ヒット商品をつくるためには、当然ながら企画やコンセプトを生み出すだけでは足りません。実際に、それを「商品」というかたちに変えなければならず、そこでは商品のつくり込みから現場スタッフとのコミュニケーションに至るまで、じつにさまざまな力が求められます。

そこで今回は、数々のベストセラーを生み出している株式会社KADOKAWAの編集者である菊地悟さんに、成功するコンテンツ制作の秘訣を伺いました

■part1『時代の風潮に「カウンター」となる企画で世に一石を投じる』はこちら

構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介

商品の受け手の「感情」にタッチする企画が、コンテンツとして強い力を持つ

ヒットする企画を実際につくっていく過程では、具体的にどのような要素が重要になるのでしょうか。良い企画とダメな企画の差や、ビジネスのジャンルを超えて良い企画に共通する要素はあるのでしょうか。菊地さんは、その問いに対してこのように答えます。

「企画というのは、ビジネスのジャンルによって考え方がちがいますし、市場のあり方や商品のポジショニングによって戦い方もまったく異なってくると思っています。僕の場合は、ノンフィクションというジャンルの書籍が担当。ですから、『時代性』というか『現代性』はどうしても企画に求められる要素になりますね」

出版は多品種少量生産の業界のため、菊地さんは本のテーマによって戦い方を変えているそう。時代の「流れ」を読みながら、そのカウンターとして企画を立てることもあれば、企画をロジカルに組み立てて世の中の流れにうまく乗っていくこともあると言います。

「ただ、やはり多くの人が求めているのは『感情にタッチしてくれる』企画なのではないでしょうか。困っている人や悩んでいる人、苦しんでいる人に助けの手を差し伸べるかたちになったものは、結果としてよく売れているように感じます。たとえば、僕は2017年に『うつヌケ』(著:田中圭一/KADOKAWA)を担当しましたが、この本は作者の田中圭一さんご自身がうつに苦しんだ経験がとても大きく、『一冊の本で救われたわたしが別の人を救う本をつくれないか?』という田中さんの純粋なペイ・フォワードのような精神が結晶化した作品でした。そんな強い思いが、しっかりと作品として結実した商品だったと思います」

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絶対に売れる確信があった『うつヌケ』34万部突破の理由

じつは、菊地さんは『うつヌケ』を制作しているときから、「この本は絶対に売れる」という確信を持っていたそうです。

「作品のすべての要素がヒット商品が備える理想的な要素を持っていると感じたからです。まず、テーマの現代性とその切実さ。加えて、漫画という読者の広がりを持ちえる表現形態であるうえに、田中さんの作風というのは読みやすい“手塚風タッチ“なので、なおさらその良さが生きていました。また、『うつヌケ』は田中さんが考えたタイトルですが、短くてキャッチコピーとしての強さを持ちながら字面を見れば優しくて柔らかい印象を与えています。そして、どういう内容なのか意味もなんとなく伝わりますよね」

そんな作品が持つやさしい印象や安心感を最大限に高めるために、菊地さんは装丁や帯のコピーにも徹底的にこだわりました。編集者たちは、帯のコピーで「これを読まないとまずい!」というように買い手の気持ちを煽るコピーをつくることが多いなか、そのような手法を避けたと言います。

「うつ体験者の方々に取材したレポートマンガなのですが、ご登場いただいた方々のイラストとお名前を並べて、『私もこうして “うつ” をぬけました』と体験談を集めた本なんだという印象を前面に出したパッケージこだわったんです。わたしは山形の田舎出身なのですが、書店で本を買うときにレジで働く方が同級生の母親かもしれないし、親戚の知り合いかもしれないという不安を覚えてしまう。いかにも、『悩んでいます』と商品をレジに持っていくのは正直しんどいんです。それは僕だけではないだろうと、あくまで『この作品は読み物なんだよ』と強調したかったんです。さらに、手に取りやすさを出すために表紙はピンク色を採用し、田中圭一さんの単行本では初めてPP(印刷用紙の表面をコーティングするラミネート加工の一種)もかけていません。なぜなら、PP加工による店頭での光の反射でさえ優しくないニュアンスが出てしまうと思ったからです。届け方をとにかく考えて、それがうまくひとつの商品として構成できた例だと思います」

