やることが多くて忙しいと、毎日が充実しているように感じます。でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。どこかに「ゆとり」を置いてきてしまってはいないでしょうか。
一見すると無駄な時間を過ごしているようにも思えますが、「ゆとり」にはとても大切なメリットがあるのです。現代人に見過ごされがちな「3つのゆとり」、皆さんは確保できていますか?
1.「ひとりになって考えるゆとり」がないと「内省ができない」
通勤中や休憩中、インターネットで新しい情報をインプットしたり、SNSで親しい友人とコミュニケーションを取ったりする……休日も、誰かと会う約束を必ず入れて一緒に楽しい時間を過ごす……。悪いことではありませんが、ひとりになってゆっくりと考え事をするゆとりを忘れてしまってはいませんか?
海外大学の研究では、人間はひとり思慮にふけることが苦手だという結果が出ています。被験者らに軽度の電気ショックを与えたのち、「この電気ショックを使ってもよい」という許可のもと、何もない部屋で15分間考え事をするように指示したところ、退屈を避けるために自ら電気ショックを使った人が多かったとのこと。人間、「何もしないではいられない」ようです。
さらに現代では、スマートフォンの普及により、すぐにインターネット検索したり誰かとつながったりすることができてしまいます。人間の「何もしないではいられない」という性質が助長される環境下にあるのです。
経営コンサルタントの午堂登紀雄氏は、著書『人生の「質」を上げる 孤独をたのしむ力』の中で、現代には「孤独力」が必要だと述べています。この孤独力とは、物理的に人との接触を避けるネガティブな孤独のことではありません。ひとりになって内省し、自分自身を見つめる余裕を持つスキルを指しています。
孤独を避けると、ひとりで考えて内省する時間が取れないため、自分のことを深く知ることができない――午堂氏はそう述べます。たとえば、会議の際に「この問題についてどう思う?」と意見を求められて、言葉に詰まる可能性だってあるでしょう。なぜならば、自分のことと向き合う瞬間が普段ないため、自分がいまの仕事にどんな考えを持っているのか、その仕事をどう改善したいと思っているのかさえもわからないからです。
また、午堂氏いわく、ひとりになることには「自己回復機能」があるのだそう。“自分の経験を振り返って納得する” という作業がないと、ストレスになるのだとか。
そこで、ひとりで内省するための効果的な方法をご紹介しましょう。マギル大学S・ブロンフマン記念経営学講座教授のナンシー・J・アドラー氏が推奨している「日記」です。1日15分程度(※初めは3分でも可)、内省のために必要な時間を確保し、心に思い浮かぶことを自由に日記帳に書いていくのです。
このとき、効果的な「内省」としてアドラー氏がすすめているのが、内省を誘発させる以下のような質問を自分に投げかけること。以下のような具合です。
- 今の自分はどんな気分か?(→仕事には慣れてきたけれど、上司との関係がまだ気まずい。リラックスもしているが、不安感も少し残っている)
- 自分のリーダシップについてどう思うか?(→会議ではリーダーシップをとれないが、部下の成長している姿を見ると、自分も指導者として成長しているのだとわかる)
- この24時間に知ったもっとも奇抜なアイデアは何か? そのアイデアのどこが気に入っているのか?(→犬用の傘。傘の柄がリード代わりになっているところが斬新!)
