「日本人はプレゼンがどうもうまくない」。これは、ビジネスシーンにおいて頻繁に見聞きする言葉です。実際、みなさんのなかにも「プレゼンは苦手で……」と悩んでいる人は多いでしょう。そこで気になるのが、「プレゼンのスペシャリストと呼ばれる人たち」はなにを心がけているのかということ。
共著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(プレジデント社)を上梓した、Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一(いとう・よういち)さんと株式会社圓窓代表取締役の澤円(さわ・まどか)さんは、ともに年間300回近いプレゼンをこなすスペシャリストです。ふたりが語るプレゼンのキモに迫ります。
構成/岩川悟・清家茂樹 写真/榎本壮三
伊藤羊一さん
相手になりきって「妄想する」
プレゼンをするにおいて重要なことのひとつに、自分の主観的な意見とともに、客観的な視点をもちながら話すということがあります。
いざプレゼンになると、この「主観 対 客観」の割合が、多くの人は「10対0」になってしまい客観の視点がまったくなく話しています。もちろん、主観が強くなければ言葉に力が入らなくなるので、主観を大事にすること自体はいいのですが、僕の場合は「7対3」くらいのイメージで客観的な視点も明確に意識しています。
そして、ここが少しややこしいところですが、これは単に「話に主観と客観を取り入れてバランスをとる」ことではありません。
そうではなく、自分の主観を思いきり強くしたうえで、次に、方向性が違う客観性も強くして、両方を強いままで成り立たせることをいつも意識しています。これが成り立ったときこそ、とてもいいアウトプットができるからです。
だからこそ、強い主観と同じくらいの客観のパワーをぶつけるために、「他者になりきって妄想する」ことが大切になります。
他者になりきって徹底的に妄想する
「他者」になりきることの重要性は、プレゼンに限らずビジネスやマーケティング全般にあてはまることだと考えています。供給側の論理で話をするのではなく、お客さん(他者)の立場になり「いまなにを感じているのか」「なにを知っているのか」「どんな気持ちなのか」。そんなことを、常に感覚としてもてるかどうかが重要なのです。
そして、それはもう徹底的に「妄想」することでしかわかりません。
かつて僕はマーケティングの仕事に携わっていたので、データの重要性はわかっているつもりです。気づいてなかった物事の連関性を、データから見いだすようなことはたしかにあります。
それでも、最初に、お客さんに「いまこれを届けたい!」という直感や意志がなければなにも始まらないし、その意志がお客さんに受け止められるかどうかも感覚によって妄想(想像)するしかありません。
だから僕は、うまくいく仕事はおおよそすべて「主観→客観→主観」という経路をたどると見ています。
「主観→客観→主観」のプレゼンが人を動かす
どんな仕事も、まずは主観的に考える。強い「想い」で考える。でも、それだけでは説得力がないので、客観的なデータやロジックで検証する。そして、最後は人を「動かす」ために、また主観で押していく。この主観には「直感」の要素も含まれますが、いずれにせよ、人というのは感情を揺さぶられるからこそ、自らの意志で動こうと思うわけです。
この組み立てのわかりやすい例が、「テレビショッピング」です。
「みなさん! 腰の痛みってなんとかならないもんですかね」「そこで今日ご紹介するのは、これ!」と、人の行動に影響力を与える要素から入りながら、途中でデータを入れて「納得感」を織り交ぜる。そして最後は「お電話はいますぐ! あと30分で終了ですよ!」と感情に訴えかける。
僕は常々、テレビショッピングには人を「動かす」要素が詰まっていると感じています。一度プレゼンの研究のために、テレビショッピングをじっくり見てみるといいと思います。
澤円さん
相手に興味をもつことからプレゼンは始まる
プレゼンで最も大切なことは、なにはさておき「顧客視点」です。すると、プレゼンで伝えるべきは、あくまでその商品によってもたらされる「相手のメリット」になります。僕は、いつもこのように表現しています。
顧客がハッピーになることだけを伝えよう。
顧客が「こんなふうになれる」というハッピーストーリーを描けるかどうかがすべてなのです。それができているか否かが、プレゼンの成否を左右します。
では、相手にとっての「ハッピー」は、どうすればわかるのでしょうか?
