
「誰でも歓迎」は、誰も救えない。
前回の記事では、企業がInstagramで追うべきは「フォロワー数」ではなく「認知の質」であること、そしてその認知を具体的な行動につなげるための設計について解説しました。
しかし、ここで根本的な問いに立ち返る必要があります。そもそも「誰に」向けてコンテンツを届けるのか。この設定が間違っていれば、どれだけ緻密な運用OSを構築しても、どれだけ認知の質にこだわっても、成果は出ません。
私たちのInstagramアカウント(studyhacker_media)はフォロワー約27万人、月間PV700万の規模で運用しています。加えて、オウンドメディア「STUDY HACKER」は月間最大500万PVを記録し、Webセミナーでは最大1,000人の参加者を集めています。この成果の裏側には、「ペルソナ」ではなく「価値観」と「課題」を軸にしたターゲット設計があります。
多くの企業が「パイが減るのが怖い」という心理からターゲットを絞らず、結果としてコンテンツは「優等生すぎるノイズ」と化し、誰にも届かない。これは構造的欠陥です。
この記事では、従来のペルソナ論の限界を指摘し、企業SNSのターゲット戦略の核となる「価値観でメディアを設計し、投稿は課題で鋭くする」というアプローチを解説します。
- 企業SNSの投稿が「自己紹介」で終わる理由
- 「属性ベースのペルソナ」が機能しない構造的理由
- 企業SNSの設計で本当にフォーカスすべき「価値観」と「課題」
- 投稿を「顧客の課題」に接続する翻訳技術
- 企業SNSの「Study Smart」なターゲット戦略まとめ
企業SNSの投稿が「自己紹介」で終わる理由
ターゲットが曖昧なまま運用を続けると、企業のSNSには奇妙な現象が起きます。投稿の主語が、すべて「We(私たち)」になるのです。
「新機能をリリースしました」「イベントを開催しました」「受賞しました」——これらは全て、企業の活動報告です。社内報としては優秀かもしれません。しかし、顧客にとってはノイズでしかありません。
なぜか。
顧客がSNSを開くとき、彼らの頭の中にあるのは「あなたの会社の最新情報」ではありません。「自分の課題」です。明日のプレゼンをどう乗り切るか。部下のモチベーションをどう上げるか。英語力をどう伸ばすか。彼らは、自分の課題を解決するヒントを探しているのです。
ターゲットを絞らないと、企業は「内輪ウケ」や「安心」を求め、We主語のニュース発信が増えます。これは、顧客の課題と接続しない「ノイズ」として処理され、エンゲージメントが生まれない原因となるのです。

「属性ベースのペルソナ」が機能しない構造的理由
「ターゲットを明確にしましょう」と言うと、多くのマーケティング担当者はペルソナを作り始めます。
「35歳、女性、IT企業勤務、ヨガが趣味、年収600万円、都内在住……」
この作業自体を否定するつもりはありません。問題は、このペルソナが「売り手の希望的観測」の投影になりがちだという点です。
よく見てください。そのペルソナは、「うちのサービスを買ってくれそうな理想の顧客像」ではありませんか? 属性を羅列しただけで、「なぜこの人は、今、うちのサービスを選ぶのか」という行動の根拠を説明できますか?
