
上司のひと言にモヤモヤする、同僚に誤解されている気がする、なんとなくやり取りがかみ合わない――。こんな経験、職場で一度はあるのではないでしょうか。
こうした人間関係の問題、「自分の性格のせい」「相手との相性が悪い」と片づけてしまいがちです。でも実は、原因はそこじゃないことが多い。コミュニケーションのプロセスで生じた小さなズレが積み重なった結果であることが、ほとんどなのです。
この記事では、そのズレがどこで生まれ、なぜ放置すると負のループになるのかを整理しながら、今日から使える実践的な行動を紹介します。
人間関係はコミュニケーションの「循環」でつくられる

まず前提として押さえておきたいのが、人間関係はやり取りの積み重ねで形成されるという考え方です。
コミュニケーション理論の研究者であるパウル・ワツラウィック(Paul Watzlawick)は、1967年の著書 Pragmatics of Human Communication のなかで「コミュニケーションのすべての連鎖は循環的である」と論じています。*1
つまり、AがBに何かを伝え、BがAに返す――この繰り返しのパターン自体が、その二人の関係性を定義していくということです。
「あの人はこういう人だ」という印象や、「この人との関係はこんな感じ」という感覚は、実は一度の出来事ではなく、やり取りのパターンが繰り返されることで少しずつ固まっていくものです。
では、そのやり取りはどんなプロセスで成り立っているのでしょうか?
コミュニケーションの4ステップ
社会心理学では、コミュニケーションのプロセスは次の4つのステップで構成されると言われています。*2
【コミュニケーションの4ステップ】
発信者 →【①記号化】→【②送信】
▼
受信者 →【③受信】→【④解読】
↑ ここから自分が新たな発信者となり、①へ戻る
- ①記号化:自分の考えや感情を、言葉や表情・態度に変換する
- ②送信:変換した内容を相手に届ける
- ③受信:相手の言葉や行動を受け取る
- ④解読:受け取った情報を、自分の経験や価値観に照らして意味を理解する
このサイクルが交互に繰り返されることで会話は成り立ちます。そして、この循環の質が積み重なることで、二人の関係性がつくられていくのです。
こじれる原因は「ズレ」の放置

ズレとは何か
このプロセスで特に注意したいのが、①記号化と④解読のギャップです。
発信者が「こういう意味で言った」(記号化した内容)と、受信者が「こういう意味だろう」(解読した内容)が一致しない――これが「ズレ」です。具体例を見てみましょう。
ズレの例①:上司の「もう少し詰めておいて」
上司の意図(記号化):「ブラッシュアップしてほしい」
部下の解読:「自分の仕事が不十分だと否定された」
ズレの例②:同僚からのチャット返信が遅い
同僚の実態(記号化):「別件で手が離せなかっただけ」
自分の解読:「優先順位を下げられている」
どちらも、発信者の意図と受信者の解釈の間にズレが生じているケースです。一度きりなら「まあそういうこともある」で終わります。問題は、このズレが修正されないまま次のやり取りに持ち越されたときです。
なぜ負のループに固定化するのか
ここに、社会心理学で「根本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)」と呼ばれる認知バイアスが絡んできます。
リー・ロス(Lee Ross)が1977年に提唱したこの概念は、他者の行動を見るとき、状況的な要因を過小評価して、その人の性格や人柄のせいだと判断しやすいという人間の傾向を指しています。*3
根本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)とは
他者の行動を見るとき、状況的な要因を過小評価して、その人の性格や人柄のせいだと判断しやすい認知バイアスのこと。心理学者リー・ロス(Lee Ross)が1977年に提唱した。
先ほどの例で言えば、「返信が遅い」という状況に対して、「忙しかっただけかも」ではなく「軽く見られている」「そういう人なんだ」と解釈してしまうわけです。
そしてここからが問題で、この解釈は確証バイアス(confirmation bias)と結びつきます。「軽く見られている」という先入観が一度生まれると、次のやり取りでも無意識にその証拠を探すようになります。相手の何気ない言動を「やっぱりそうだ」と読み替えてしまうのです。
確証バイアス(Confirmation Bias)とは
自分がすでに持っている先入観や仮説を支持する情報を無意識に集め、それに反する情報を軽視してしまう認知バイアスのこと。一度「あの人はそういう人だ」と思い込むと、その証拠ばかりを探し続けてしまう。
【負のループが固定化するまで】
ズレが生じる
↓
根本的な帰属の誤り:「相手はそういう人だ」と性格に帰属
↓
確証バイアス:次のやり取りでも「証拠」を探してしまう
↓
自分の態度が硬くなり、相手もそれを感じ取る
↓
関係がギクシャクし、最初の解釈がさらに強固になる
最初の小さなズレが「あの人とはもうわかり合えない」という確信に変わっていく――これが負のループの正体です。
重要なのは、この負のループはプロセスのどこかに介入することで断ち切れるという点です。
今日からできる:ループを断ち切る6つの行動

