メールはもとより、数多くのSNSの登場もあってコミュニケーションツールは広がり続けています。一方、直接会うか電話くらいしか他人とコミュニケーションする手段がなかった時代に比べると、会話が苦手という人も増えているのではないでしょうか。
そういう時代にあって「雑談力が人生を変える」と断言するのは、約1700社の社員研修を手がける株式会社パンネーションズ・コンサルティング・グループの代表・安田正(やすだ・ただし)さん。雑談力を持っているかどうかで、人生はどのように変わるのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子
人を動かすのはコミュニケーションがすべて
人生というものは、自分を取り巻く人たちが多ければ多いほど豊かになります。それなのに、狭い人間関係のなかに閉じこもっている人もいる。そして、その傾向は、特に若い世代に強いように感じます。理由は、「雑談力」がないから。
雑談とは、コミュニケーションのもっとも初期段階のものです。それがうまくできなければ、当然、人間関係の輪は広がっていきません。狭い範囲の内輪の関係だけに満足して、本来、出会えるはずの楽しい人と出会えないということになる。そんな人生はやっぱりおもしろくないですよね。
ただ、雑談とひとことで言っても種類があります。そのひとつが「無意味な雑談」。雑談という言葉のイメージから、雑談自体に意味があまりないと考える人もいるかもしれませんが、そうではない。意味がある雑談もあるのです。それは、なにかを生み出す雑談と言っていいかもしれません。一方、無意味な雑談はその逆。「なにも生み出さない雑談」ですね。どんなものかというと、時間潰しの雑談です。
時間潰しの雑談の特徴は、互いに相手の話を聞いていないということ。ただ、自分が話したいことに終始してしまう。相手が話し疲れたと思ったら、自分が話したいことをバーっと一気に話しはじめる。そんな人がみなさんの周囲にもいませんか?(苦笑) こういう会話はなんの脈絡も意味もないもの。時間潰しの雑談を続けていたら、いつまでたっても人間関係を広げることはできません。
コミュニケーションをあまり重視しないという人もいますが、わたしは人生においてもっとも重要なもののひとつだと思っています。雑談でコミュニケーションのスタートを切れなければ、ものすごく損な人生を歩むことになる。この取材をはじめるに前に、まずはわたしの秘書が取材スタッフのみなさんにあいさつをしたはずです。そこで「あ、感じがいい人だな」と思われるか、逆に「感じが悪い人だな」と思われるか……。その印象はのちのちまで尾を引くもの。どっちに転ぶか、その鍵を握るのがコミュニケーション、雑談なのです。
わたしの会社は法人向けの社員研修をおこなっています。クライアントの数は、一部上場企業では1700社くらい。ただ、それらの会社がわたしの会社を気に入ってくれているというわけではありません。わたしの会社を気に入ってくれているのは、クライアントの担当者なのです。担当者がわたしの会社を評価してくれれば、その会社全体が動く。そして、その担当者、つまり人を動かすのは間違いなくコミュニケーションです。コミュニケーションがすべてと言ってもいいでしょう。
なぜかというと、人は、嫌いな人の話は聞きたくないからです。逆に好感を持った相手の話は頭に肯定的に入ってくるようになる。自分の話を、相手がすべて肯定的に捉えてくれるか、あるいは否定的に捉えるか。どちらの人生が得か損か、考えるまでもありませんよね。
雑談で周囲の「ウエルカム」を増やせば人生はいいことずくめ!
わたしの場合、雑談力のおかげでずいぶんと得をしてきたと思っています。わたしのオフィスのビルにはロビーに受付とコーヒールームがある。なにも特別なサービスをしてもらうことなどなくとも、雑談を通して仲良くなって「安田さん、おはようございます」と声をかけてもらうだけでも、1日の気分がまったくちがってきますよ。それがずっと続くわけですから、トータルで考えればかなりの得をしていると言えませんか(笑)。
もうひとつ、例を出しましょう。先日、わたしは東京・人形町のとある居酒屋に初めて行きました。ちょっと格式が高めで一見客にはなかなか入りづらい老舗店です。でも、その雰囲気に萎縮しながら食事をするのと、格式の高さをエンジョイして食事をするのでは、楽しめる度合いがまったくちがうものになるじゃないですか。そして、エンジョイするために必要なのが、雑談なのです。
女将と雑談をする。そうして、「この人はいいお客さんだ」と思ってもらえればしめたもの。その晩の女将さんのなかでのプライオリティーが上がって、料理の説明も丁寧になるし、お酒もオーダーすればすぐに出てくるようになる。それこそいいことずくめです。
しかも、雑談はコミュニケーションの初期段階ですから、その影響は今後にも影響を及ぼします。コミュニケーションを取ったということは、言ってみれば女将とわたしはもう友人です。すると、次にその店を訪れたとき、女将からすればわたしはすでに「ウエルカム」の存在になっている。そういう周囲からの「ウエルカム」を増やせば増やすほど、人生は充実したものになるのです。
とはいえ、話すことが苦手だという人もいるでしょう。それどころか、どんなに話し上手な人でも、気の利いたことや相手が思わず聞き入るようなことはなかなか話せるものではありません。では、雑談が上手な人はどうしているかというと、「話すことより聞くことを意識」しているのです。割合としては、「話す」が2、「聞く」が8というところでしょうか。
相手が話しているときは、「こういう話なら自分もちょっとおもしろいことを追加して話せる」というタイミングまで待つのです。そして、「うんうん」とうなずいて話を聞きながら、「この人が本当にしゃべりたいことはなんだろう?」「理解してもらいたいことってなんだろう?」と考える。きちんと相手の話を聞いて、そういう相手の願望を察知できたとしたらどうでしょう? 相手に好感を持ってもらうことができ、コミュニケーションのスタートとしてすごくいいものになるはずです。
【安田正さんのほかのインタビュー記事はこちら】 「落語」が雑談力アップに効く意外な理由。どうすれば “超一流の雑談力” が身につくのか? 朝のエレベーターでは必ず挨拶をしなさい——自分が最高に得する「気くばり」のしかた。
【プロフィール】 安田正(やすだ・ただし) 1953年8月6日生まれ、宮城県出身。23歳のときのイギリス留学でコミュニケーション力の重要性に気づき、神奈川大学卒業後、英会話学校の営業としてコミュニケーション力を磨く。その後、兼松パーソネル・サービス国際文化事業部部長を経て、1990年に法人向け研修会社・株式会社パンネーションズ・コンサルティング・グループを設立。現在、早稲田大学グローバルエデュケーションセンター客員教授、一般財団法人コミュニケーション・マイスター協会代表理事も務める。『超一流の雑談力』(文響社)、『できる人は必ず持っている一流の気くばり力』(三笠書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】 清家茂樹(せいけ・しげき) 1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。