
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【準備中】
街を歩いていて、女性のヒールの「赤い靴底」がちらりと見えた瞬間、あなたは無意識に「あ、ルブタンだ」と認識します。電車の中で、誰かの耳から伸びる「白いイヤフォン」を見て、「Appleユーザーだな」と瞬時に判断します。
なぜ私たちは、ブランド名が見えなくても、その製品が「何か」を一瞬で理解できるのでしょうか。
結論から言うと、これは偶然ではありません。「遠くからでも一目でそれと分かる」という視認性は、極めて計算された強力なマーケティング装置なのです。
- 視認性が生む「動く広告塔」という発明
- 「頻度バイアス」が生む錯覚——実際より普及しているように見える
- 社会的証明——「みんなが使っている」の購買心理
- 「記号」は所有者のステータスを定義する
- 新人マーケターへ——この原理を「知っておく」意味
- よくある質問(FAQ)
視認性が生む「動く広告塔」という発明
ルブタンの靴底が赤い理由。Appleのイヤフォンが白い理由。どちらも「なんとなくおしゃれだから」ではありません。
これらのデザインには、ある共通点があります。それは、「使用者自身が、無自覚のうちに広告塔になる」という設計思想です。
ルブタンは靴の「裏側」という、本来は誰にも見えない場所に赤を塗りました。しかし、歩くたびに靴底は見えます。階段を上るとき、足を組んだとき、その赤は周囲の目に飛び込んでくる。
Appleも同様です。2001年に初代iPodが発売されたとき、イヤフォンのケーブルは「白」でした。当時、他社のイヤフォンはほぼすべて黒。白いケーブルが耳から伸びているだけで、「あの人はiPodを持っている」と一目で分かったのです。
つまり、これらのブランドは製品を購入した瞬間から、ユーザーを「歩く広告」に変えてしまう仕組みを設計していたのです。テレビCMを打たなくても、街中にブランドの「記号」が溢れる。これほど費用対効果の高いマーケティングはありません。

「頻度バイアス」が生む錯覚——実際より普及しているように見える
ここで重要なのが、「頻度バイアス」という心理現象です。
人間は、目にする回数が多いものを「たくさん存在している」と錯覚します。実際の普及率とは関係なく、「よく見かける=流行っている」と脳が判断してしまうのです。
ルブタンの赤い靴底は、その強烈な視認性ゆえに、一度見たら記憶に残ります。そして、街で何度か見かけるうちに、「最近、ルブタン履いてる人多いな」という印象が形成される。実際には5000人に1人しか履いていなくても、「みんな履いている」ように感じてしまう。
Appleの白いイヤフォンも同じです。電車の中で白いケーブルを見かけるたびに、「Apple製品を使っている人が多い」という印象が強化される。
視認性の高いデザインは、「実際よりも普及しているように見える」という錯覚を生み出す。
この錯覚こそが、次に説明する「社会的証明」の土台になります。
社会的証明——「みんなが使っている」の購買心理
マーケティングにおいて、「社会的証明(Social Proof)」は最も強力な武器のひとつです。
社会的証明とは、簡単に言えば「他の人がやっていることは、正しいに違いない」という心理のこと。人間は、自分で判断するコストを減らすために、周囲の行動を参考にします。
たとえば、行列のできているラーメン屋と、ガラガラのラーメン屋があったら、行列の方を選びがちです。「あれだけ人が並んでいるのだから、おいしいに違いない」と判断するからです。実際に食べたわけでもないのに。
ルブタンとAppleは、この社会的証明を「視認性」によって自動的に発生させる仕組みを作りました。
| 要素 | 仕組み | 効果 |
|---|---|---|
| 視認性 | 遠くからでも一目で分かるデザイン | 認知の機会を最大化 |
| 頻度バイアス | 目立つから記憶に残りやすい | 「よく見かける」印象を形成 |
| 社会的証明 | 「みんな使っている」と錯覚 | 購買の心理的ハードルを下げる |