「聞くとき」と「話すとき」のそれぞれで使える、具体的な行動を紹介します。
聞くとき①:「別の解釈」をひとつ加える
相手の行動の理由が頭に浮かんだら、反射的に結論づける前に、別の可能性をひとつ考えてみましょう。これは心理学でいう「リフレーミング」の応用です。
「返信が遅い=軽く見られている」と思ったら、あえて「別の業務が立て込んでいるのかも」「メールに気づいていないだけかも」と、もうひとつ解釈を添える。これだけで、根本的な帰属の誤りのスイッチが入るのを防ぐ効果があります。
解釈は「正解を探す」のではなく、「決めつけを保留にする」ためのものです。
聞くとき②:深読みしない
相手の言葉の裏を読もうとすること自体は悪いことではありません。ただ、解読が過剰になると、実際には存在しない意図を「あるもの」として処理してしまいます。
「なぜあんな言い方をしたんだろう」「もしかして怒っている?」――こうした思考が連鎖しはじめたら、いったん立ち止まって、相手が実際にした言動そのものに立ち返ってみましょう。
上司から「この資料、もう少し調整できる?」と言われたとき、「出来が悪いと思われた」「評価が下がったかも」と解釈するのではなく、まず「追加で依頼された」という事実だけを受け取る。それ以上の意味は、実際には言われていないのです。
聞くとき③:反応を「1拍」遅らせる
相手の言動にイラっとしたり不安になったりしたとき、すぐにその感情のまま動かず、少し間を置いてみましょう。
感情的な即時反応は、コミュニケーションの循環をいちばん速く悪化させます。たとえ言葉には出さなくても、反応が態度や次の発言に乗ってしまうからです。「なんか冷たいな」と感じた瞬間に表情が硬くなれば、相手はそれを読み取って余計に距離を置く――これがループの加速です。1拍置くことで、このサイクルに手動のブレーキをかけることができます。
話すとき①:相手の発言を要約して返す
自分が話す前に、相手の言ったことを一度自分の言葉でまとめてみましょう。いわゆるアクティブリスニングの「パラフレーズ(言い換え)」です。
「つまり、〇〇ということですか?」と確認する一言が、④解読のズレを早い段階でキャッチする機能を果たします。McKinseyの調査によれば、共感やアクティブリスニングを含む対人スキルは、2030年に向けて職場で需要が拡大する能力のひとつとされており、*4 この小さな習慣が関係の質に大きく影響することは多くの研究が示しています。
話すとき②:「意図」を言葉にして添える
発信するとき、結論だけでなく「なぜそれをお願いしているか」を一緒に伝えましょう。
「優先して対応して」だけだと、受け取り方は人によってバラバラです。「クライアントとの信頼に関わる案件なので、優先して動いてほしい」と背景を補足するだけで、相手の解読が大きく変わります。
ワツラウィックの言葉を借りれば、コミュニケーションにはつねに「内容(何を言うか)」と「関係(どういう意図で言うか)」の2層があります。*1 内容だけ伝えて意図が伝わっていないと、受け手は自分で意図を補完しにかかる――そこにズレが生まれやすいのです。
話すとき③:伝えた後に、一言返してもらう
自分が何かを伝えたとき、相手が「わかりました」と答えたからといって、解読が正確に行われたとは限りません。「わかりました」は、ズレを隠す最も一般的な返答でもあります。
指示や依頼をした後に、「何か不明点ある?」「認識合ってる?」のひと言を添えてみましょう。これだけで、相手が解読した内容を引き出すことができます。
ポイントは、「理解できましたか?」と聞かないことです。これはYes/Noで終わりやすく、相手も「No」とは言いにくい。「どう受け取った?」「どんなイメージで進めようと思ってる?」のように、相手が少し言葉を返しやすい聞き方のほうが、ズレの発見につながります。
【6つの行動まとめ】
| 場面 | 行動 | ねらい |
|---|---|---|
| 聞くとき① | 別の解釈をひとつ加える | 帰属の誤りを防ぐ |
| 聞くとき② | 深読みしない | 過剰な解読を抑える |
| 聞くとき③ | 反応を1拍遅らせる | ループの加速を止める |
| 話すとき① | 相手の発言を要約して返す | 解読のズレを早期発見 |
| 話すとき② | 意図を言葉にして添える | 記号化と解読のズレを減らす |
| 話すとき③ | 伝えた後に一言返してもらう | ズレを伝達直後に確認する |
***
人間関係の不調は、個人の性格の問題ではなく、コミュニケーションのプロセスで生じるズレの積み重ねです。そしてそのズレは、循環のどこかに小さな介入をするだけで修正できます。
完璧にやろうとしなくて構いません。「聞くとき」と「話すとき」でそれぞれひとつずつ試してみるだけで、日々のやり取りは少しずつ変わっていくはずです。
よくある質問(FAQ)
Q. 職場の人間関係がうまくいかないのはなぜですか?
性格や相性ではなく、コミュニケーションの「記号化と解読のギャップ(ズレ)」が積み重なることが主な原因です。一度のズレを放置することで、根本的な帰属の誤りや確証バイアスが連鎖し、関係性が固定化していきます。
Q. 負のループとは何ですか? どうすれば断ち切れますか?
ズレが修正されないまま「根本的な帰属の誤り」と「確証バイアス」が連鎖し、関係が悪化する状態を指します。「別の解釈を加える」「意図を言葉にして添える」など、循環のどこかに小さく介入することで断ち切れます。
Q. コミュニケーションのズレを防ぐ方法を教えてください
「聞くとき」は深読みせず反応を1拍遅らせる、「話すとき」は意図を添えて伝えた後に一言返してもらう――この2つを習慣化するのが効果的です。完璧にやる必要はなく、それぞれひとつずつから始めるのがポイントです。
*1: Paul Watzlawick|Pragmatics of Human Communication
*2: 津村俊充|コミュニケーションのプロセスとその障害要因
*3: Psych Safety|The Fundamental Attribution Error
*4: McKinsey Global Institute|Skill shift: Automation and the future of the workforce
柴田香織
大学では心理学を専攻。常に独学で新しいことの学習にチャレンジしており、現在はIllustratorや中国語を勉強中。効率的な勉強法やノート術を日々実践しており、実際に高校3年分の日本史・世界史・地理の学び直しを1年間で完了した。自分で試して検証する実践報告記事が得意。