメリットとデメリットを可視化し、「デメリットが3倍以上も大きい」と突きつけられると、「このままじゃだめだ」という気になってきます。

あなたも「やったほうがいいとは思うけど、つい及び腰になってしまう……」と思っていることがあれば、ぜひプロスコンス表をつくってみてください。

現状維持バイアスを外す方法:プロスコンス表をつくる

客観的なデータ・具体例を探す

いまの状況を壊すことが怖いなら、「壊しても大丈夫」と思える根拠を見つけましょう。前出の荘司氏は、現状維持バイアスにとらわれている人を説得する方法について、以下のように解説しています。

このような現状維持バイアスに対する一般的な対処法としては、現状が悪化しないことを理解してもらうこと。つまり、「変化しても存在を脅かすことにはならない」ということを、相手が納得する程度まで客観的データや具体例を挙げて示すこと。

(引用元:荘司雅彦(2017),『説得の戦略 交渉心理学入門』, ディスカヴァー・トゥエンティワン. 太字による強調は編集部が施した)

「現状を壊したら悪いことが起こるかも」という不安を打ち消せる、データや具体例を用意すればいいのです。自分の現状維持バイアスを外すなら、次のようになります。

  • 転職に踏みきれない
    いまの有効求人倍率は1.3倍だから、転職しやすいはず。会社情報をちゃんと調べれば、転職先選びで失敗するリスクは低いだろう
    →だから転職は怖くない
  • 勉強が続かない
    勉強するといっても、1日1時間に過ぎない。生活に支障が出たり、趣味の時間が極端に削られたりすることは、合理的に考えてないだろう
    →だから勉強は怖くない
  • 運動が続かない
    いままでの経験を振り返ると、運動するとつらいどころか、すがすがしい気分になった。運動は苦行ではない
    →だから運動は怖くない

このように「現状を壊すことは怖くない」と論理的に考え、自分を説得してあげれば、現状維持バイアスを外せるはずです。

現状維持バイアスを外す方法:客観的なデータ・具体例を探す

現状維持バイアスについて学べる本

最後に、現状維持バイアスについてさらに深く学べる本を3冊ご紹介しましょう。

『「損」を恐れるから失敗する』

『「損」を恐れるから失敗する』は、精神科医・和田秀樹氏による新書。タイトルのとおり、

  • 「損を恐れすぎる心理」がどんな失敗をもたらすか
  • その失敗を回避するにはどうすればいいか

――などを解説してくれます。現状維持バイアスや損失回避バイアスから逃れ、合理的に意思決定するヒントをつかめるはずです。

『行動経済学で人を動かす モノは感情に売れ!』

『行動経済学で人を動かす モノは感情に売れ!』では、現状維持バイアスを含む行動経済学の知見を、マーケティングに応用するテクニックが解説されています。

マーケティングや広報、営業など、「ものを売る」立場なら一読の価値あり。本書の内容をヒントに、現状維持バイアスを味方につけてみては?

『チーズはどこへ消えた?』

『チーズはどこへ消えた?』は、心理学者のスペンサー・ジョンソン氏による童話にしてビジネス書。1988年に米国で出版されて以来、全世界で2,800万部以上を売り上げたベストセラーです。

ある朝突然、迷路のなかにあったチーズが消えた――というところから物語は始まります。チーズとは、幸福や財産など、私達が求めているものの象徴。

チーズが消えた世界で戸惑う小人の姿を通し、読者自身が生き方を見直せる内容です。

「変化を恐れずに行動することの大切さ」を学べる良書。現状が心地よすぎて行動を起こせない……そんなあなたも、動き出す勇気をもらえるはずです。

***
現状維持バイアスに気づけないままだと、デメリットのほうが大きい、非合理的な判断をし続けかねません。この記事を参考に、現状維持バイアスについて理解し、取り外すスキルを身につけましょう。

「非合理的な意思決定」に興味が湧いた方には、「プロスペクト理論とは? 行動経済学を身近な例でわかりやすく解説!」もおすすめです。

(参考)
Verywell Mind|How the Status Quo Bias Affects Your Decisions
マイナビウーマン|【心理学】認知バイアスとは? 事例や種類一覧、対策を紹介
和田秀樹(2017),『「損」を恐れるから失敗する』, PHP研究所.
橋本之克(2015),『行動経済学で人を動かす モノは感情に売れ!』, PHP研究所.
荘司雅彦(2017),『説得の戦略 交渉心理学入門』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.
ダイヤモンド・オンライン|「会社に不満があるけど転職しない…」変化を阻む厄介な思考の正体

【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。

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