成功するコンテンツ制作を支えるのは、コミュニケーションの絶対量にある

せっかく細部までこだわった企画や立派なコンセプトがあっても、実際に商品化するときに、チームや現場スタッフとのコミュニケーションで苦労したことがある人も多いかもしれません。ヒット商品として具現化させるときに、必要なコミュニケーションのコツはあるのでしょうか。

「僕は企画のコンセプトを伝えた後は、デザイナーをはじめその道のプロフェッショナルを信頼して基本的におまかせしています。つまり、まず発注側の意図をはっきりさせ、受注側が判断しやすい選択肢を用意したり、もしくは困ったり悩んだりしない状況を先につくるわけです。そして、もしできあがってきたものが最初の意図とちがえば、それは発注者であるぼくのコミュニケーションが下手だったと考えます。コミュニケーションは、あくまで受け手が主導。『あれだけ言ったのに』と言っても、それは伝えきれなかった側のミスだと思っています」

菊地さんにとっての商品である本は、読者とのコミュニケーションの手段でもあります。商品の「届け方」についてスタッフにすらうまく伝えることができないなら、そもそもヒット商品なんてつくれるわけがないと菊地さんは言います。ただ、そうは言っても制作中に「言葉が足りない」などのコミュニケーション不全は起こらないのでしょうか。

「『言葉が足りない』という以前に、ふだんの雑談などで情報のやり取りが多ければ、たとえ言葉が足りなくても意図が通じたり、意味が補完されたりするものです。みなさんも、相手がよく知っている人だったら、『こう言ったけど本当はこんなことを言いたかったんじゃないかな?』と発言の肝を想像することってありますよね。そのため、僕は後輩たちによく『たくさん人に会って普段からたくさん雑談をしよう』と言っています

仕事で効率ばかりを追い求めると、雑談の時間が減ってチームや現場スタッフとのコミュニケーションが噛み合わなくなることもあります。もちろん、ただの無駄話をするのではなく、仕事に関係する雑談にはもっと時間を割いていいのかもしれません。

「別に無理して喫煙所で煙草を吸ったり、飲み会に行ったりする必要はありませんよ(笑)。代わりに、ほかの手段で雑談の機会を自分なりにつくればいいだけです。僕が思うビジネスパーソンに必要なコミュニケーション能力とは、『苦手な人とうまくやる技術』だとも考えています。苦手に感じる人がいても、やっぱり自分から一歩目を踏み出さなければものごとは進みません。その手段はいろいろありますが、『雑談力』はひとつの大きな武器になると考えています」

■part1『時代の風潮に「カウンター」となる企画で世に一石を投じる』はこちら
■part3『右手で売れるものをつくり、左手で売りたいものをつくる』はこちら

【プロフィール】
菊地悟(きくち・さとし)
1980年生まれ、山形県出身。株式会社KADOKAWA 文芸局 角川新書編集長代理。PRSJ認定PRプランナー。横浜市立大学商学部卒業後、角川書店(当時)入社。書籍及び新書の販売企画・マーケティングを手掛け、09年の角川つばさ文庫創刊にともない事業計画立案や宣伝・販促プロモーション分野を担当。10年に書籍編集部に異動し、11年新書『信頼する力』(著:遠藤保仁/11万部)、12年単行本『上昇思考』(著:長友佑都/25万部)、13年新書『自律神経を整える「あきらめる」健康法』(著:小林弘幸/20万部)、14年新書『ひとりぼっちを笑うな』(著:蛭子能収/11万部)などを手掛ける。2017年に刊行した『うつヌケ』(著:田中圭一)は34万部となり(電子書籍含む、2018年3月現在)、同書タイトルはユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。

【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。明治学院大学法学部卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌・ムックの編集に携わる。2009年以後、上場企業の広報・PR媒体およびIR媒体の企画・専門編集に携わりながら、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。