結果として、「あのブランドを選んでおけば間違いない」という安心感が生まれます。購買における検討コストが下がり、意思決定が加速する。これが、視認性がもたらす最大の恩恵です。
「記号」は所有者のステータスを定義する
視認性には、もうひとつ重要な機能があります。それは「シグナリング(記号化)」です。
赤い靴底を履いている女性は、周囲に対して「私はルブタンを買える経済力と、それを選ぶセンスがある」というメッセージを発信しています。白いイヤフォンをつけている人は、「私はAppleというブランドの世界観に共感している」というシグナルを送っている。
つまり、製品は「機能」だけでなく、「所有者が何者であるかを周囲に伝える記号」としても機能するのです。
このシグナリング効果があるからこそ、ユーザーは「広告塔になること」を嫌がりません。むしろ、自分のステータスを表現する手段として、積極的にその記号を見せたがる。ブランドとユーザーの利害が一致する、見事な設計です。
新人マーケターへ——この原理を「知っておく」意味
ここまで読んで、「うちはルブタンでもAppleでもないから関係ない」と思った方もいるかもしれません。
たしかに、新人のあなたが今すぐブランドの「記号」を設計する機会は少ないでしょう。しかし、この「視認性による社会的証明」の原理を知っておくことには、大きな意味があります。
たとえば、上司やクライアントが「なぜこのロゴの配置なのか」「なぜこの色なのか」を議論しているとき、その背景にある戦略を理解できるようになります。あるいは、競合ブランドを見たときに「なぜあの会社の製品は、一目でそれと分かるのか」を分析できるようになります。
マーケティングの仕事は、すべてを自分で決めることではありません。優れた意思決定がなされたとき、「なぜそれが正しいのか」を理解できること。それが、あなたの成長を加速させます。
いつか、ブランドの根幹に関わる仕事を任されたとき、今日知った「視認性」という武器を思い出してください。広告費に頼らず、ユーザー自身がブランドを広めてくれる仕組み。その設計思想を、あなたは知っています。

【本記事のまとめ】
1. 視認性は「動く広告塔」を生む
ルブタンの赤い靴底、Appleの白いイヤフォンは、ユーザーを無自覚の広告塔に変える設計。
2. 頻度バイアスで「普及している」錯覚が生まれる
目立つデザインは記憶に残りやすく、実際より多く存在しているように感じさせる。
3. 社会的証明が購買を加速させる
「みんなが使っている」という認識が、検討コストを下げ、意思決定を後押しする。
4. 記号は所有者のステータスを定義する
製品は機能だけでなく、「自分が何者か」を周囲に伝える記号としても機能する。
5. この原理を「知っておく」意味
今すぐ設計する機会はなくても、優れた意思決定の背景を理解できる力が、成長を加速させる。
よくある質問(FAQ)
視認性を高めるデザインは、ダサくなりませんか?
視認性と美しさは両立できます。ルブタンの赤もAppleの白も、洗練されたデザインの一部として機能しています。重要なのは「目立つ=派手」ではなく、「一目で識別できる」こと。シンプルでも、一貫性のある記号があれば十分です。
BtoBビジネスでも視認性は使えますか?
使えます。たとえば、展示会でのブースデザイン、営業資料の表紙、社用車のラッピングなど、「見た瞬間に御社だと分かる」要素を設計できます。オフィスに届く段ボールの色を統一するだけでも、認知の積み上げになります。
すでにブランドカラーがありますが、変えるべきですか?
変える必要はありません。既存のブランドカラーを「どこに、どう配置するか」を見直してください。ロゴの位置、パッケージの面積、製品のどの部分に色を使うか。同じ色でも、視認性は配置で大きく変わります。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
- 第1回:ルブタンの靴底はなぜ赤く、Appleのイヤフォンはなぜ白いのか?(本記事)
- 第2回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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