「勉強がはかどる理想的な体調がある」。そう提唱するのは、脳の機能を活かした人材開発を行なう作業療法士の菅原洋平(すがわら・ようへい)さん。私たちには活動する神経系の違いにより5つの体調があり、その体調の違いが勉強のはかどり具合を左右しているのだそう。では、どうすれば勉強がはかどる理想的な体調に自分を導くことができるのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
勉強のはかどり具合を左右する5つの体調
勉強のはかどり具合は、体調によって大きく左右されます。私は、「ポリヴェーガル理論」という脳や神経系に関する理論をもとに、それらの体調を5つに分けて考えています(『勉強がはかどる “体調” を科学的に解明。「勉強できない」のは神経状態が勉強に適していないだけ』参照)。そして、それぞれの体調の内容に合った名称をつけました。
【5つの体調と勉強の出来具合の関係図】
◆ 体調1「信頼モード」
「腹側迷走神経系(お腹側の副交感神経)」「交感神経系」「背側迷走神経系(背中側の副交感神経)」という3つの自律神経のうち、生物としての進化の過程における最も新しい腹側迷走神経系が、ほかのふたつの活動を抑制している状態です。腹側交感神経系は、「人との信頼関係」や「社会的な自分の立ち位置」といったものによって交感神経系をコントロールしている階層であるため、自分の勉強していることが社会とつながっていることを自覚できたり、誰かの役に立っていると感じられたりする状態で、勉強する意義を自然に見いだすことができます。
◆ 体調2「探求モード」
腹側迷走神経系と、勉強に関することなら「競争」といった場面で働く交感神経系が入れ替わりながら働き、知らない情報との出会いに驚き、気分が高揚して夢中になって勉強ができる状態です。そうして得た知識が自分のものになると、自分の言動に変化が生まれ、成長を実感できます。
◆ 体調3「競争モード」
腹側迷走神経系の抑制が外れ、交感神経系の活動が前面に出ている状態で、緊張感が高まり、「競争相手に負けられない」「締切に間に合わないかもしれない」といった焦りや不安が原動力となっています。このモードでも勉強に対するやる気は生まれますが、短期的な作用であり長続きはしません。受験のような短期的な場面であれば大きな力となりえますが、社会人にとっての勉強は周囲を蹴落とすようなものではありませんし、長く続けていく必要がありますから、この競争モードでの勉強は社会人に向いているとは言えません。
◆ 体調4「恐怖モード」
交感神経系の抑制が外れて、背側迷走神経系の活動が前面に出ている状態です。背側迷走神経系は、進化の過程における古い神経系であり、「安全を確保する」「生命を維持する」といった働きを担います。このモードでは、たとえば子どもの頃で言えば「宿題を忘れたら廊下に立たされる……」といった「罰」を回避しようという行動指針が築かれます。そのため、勉強をするにも「罰」や「ご褒美」を設定するようになる。「勉強しなければ、好きなお菓子を食べられない」「勉強したら、ご褒美のお菓子を食べられる」という具合です。
◆ 体調5「保護モード」
体調4と同じく背側迷走神経系の活動が前面に出ている状態です。生存本能が優先されて「自分の安全の確保さえできていればいい」と考えますから、「リスクを避けること」が行動指針になります。そのため、「勉強をしても身にならないかもしれないから、やめておく」といったように、なんの学習意欲も湧きません。
わざわざ勉強がはかどらない体調に自分を導く「癖」に注意
すでにおわかりかと思いますが、社会人にとって有用な勉強をすることができるのは、体調1の信頼モードと、体調2の探求モードです。
しかし、先にご褒美の例を挙げたように、わざわざ自分を体調4の恐怖モードに導こうとしている人もいます。また、みなさんのなかに、「どうせ自分は締め切り間近にならないと勉強や仕事がはかどらない」と思っている人はいませんか? これは、わざわざ自分を体調3の競争モードに導いている例です。
そういう人は、「こんなシチュエーションならやる気になった」という過去の経験に行動を左右される「癖」が身についていると言えます。でも、それではもったいない。最も勉強がはかどる体調1の信頼モード、体調2の探求モードを目指しましょう。私たちが勉強に臨むときの体調は、多くの場合、自分自身で用意した環境によって決まりますから、体調1の信頼モードや体調2の探求モードに自分を導ける環境をつくることが大切になります。
そのためにも、まずは下のYES/NOチャートを使って自分の「癖」を知りましょう。これは、普段の自分が「何を原動力に勉強しているか」「どのモードで勉強をしがちか」を判別するためのものです。
【「勉強の原動力」判別チャート】
勉強したときの状況を言語化して自分を客観視する
結果はどうでしたか? 体調1の信頼モード、体調2の探求モードだった人はなんの問題もありません。そのままのスタイルで勉強を続けていけば、いずれ大きな成果を生むことができると思います。
では、体調3・4・5に当てはまった人が、自分を体調1・2に導くにはどうすればいいでしょうか? そうするためには、何より「自分を客観視する」ことを意識してください。
まずクリアすべきは、自分を客観視し、わざわざ自分を体調3・4・5に導くようなことをしてしまっている事実を知ること。先のチャートはその助けになります。そういう意味では、チャートを実践したみなさんは第1段階をクリアしたと言っていいでしょう。
そのあとは、自分が体調1・2になったときの状況をできるだけ詳しく知ることです。先の例のように、「自分はご褒美を設定しないと勉強できない」と思い込んでいるような人であっても、過去には体調1・2で勉強に臨んだことも必ずあるはずです。それがどんな状況だったのかを知るため、勉強したときの状況をきちんと言語化することを習慣づけるといいと思います。
誰かと一緒に勉強をしていたのか、どんな姿勢だったのか、音楽を聴いていたのか、飲み物は飲んでいたのか……。状況を左右する要素には、さまざまなものがあります。それらのうちどれかが、あなたを体調1・2に導くための重要な鍵かもしれません。
その鍵を見つけるためのポイントは、「いつもやっていたことなのにやらなかったこと」か、逆に「いつもやっていなかったことなのにやったこと」です。いつもより勉強がはかどったときのシチュエーションを振り返ったとき、普段と何も変えていないつもりだったのに、よく考えるといつものコーヒーではなく水を飲んでいた——。そんなこともあるかと思います。自分を体調1・2に導く鍵は、そういった部分に隠されているのです。
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【プロフィール】
菅原洋平(すがわら・ようへい)
1978年8月30日、青森県生まれ。作業療法士。ユークロニア株式会社代表。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許を取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーション業務に従事。その後、脳の機能を活かした人材開発を行なうビジネスプランをもとにユークロニア株式会社を設立。現在、東京・ベスリクリニックにて外来を担当する傍ら、企業研修を全国で展開している。『働く人の疲れをリセットする 快眠アイデア大全』(翔泳社)、『すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法』(文響社)、『脳をスイッチ! 時間を思い通りにコントロールする技術』(CCCメディアハウス)、『超すぐやる! 「仕事の処理速度」を上げる“科学的な”方法』(文響社)、『脳と睡眠の仕組みでみるみるヤセる! ストレス0(ゼロ)ダイエット』(詩想社)、『脳もデスクも超スッキリ! スゴい片づけ』(すばる舎)、『朝イチのメールが残業を増やす』(日経BP)、『脳に任せるかしこい子育て』(すばる舎)、『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』(ワニブックス)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。