「百聞は一見にしかず」は、とてもなじみ深いことわざですね。「人から話を聞いてわかった気になるのではなく、何事も自分で体験してみることが大事だ」と、行動やチャレンジを後押しするときに使われます。
「百聞は一見にしかず」の意味と、この考え方を仕事や勉強で活かす方法をご紹介しますね。
「百聞は一見にしかず」の意味
まずは「百聞は一見にしかず」という言葉の概要を確認しましょう。
意味
『広辞苑 第六版』は「百聞は一見にしかず」を次のように説明しています。
何度も聞くより、一度実際に自分の目で見るほうがまさる。
あなたが「フロランタン」という洋菓子を知らないとします。「生クリーム、水あめ、蜂蜜、バター、砂糖などを煮詰め、アーモンドスライスを加えて焼いたものだよ」と説明されても、ピンと来ませんよね。
しかし、このような写真なら一目瞭然。「なるほど、これがフロランタンか」と瞬時に理解できますよね。
言葉で説明されるより、実物や写真、イラストなどを見るほうが、速く正確に理解できるもの。物体の外観や構造はもちろん、目に見えない抽象的な情報も、図解なら理解がスムーズです。目に見える情報を重視する考え方は、仕事や勉強など、あらゆる場面に応用できます。
語源
「百聞は一見にしかず」の語源は、2,000年ほど前の中国で編纂された『漢書』の一節「百聞不如一見、兵難隃度」です。書き下すと「百聞は一見に如かず、兵は隃かにして度り難し」。戦の前線の様子ははるか遠くにあってよくわからないので、伝聞で様子を知るより直接見たほうがよい……という意味です。
戦争中に重要な意思決定をするときは、聞き伝えの不完全な情報に頼らず、将軍自らの目で戦況を確かめるのが一番。ここから「百聞は一見にしかず」という故事成語が生まれたのです。
「百聞は一見にしかず」に関連する言葉
「百聞は一見にしかず」への理解を深めるため、類語と対義語も見てみましょう。
類語
「百聞は一見にしかず」と意味が似ている言葉には、次のようなものがあります。
論より証拠
「論より証拠」は、「真実を明らかにするには、議論を交わすばかりではなく明白な証拠を示すことが大切だ」という意味。「議論」と「証拠」が対比されているためニュアンスは異なりますが、「百聞は一見にしかず」と同様の文脈で使われることが多いことわざです。
千分一見にしかず
使われる機会は少ないものの、「千分一見にしかず」という表現もあります。「百聞は一見にしかず」とまったく同じ意味です。
seeing is believing
「百聞は一見にしかず」に相当する英語のことわざが「seeing is believing」です。直訳すると「見ることは信じること」。何かを信じるには自分の目で見るのが一番だ……という意味です。
対義語
「百聞は一見にしかず」とおおよそ反対の言葉は、「耳を信じて目を疑う」でしょうか。「人は自分の目で見たことを信じずに、他人から聞いたことに流されることがある」という意味のことわざです。
映画を観て、「おもしろいなぁ!」と感じたとします。しかし、インターネット上でレビューを検索してみると、ネガティブな感想であふれていました。こんな場合、「自分の感じ方が間違ってたんだ」と思ってしまう人もいるのでは? これが「耳を信じて目を疑う」です。
厳密な対義語ではありませんが、「見たことより聞いたことを優先する」という意味で、「百聞は一見にしかず」の反対と言えるでしょう。
「百聞は一見にしかず」が合理的な理由
「百聞は一見にしかず」は、単なることわざに留まらず、実生活に応用できる合理的な教えと言えるでしょう。視覚情報は言語情報に比べ、4つの点で優れているからです。
すばやく把握できる
言語から情報をインプットするより、写真、映像、イラスト、図などを利用するほうが、物事をすばやく理解できるものです。
言葉には、伝達に時間を要するという弱みがあります。言葉は情報を「時間的」に伝える媒体です。人間が1分間に読めるのは約600文字で、聞き取れるのは約800文字。あるトイプードルの詳細な姿を1,000字で説明するなら、1~2分かかります。
しかし、トイプードルの実物や写真を見れば、色や大きさ、毛並み、しっぽの形、表情など、すべての情報をものの1秒で把握できますよね。視覚情報は、伝達に時間を要さない「空間的」な媒体だからです。
言葉が1秒で伝えられるのは、10~13文字程度。せいぜい「毛が茶色くてカールしている」くらいしか伝えられません。こうして比べると、視覚情報の含む情報量の多さが実感できますね。