もちろん、それには相手の立場を想像する力が必要です。でも、想像するといっても、なんらかのとっかかりが欲しいところですよね。そこで、相手の気持ちを的確に想像するために、「相手に興味をもつ」ことを心がけてみてください。
相手に「興味」をもつからこそ、想像が自動化される
当たり前のようですが、これが意外とできていない人がたくさんいます。でも、相手に興味をもつことさえできれば、相手について想像することは自動化されていきます。
わかりやすく言うと、あなたの心の琴線に触れる人がいたとします。すると、「あの人はなにが好きなのかな?」と自然と想像しますよね。「ふだんどのように過ごしているのかな?」「どんな音楽を聴いているのかな?」「どんなジャンルの本を読んでいるのかな?」と、自分でも止められないくらい次々と妄想してしまうはず。いったん興味をもてば、さらに深く掘り下げていくことになるわけです。
でも、あまり興味もないし気にならない人なら……、その人がどんな本を読んでいるかなんて想像することもありません。
だからこそ、まずは興味をもつことがとても大切なのです。
興味をもてることを仕事にすれば楽しい人生になる
「でも、仕事だからそこまで興味はもてないんですけど……」
そんな人もいるかもしれません。たしかに、気になる異性ほどには仕事に興味をもてないことはあると思います。
でも、ここではっきり言ってしまいましょう。
自分の仕事に対して興味がもてないのなら、転職を考えてもいいかもしれません。なぜなら、興味をもてないことに長い時間を費やしていると、心を病んでしまうからです。もちろん、公私を完全に割り切れる意志の強さがある人は別ですが。
しかし、そうでない人は興味のもてないことをずっと続けていると、心がどんどん痩せ細っていきます。僕は、やっぱり自分が強く興味をもてることを自分の仕事にしたほうが、結果的には楽しい人生になると考えています。
話を戻すと、プレゼンでなんらかのメッセージを伝えているにもかかわらず、肝心の相手に興味をもっていない人がたくさんいます。だから、相手が「ハッピー」になることもうまく想像できず、ひとりよがりなプレゼンになってしまうということが起きるのです。
実際になにかを伝えたいなら、まず相手に興味をもつこと。興味をもったら、それをさらに深掘りしていく。そうすることができれば、想像力は次第に働いてくれるようになっていくでしょう。
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「客観的な視点をもちながら話すことが大切」だから「他者になりきって『妄想』する」と語ったのは伊藤さん。一方の澤さんは、「顧客がハッピーになることだけを伝える」ために「相手に興味をもって『想像』する」と語ります。資料を入念に準備することももちろん大切なことですし、実際の場面を想定して練習をすることも、プレゼン上達への近道でしょう。でも、それと同時に「妄想力」と「想像力」を磨いてみてはどうでしょうか。
※今コラムは、伊藤羊一・澤円 著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(プレジデント社)をアレンジしたものです。
【プロフィール】
伊藤羊一(いとう・よういち)
ヤフー株式会社コーポレートエバンジェリスト、Yahoo!アカデミア学長。株式会社ウェイウェイ代表取締役。1967年、東京都に生まれる。東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行に入行。2003年、プラス株式会社に転じ、事業部門であるジョインテックスカンパニーにてロジスティクス再編、事業再編などを担当し、2011 年より執行役員マーケティング本部長、2012 年より同ヴァイスプレジデントとして事業全般を統括する。2015 年にヤフー株式会社に転じ、次世代リーダー育成を行うだけでなく、グロービス経営大学院客員教授として教壇に立つほか、大手企業で様々な講演・研修を実施している。著書には、『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』『「わかってはいるけど動けない」人のための 0 秒で動け』(ともにSB クリエイティブ)、『やりたいことなんて、なくていい。 将来の不安と焦りがなくなるキャリア講義』(PHP 研究所)などがある。
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
日本マイクロソフト株式会社業務執行役員。株式会社圓窓代表取締役。1969 年生まれ、千葉県出身。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT 子会社を経て、1997 年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報共有系コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011 年、マイクロソフトテクノロジーセンター・センター長に就任。2006 年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみ授与される、ビル・ゲイツの名を冠した賞を受賞した。現在は、年間300 回近くのプレゼンをこなすスペシャリストとしても知られる。ボイスメディア「Voicy」で配信する「澤円の深夜の福音ラジオ」も人気。著書には、『外資系エリートのシンプルな伝え方』(KADOKAWA)、『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1 プレゼン術』(ダイヤモンド社)などがある。