2017年のDeloitte Global Human Capital Trendsのレポートでは、70%のCEOが「今日の環境に適応するためのスキルを組織がもっていない」と回答しているそうです。(参照:Deloitte|2017 Deloitte Global Human Capital Trends)
つまり、組織内でのスキルギャップが深刻な問題になっているのです。この記事をお読みの、企業の研修担当者や人事担当者、あるいは部署のリーダーのみなさんのなかにも、そのスキルギャップをどうにか埋めようと腐心している方がいるのではないでしょうか。
そんなみなさんにぜひ知っていただきたいのが、人はどういった瞬間に学びを必要とするのかということ。これを知っておけば、従業員に対する研修や指導がよりうまくいきやすくなります。ではその「学習を必要とする5つの瞬間」モデルについて、詳しく解説していきます。
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STUDY HACKER 編集部
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Deloitte|2017 Deloitte Global Human Capital Trends
クリスタル・カダキア著, リサ・M・D・オウエンス著, 中原孝子訳(2022),『ラーニングデザイン・ハンドブック 仕事の流れの中で学びを設計する 』, 日本能率協会マネジメントセンター.
theelearningcoach.com|Working With The Five Moments Of Need
theelearningcoach.com|Building Courses From Curated Content
従業員の学習効率を上げる秘訣とは?
従業員たちに新たなスキルを効率よく学習させるには、いま、従業員にとってどのような学習のタイプが適切なのかを見極めることが必要です。それをしなければ、間違ったアプローチや学習方法を導入して、学習の効率と効果を著しく下げてしまう可能性があります。
そこで大切となるのが、従業員が「学習を必要とする瞬間」とはいつなのかを知っておくこと。必要なタイミングで、必要な内容を、適切な方法によって教えれば、従業員はスムーズにその内容を吸収できるというわけです。
従業員が「学習を必要とする5つの瞬間」
2011年にボブ・モッシャー博士とコンラッド・ゴットフレッドソン博士は「学習を必要とする5つの瞬間」という理論を発表しました。
(参照:クリスタル・カダキア 著, リサ・M・D・オウエンス著, 中原孝子訳(2022),『ラーニングデザイン・ハンドブック 仕事の流れの中で学びを設計する 』, 日本能率協会マネジメントセンター. 以下同書よりまとめた。例は筆者が作成)
このモデルは「学習者がサポートと学習介入を必要とする5つの状況」を特定し、対応するための枠組みです。その5つの状況とは以下の通り。
- New(新しいことを学ぶとき)
その名のとおり、まったく新しいことを学ぶ瞬間です。基礎的な知識を構築する段階ですね。
【例】新入社員が新しい業務を学ぶ瞬間や、マーケティング部署に異動となった社員がマーケティングの基本的な知識を新たに学ぶ瞬間が、これに当てはまります。 - More(より多くを学ぶとき)
新しいことを学んだあとで、発展的な学習をする段階です。既存の知識を拡張し、理解を深めていくのです。より自律的な学習戦略を取り入れ始めることができるのが特徴。
【例】マーケティング部署に異動した社員が、マーケティングの基礎知識を身につけたあと、それをもとにSEOやデータアナリティクスについて学ぶケースがこれに該当します。 - Apply(学んだことを適用するとき)
学んだ知識やスキルを実際の状況に適用する、すなわち理論を実践に移す段階です。仕事の支援など、タスクを効果的に実行するために必要なジャストインタイムサポートが求められます。
【例】社内/社外研修を受けたあとに、実際の業務で実践する瞬間が挙げられます。研修で学んだ内容をそのまま実践できるケースは稀で、実際の業務において調整が必要なことがあります。そのときに、上司や同僚がサポートすることが重要です。 - Change(変化が起こるとき)
プロセス、ツール、役割など、作業環境に変化があるときに発生するのがこの瞬間です。環境の変化に既存の知識やスキルを適応させる必要があります。
【例】社内のコミュニケーションツールがメールからチャットになったとき、一般社員だった人が管理職になり業務内容が変わったときなどが、この瞬間に含まれます。 - Solve(問題解決をするとき)
新たに発生した問題を解決する瞬間です。批判的思考(クリティカル・シンキング)を必要とし、効果的に課題を切り抜けるためには即座のサポートが求められます。