もちろん、言葉だからこそ伝えられる情報もたくさんあります。しかし、「一定時間で伝えられる情報量」という観点からすれば、「百聞は一見にしかず」はひとつの真理と言えるのです。「マンガで読む○○」や動画学習が人気なのも、目で見たほうが手っ取り早く理解できるからでしょう。
正確に理解できる
言葉は視覚情報に比べ、伝達精度が不完全なのも弱みです。言葉は受け手の想像力に頼る媒体。「トイプードル」と聞いて描くイメージは人によって違いますし、誤って「ポメラニアン」を思い浮かべる人もいるでしょう。「受け手の想像力に委ねる」という性質上、言葉は誤解を生みかねないのです。
写真などの視覚情報なら、このような誤解は格段に少なくなります。感じ方や解釈に差があるとはいえ、見た人が同じイメージを共有できるからです。トイプードルとポメラニアンを取り違えるような誤りは起きにくいでしょう。
情報伝達の正確さも、視覚情報ならではの強みなのです。
記憶に残りやすい
耳で聞いた情報より、目で見た情報のほうが記憶に残るものです。その根拠は、アイオワ大学心理学部助教授、エイミー・ポレンバ氏らによる2014年の論文。
論文に掲載された実験では、被験者を3種類の方法で2回ずつ刺激しました。
- 聴覚刺激(音を聞かせる)
- 視覚刺激(画像を見せる)
- 触覚刺激(振動を感じさせる)
ふたつの刺激が同じかどうか判別させたところ、聴覚刺激の正答率は視覚刺激・触覚刺激より低かったのです。
◆刺激の判別精度(刺激の間隔が32秒の場合)
- 聴覚刺激:61.8%
- 視覚刺激:78.3%
- 触覚刺激:78.8%
聴覚情報は、視覚情報・触覚情報より曖昧になりやすいことがわかりました。「百聞は一見にしかず」が立証されたと言えるでしょう。
信頼性が高い
自分の目で直接見たものは、人づての情報と違い、誰かの意見や解釈が混じっていません。純度の高い「一次情報」です。自分で目たものはすべて真実、とまでは言いませんが、非常に信頼性の高い情報ソースではあるでしょう。
本を読んだり人に話を聞いたりするのも大切です。しかし、その情報に間違いがまったくないか、提供者がウソをついていないかを確かめるのは、ほぼ不可能でしょう。
その点、見間違いや幻覚を除き、自分の目は基本的にウソをつきません。真偽不確かな情報に惑わされないためには、「百聞は一見にしかず」の精神をもち、自分の目で確かめるよう心がけましょう。
「百聞は一見にしかず」の教えを活かす方法
「百聞は一見にしかず」の教えは、仕事や勉強に応用できます。これからお教えするので、ぜひ試してみてください。
実際に体験する機会を増やす
繰り返しますが、自分の目で直接見ることで、スピーディーかつ正確に情報を把握できます。
新しい業務を覚える場合、文字だけのマニュアルを読んだり言葉で説明されたりするだけでは、なかなか納得できないはず。先輩などお手本になる人の仕事ぶりをよく観察し、視覚から学びましょう。
脳科学者の篠原菊紀氏によれば、実体験のように鮮明なイメージを描くことでも、記憶効率が高まるそう。実体験だけでなく、イメージトレーニングも効果的なのです。資格試験に必要な知識を覚えるなら、仕事のどんな場面で、どのようにその知識を使うか具体的に想像してみましょう。
◆例
- 業務の流れを覚えたい
→先輩の働きぶりを観察する、実際に手を動かしてみる、イメージトレーニングする - 資格試験の知識を覚えたい
→実際にその知識を使ってみる、イメージトレーニングする - パソコンソフトの使い方を覚えたい
→実際にソフトを動かしてみる、イメージトレーニングする
写真や図でイメージをつかむ
情報をインプットするときは、なるべく写真や図を見て理解を深めましょう。文字を読んだり話を聞いたりするだけに比べ、より具体的にイメージできます。
◆例
- 業務の流れを覚えたい
→業務フロー図を見る、作業の過程を写真・動画に収める - 資格試験の知識を覚えたい
→図解・イラストが多い参考書を買う、画像検索してみる - パソコンソフトの使い方を覚えたい
→図解・画像が豊富な解説書を買う、画像が豊富な解説サイトを探す
図やイラストを描いて整理する
『武器としての図で考える習慣 「抽象化思考」のレッスン』(東洋経済新報社、2020年)を著した筑波大学教授・平井孝志氏は、図を描きながら考えることが「思考力をパワーアップさせる」と述べています。
私たちは考えているとき、物体や風景の映像を思い浮かべ、頭のなかで動かしたりつなげたりしているもの。自由について考える場合は「気ままに遊ぶ子ども」を、プライドについて考えるなら「プライドが高い人の言動」を連想しませんか?