できないはずです。
ペルソナの構造的な限界
- 属性が同じでも課題は千差万別:35歳でヨガ好きの女性は世の中に何万人といる。その全員があなたのサービスを必要としているわけではない。
- 行動の根拠がない:「買ってくれそうな人」の描写であって、「なぜ買うのか」の説明ではない。
- 自己満足に陥りやすい:ペルソナを作ると「ターゲットを決めた」という達成感が得られるが、それは戦略ではない。
ペルソナは、売り手にとって心理的な安心材料にはなります。しかし、それだけでは戦略ではなく、自己満足に過ぎません。

「Jobs To Be Done」が示す顧客理解の本質
ここで、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した「Jobs To Be Done(JTBD)」理論を参照します。
JTBDの核心は、「顧客は製品を買うのではなく、自分の『ジョブ(片付けたい用事)』を解決するために製品を『雇う』」という視点です。
有名なミルクシェイクの事例があります。あるファストフードチェーンがミルクシェイクの売上改善に取り組んだとき、購入者の属性分析や味の改良では成果が出ませんでした。しかし、「なぜ朝にミルクシェイクが売れるのか」を観察・インタビューしたところ、答えが見えました。顧客は「長い車通勤の退屈しのぎ」というジョブを解決するためにミルクシェイクを「雇って」いたのです。
属性(年齢、性別、職業)を見ていても、この答えは出てきません。「顧客がどんな課題を解決しようとしているか」に目を向けて初めて、行動の根拠が見えるのです。

企業SNSの設計で本当にフォーカスすべき「価値観」と「課題」
JTBDの考え方を企業SNSに応用するとき、私たちの答えは「価値観」と「課題」の二層構造です。
ただし、「今すぐジョブを抱えている人を狙い撃ちしろ」という意味ではありません。SNSの役割は、「ジョブが発生したときに想起される状態」を作ることです。
第1層:メディア全体を「価値観」で設計する
私たちスタディーハッカーのInstagramやオウンドメディアは、「英語スクールの見込み客」だけを狙い撃ちにしていません。もっと広い層——「学びに関心がある社会人」に向けてコンテンツを届けています。
勉強法、時間管理、集中力、習慣化、読書術……テーマは多岐にわたります。オウンドメディア「STUDY HACKER」を見ていただければ分かりますが、英語学習の記事は全体のごく一部に過ぎません。しかし、すべてのコンテンツには一貫した価値観があります。
「Study Smart」——根性ではなく、科学的に正しい方法で効率よく学ぶ。
この価値観を共有できる層が、私たちのターゲットです。逆に言えば、「とにかく量をこなせば何とかなる」「苦労することに意味がある」という根性論で課題を解決しようとする層は、私たちのターゲットではありません。彼らを追いかけても、私たちの提供価値とは合致しません。
これは「狭く絞る」とは違います。価値観で絞るのです。結果として、対象となる層は十分に広い。しかし、その層に対しては一貫したメッセージを届けることができます。
第2層:個別の投稿を「課題」で鋭くする
メディア全体は価値観で設計する。しかし、個別の投稿は具体的な課題で鋭くする必要があります。
なぜか。「学びに関心がある社会人」という広いくくりのままでは、個別の投稿が誰にも刺さらないからです。
たとえば、「社会人の勉強法」という汎用的なテーマで投稿しても、スクロールする指は止まりません。しかし、「昇進試験まであと2ヶ月。今から始めて間に合う勉強法」というタイトルなら、該当する人の指は止まります。
ここで重要なのは、「悩み」と「課題(ペイン)」の違いです。
「悩み」と「課題(ペイン)」の違い
- 悩み(弱い):「いつか英語ができるようになりたいな」→ 行動につながりにくい
- 課題(強い):「海外赴任まであと3ヶ月。このままでは評価が下がる」→ 解決策を能動的に探す
汎用的なタイトルは誰も傷つけませんが、誰の心にも届きません。対象を絞ったタイトルは、該当しない人には刺さりませんが、該当する人には深く届く。これが「課題で鋭くする」ということです。
二層構造が生み出す効果——「いざというときの想起」
この二層構造によって、「いざというときに想起される」状態が作られます。
今すぐ英語をやらなければいけない人は限られています。しかし、オウンドメディアやInstagramで「勉強法」「時間管理」「集中力」といったテーマに日常的に接点を持ち、「この会社は、社会人の悩みを科学的に解決してくれそうだ」という認知を蓄積しておく。
すると、ある日「英語が必要になった」瞬間に、「そういえばStudyHackerは英語スクールもやっていたな」と想起される。これが、第3回で解説した「認知の質」であり、純粋想起率の正体です。