このように自問自答することで、自分の本当の思いを知れたり、新たな視点を見つけられたりするでしょう。
2.「フィクションを読むゆとり」がないと「共感能力が育たない」
「仕事関係の本は読むが小説なんて読まない」「そもそもフィクションを読む必要性が感じられない」なんて人も多いはず。でも、フィクションを読むゆとりもまた大切だと述べておきましょう。こちらにも意外なメリットがあるのです。
なんと、フィクションの読書量が多ければ多いほど共感能力が高まるのだとか。成人252人を対象に、各々の “生涯の読書量” を調べたのち、共感能力を確かめる「目から心を読み取るテスト(RMET)」を受けてもらったところ、この相関関係が判明しました。なお、ノンフィクションの読書量はあまり関係がないとのこと。
フィクションの読書量が多い人は、読書量が少ない人たちよりも現実社会で幅広い人脈を持ち、娯楽面でも心のケアの面でも豊かな生活をしている傾向にあった。この結果は、いわゆる「本の虫」は社会的不適合者であり、想像上の人物を現実の友人ないし恋人に見立てているという偏見を押しやったことになる。
(引用元:THE WALL STREET JOURNAL|小説を読めば共感力は培われるか ※太字は筆者が施した)
共感能力が高まると、相手の立場になって考えることができるようになり、ビジネス面での交渉にも大いに役立つでしょう。たとえば、自社の製品を顧客にPRするときも、相手の反応を敏感に察知し、どう感じているのかを理解できます。この話をどれくらい強く押し進めるべきなのか、あるいは追加で別の製品を紹介してみても大丈夫そうか、といったこともうまく判断できそうですね。
さらに、サセックス大学(イギリス)が行なった研究では、たった6分の読書がストレスの大幅な削減に効果があると示されています。「音楽を聴く(ストレス61%減)」「コーヒーを飲む(54%減)」「散歩する(42%減)」といった方法もあるなか、読書はなんと68%もストレスレベルを減らすことが明らかに。
「最近、仕事のストレスがなかなか抜けないな……」と感じている人も、ぜひ一度フィクションの世界に飛び込んでみてください。現実とは違う想像の空間に癒されることでしょう。
「メモを取るゆとり」がないと「効率が悪くなる」
新しい仕事を覚える際、メモを取るのが「めんどくさい」「手間や時間がかかる」と思って、自分の記憶だけを頼りにしてはいないでしょうか。じつは、それではかえって非効率なのだと、トレスペクト教育研究所代表・学習コンサルタントである宇都出雅巳氏は指摘します。
記憶に関する研究のグラフ「エビングハウスの忘却曲線」によると、人間は「完全に覚えた」と思っても、20分後には42%を忘れ、1時間後には56%、1日後には74%を忘れるのだそう。つまり、その日に作業内容をしっかり覚えたと満足しても、翌日にはその内容のあらかたを忘れてしまっていることになるのです。
その原因は、短期的な記憶をしまう場所である「ワーキングメモリ」の容量に限界があるから。このワーキングメモリは、文章を読むときや会話をするときにも働いています。たとえば文章を読むとき、直前の文章を一時的に記憶することで、次の文章につなげて内容を理解することができています。
このワーキングメモリの容量を解放する役割を果たすのが「メモ」というわけです。
ワーキングメモリは短期的に記憶を保存するだけではなく、脳の作業台でもあるのです。覚えておかないといけない量が増えるほど、作業台が狭くなり(=注意を消費し)、複雑な情報の処理ができなくなります。その点、メモに書き残せば、即座にワーキングメモリを解放できますので、仕事の精度やスピードも自然と上がるのです。
(引用元:東洋経済オンライン|新人もベテランも「メモ」を取るべき科学的根拠 ※太字は筆者が施した)
NPO法人G-net理事である秋元祥治氏は、ライバルと差をつけるメモの取り方のコツとして、論旨を書き留めるほかに、以下の3つの観点を余白に書くことを挙げています。
- 気づき
斬新な発想や新しい知識、おもしろいと思ったこと、「なるほど」と納得したこと、など(例:新製品のプロモーションでは、さまざまな会社とのコラボイベントを開催。多数顧客へのアプローチができる!) - 違和感
話を聞いているなかで、すとんと心に落ちなかったこと。あとで話者に直接ぶつけてみる点、など(例:チーム内の売上が伸び悩んでいるのは消費低迷ということだが……ほかにも何か影響していることがあるのではないのか?) - 疑問点、もっと知りたいこと
「なぜそうなるのか」「別のケースだったらどうなるのか」と疑問に思ったこと。あとで質問の際に聞いてみることができる(例:なぜ予算を削減しなくてはならないのか。また、予算削減以外に、生産性を高める方法はないのだろうか)
同時に秋元氏は、「メモを取ること」は「準備をすること」と同じことだと述べています。たとえば会議やセミナー中などには、いざ質問をするとき、メモを取ったことで準備ができているので、真っ先に手を挙げて話者に好印象を与えることもできそうですね。
***
一見、見過ごされがちな「ゆとり」。でも改めて見てみると、そのゆとりを持っておくことで、結果的に仕事面でプラスに働くこともあります。みなさんが見過ごしていた「ゆとり」を、もう一度見つめ直してみてはどうでしょうか?
(参考)
PMC|Just think: The challenges of the disengaged mind
午堂登紀雄(2017),『人生の「質」を上げる 孤独をたのしむ力』, 日本実業出版.
Harvard Business Review|日記を使って「内省」する習慣が、あなたを優れたリーダーに変える
THE WALL STREET JOURNAL|小説を読めば共感力は培われるか
The Telegraph|Reading 'can help reduce stress'
東洋経済オンライン|新人もベテランも「メモ」を取るべき科学的根拠
ダイヤモンド・オンライン|ライバルに差をつける「メモの取り方」教えます。
【ライタープロフィール】
青野透子
大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。