【例】マーケティング部署に異動になった社員が、基礎的な知識を身につけ、発展的な学習も行なったが、それでも解決できない課題に直面した――そんな瞬間をイメージするとわかりやすいでしょう。コンバージョン増のための施策としてA案とB案があり、それぞれのメリット・デメリットはわかっているが、どちらにすべきか選べない。そういった状況が、まさしくこの瞬間です。
なお、このモデルは、伝統的なトレーニング(研修、OJT等)が必ずしもこれらの瞬間のニーズを満たすわけではないことを強調しています。特に、「Change(変化が起こるとき)」と「Solve(問題解決をするとき)」の瞬間については、従来の研修やOJTでは対応が難しい場合があるでしょう。
続いて、この5つの瞬間に対応するアプローチ方法についてご紹介します。
「5つの瞬間」のアプローチ方法
企業の研修担当者(あるいは上司や講師)は、研修の受講者である従業員に対し、5つの瞬間それぞれにおいてどのようなアプローチをすれば彼らの効率的な学習を促せるのか、ぜひ知っておきましょう。以下がその具体的なやり方のなかでも、特に有効なアプローチです。
(以下、theelearningcoach.com|Working With The Five Moments Of Need よりまとめた。例は筆者が作成)
- New(新しいことを学ぶとき)に有効なアプローチ
- マイクロラーニング
(5分程度のスキマ時間で進める学習) - eラーニング
- クラスルームまたはヴァーチャルクラスルーム
(企業でいう集合研修) - 自己学習
【例】マイクロラーニングのアプローチ例として、スキマ時間で、マーケティング用語(CPA、CPO、CVRなど)や、英語力向上のために語彙を覚えさせることなどが挙げられます。 - マイクロラーニング
- More(より多くを学ぶとき)に有効なアプローチ
- コンテンツキュレーション
(特定のトピックや関心領域に関連する情報を収集すること)
【例】マーケティングをより多く学びたい従業員のために、直属の上司や部門長がキュレーターとなり、Udemyのような学習プラットフォームのなかから学ぶべきコンテンツを選定し提供するようなケースが当てはまります。 - コンテンツキュレーション
- Apply(学んだことを適用するとき)に有効なアプローチ
- 練習、シナリオ、シミュレーション
(顧客との商談を想定した「ロールプレイング」や、「想定されるシナリオに沿った練習」など)
【例】営業研修で学んだ内容を実践に移そうとしても、そのままでは適用できない箇所もあるものです。そこでロールプレイングを通じて上司が修正・指導することが、このアプローチ法の例です。 - 練習、シナリオ、シミュレーション
- Change(変化が起こるとき)に有効なアプローチ
- オンライン/オフラインでのジョブエイド
(特定の作業やタスクを正確に、効率的に完了するのを支援するためのツールや資料) - パフォーマンスサポート
(従業員が仕事を行なう際、必要なときに正確な情報、ツール、支援をリアルタイムで提供すること) - マイクロブログ
(Facebook、X(旧Twitter)) - ウィキ
(特定の企業内の情報を集積・共有する社内版Wikipedia) - チャット
(個人宛に直接チャットで教える行為)
【例】ジョブエイドとは一般的にマニュアルと呼ばれるもの。手順書、チェックリスト、フローチャート、クイックリファレンスカードなどを示してあげることが、このアプローチ法です。
また、パフォーマンスサポートとしては、従業員が業務のなかで直面した課題を解決できるように支援することが挙げられます。作業効率の向上とエラーの減少により、全体的な業務の質向上を促します。 - オンライン/オフラインでのジョブエイド
- Solve(問題解決をするとき)に有効なアプローチ
- 4. Changeと同じアプローチ
- ヘルプデスク
(電話、電子メール、チャットを通した効率的な問題解決)
【例】A案かB案かで迷っているマーケターに、同じ部署内のメンバーが、チャットで新しい知見や解決策のヒントを与えるといったことが、ヘルプデスクとしての例です。家電が急に動かなくなった顧客から相談を受けるカスタマーセンターのような役割を果たします。
従業員が5つの瞬間のうちどの状況に当てはまるのかを見極めたうえで、適切なアプローチをとるようにしましょう。
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この記事では、ボブ・モッシャー博士とコンラッド・ゴットフレッドソン博士によって開発された「学習が必要とされる5つの瞬間」のモデルについて紹介しました。従業員が「学習を必要とするそれぞれの瞬間」に対して、異なるアプローチが必要であることが理解できたでしょう。
この知識をもつことで、スキルギャップを埋めるためにただ単に内部または外部の研修を実施するのではなく、より適切なアプローチを選択できるようになります。特に、「Change(変化)」や「Solve(問題解決)」の瞬間には、従来の研修方法だけでは効果が限定的。代わりに社内の知識やシステムを整えることで、従業員の学習体験をより効果的にデザインできますよ。