「図を描く」とは、そうした脳内イメージを紙に転写し、目に見えるようにすること。頭のなかだけのイメージは消えてしまいますが、図にすれば失われないため、安心して思考を広げていけます。いったん紙に描けば、描き換えたり動かしたりも容易です。
勉強が難しく理解できないときや、いいアイデアが浮かばず困ったときは、
- 表
- グラフ
- 相関図
- フローチャート
- イラスト
……などで思考をビジュアル化しましょう。平井氏によれば、キーワードを線でつなげるだけの単純な図でも十分だそうですよ。
動画を見て学ぶ
視覚情報は理解しやすく記憶に残りやすいため、動画を利用するのは効果的な勉強法です。
- 大学などの教育機関
- 塾
- テレビ局・映像制作会社
- 一般人
……など、さまざまな団体・個人が動画コンテンツを公開しています。あらゆるジャンルを動画で学べる、便利な時代です。特に初心者にとって、その分野の概要をつかみたいとき、たいへん便利ですよ。
ただし、一般人による動画の場合、情報が誤っている可能性もあります。内容をうのみにせず、必ずテキストや文献で確認してください。
ビジュアルで説明する
人に説明する際にも「百聞は一見にしかず」の教えが活きます。言葉だけでなく、実物や写真、図などを織り交ぜることで、ぐっと伝わりやすくなりますよ。
顧客に商品を説明する場合、実物があると使用感をイメージしてもらいやすいですよね。グラフや表で商品のスペックを表現することもできます。
後輩や部下に仕事を教えるときも、口頭で説明するだけより、お手本を見せてあげたほうが早いでしょう。テレアポ(テレフォンアポイントメント)の業務を教えるなら、あなたが顧客に電話をかける様子を見てもらえばいいのです。お手本を見せたあとなら、細かい説明も理解してもらいやすくなります。
軍人・山本五十六の名言に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」があります。「百聞は一見にしかず」は、時代を問わず通用する、普遍的な教えなのです。
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「百聞は一見にしかず」を活かす方法を5つご紹介しました。ぜひ今日から、勉強や仕事で活用してみてくださいね。
(参考)
コトバンク|フロランタン
「百聞不如一見」, 心理学ワールド, 2012年4月号, pp.30-31.
コトバンク|論より証拠
コトバンク|千分一見に如かず
goo辞書|「Seeing is believing.」の意味
コトバンク|耳を信じて目を疑う
速読情報館|「聞く」「話す」「読む」「書く」速さはどのくらい?
Pen Online|視覚情報をいかすには何が必要か? 脳科学者、茂木健一郎が語る、視覚と脳の不思議な関係とは。
Bigelow, James and Amy Poremba (2014), "Achilles’ Ear? Inferior Human Short-Term and Recognition Memory in the Auditory Modality," PLoS ONE, Vol. 9, No. 2.
篠原菊紀 監(2015),『脳科学が教えてくれた 覚えられる 忘れない! 記憶術』, すばる舎.
東洋経済オンライン|「図で考えるとき」に「パワポ」がNGな根本理由
東洋経済オンライン|残念な部下が「自発的に動く」ようになる対話術
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。