オウンドメディアは検索流入で「課題を抱えた人」を集め、Instagramは日常的な接点で「価値観を共有できる人」との関係を維持する。この両輪があるからこそ、「認知の入り口」として機能するのです。

投稿を「顧客の課題」に接続する翻訳技術
二層構造の設計ができたら、次は個別の投稿をどう作るか。
ここで必要なのが、「顧客の課題に接続する言葉」への翻訳です。
目指すべきは、あなたのSNSを顧客にとっての「検索エンジン」のように機能させることです。顧客が自分の課題を言語化したとき、「あ、これ自分のことだ」と感じるコンテンツがある——そういう状態を作ります。
翻訳の具体例
- ❌ We主語(自己紹介):「新機能Aをリリースしました!ぜひお試しください。」
- ⭕ You主語(課題提示と便益):「その会議、本当にムダじゃないですか? あなたの残業が30分減る、新機能Aの活用術。」
前者は、企業が言いたいことを言っているだけです。後者は、顧客の課題(ムダな会議、残業)と、解決策(新機能A)を接続しています。
この翻訳作業こそが、第2回で提示した「運用OS」の企画フェーズで最も時間をかけるべき部分です。商品の機能を並べるのではなく、「この機能は、顧客のどんな課題を解消するのか」を徹底的に言語化します。
翻訳のチェックポイント
投稿を作るとき、以下の問いに答えられるか確認してください。
- この投稿は、誰の指を止めるのか?——「全員」は答えになりません。
- その人は、どんな課題を抱えているのか?——「なんとなく興味がある」では弱い。
- この投稿を見た後、その人はどう感じるか?——「自分のことだ」「保存しておこう」と思わせられるか。
企業SNSの「Study Smart」なターゲット戦略まとめ
企業SNSのターゲット戦略は、二層構造で設計します。
ターゲット戦略の二層構造
- 第1層(メディア全体):価値観で設計する → 広い認知を獲得し、信頼を蓄積する
- 第2層(個別の投稿):具体的な課題で鋭くする → 「自分ごと化」を促し、エンゲージメントを高める
- 結果:「いざというときに想起される」状態が作られる
ペルソナという「属性の羅列」に安心してはいけません。追うべきは、価値観の一貫性と、個別投稿における課題の具体性です。
SNSは「今すぐ買う人の刈り取り」ではなく、「認知の入り口」として設計する。センスや勘に頼るな。ロジックで設計せよ。
「あなたの企業のSNSは、どんな価値観を軸に設計されているか? 個別の投稿は、誰の、どんな課題に応えているか?」
企業SNSのターゲット戦略に関するFAQ
Q. 「ペルソナを捨てろ」とは、顧客像を描くこと自体をやめろという意味ですか?
A. いいえ。捨てるべきは「属性から入るペルソナ思考」です。年齢・職業・趣味といった属性ではなく、「どんな価値観を共有できる層か」「どんな課題を抱えている層か」で設計してください。属性は後から補足すれば十分です。
Q. 価値観で絞ると、対象が狭くなりませんか?
A. 逆です。属性(35歳・女性・IT勤務……)で絞るより、価値観(Study Smartに共感する社会人)で絞る方が、対象は広くなります。かつ、一貫性があるのでブランドとしての認知が蓄積されます。
Q. 個別の投稿を「課題で鋭くする」とは、具体的にどういうことですか?
A. 汎用的なテーマ(例:「勉強法」)ではなく、具体的な状況(例:「昇進試験まで2ヶ月」)を示すことです。「自分のことだ」と感じた人だけが反応する——それでいいのです。
▼ 企業SNS運用の連載記事
- 第1回:企業のSNS運用で「インフルエンサーの真似」が絶対に失敗する構造的理由
- 第2回:企業のSNSに「センス」は不要。「運用OS」で勝つための完全設計図
- 第3回:フォロワー数より「認知の質」。Instagramでセミナー500人を満席にした集客戦略
- 第4回:「ペルソナ」は今すぐ捨てろ。なぜ「売り手の都合」でなく「顧客の課題」にフォーカスすべきか(本記事)
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ここまで、企業SNSの「構造」「運用OS」「認知の質」「ターゲット戦略」を論じてきました。
次回は、いよいよ「コンテンツの設計」に踏み込みます。価値観を軸に、課題で鋭くしたあと、具体的に何を、どう語るか。コンテンツのフォーマット、情報の構造化、そして「保存される投稿」と「スルーされる投稿」を分ける決定的な差について解説します。
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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