あるスポーツを得意になろうと思えば、そのスポーツに適した体をつくるべく必要なトレーニングをします。では、バリバリと勉強できるようになりたいと思った場合、どうすればいいのでしょうか。
「スポーツの場合と同じように、勉強に必要な体をつくればいい」と語るのは、脳の機能を活かした人材開発を行なう作業療法士の菅原洋平(すがわら・ようへい)さん。そして、その「勉強ボディー」をつくるには、「3つの感覚」に注目することが重要なのだそう。詳しく話をうかがいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
勉強に適した体をつくれば、勉強ができるようになる
バリバリと「勉強できる人」と「勉強できない人」——その違いは、どんなところにあるのでしょうか? 多くの人は、心理的な面など、ぼんやりと実体の見えない部分に違いがあると考えると思います。でも、私はそう考えません。
登山が好きな人が登山に必要な筋肉を鍛えたり、水泳が好きな人が水泳に必要な筋肉を鍛えたりして、いわば「登山ボディー」や「水泳ボディー」をつくるように、勉強に適した「勉強ボディー」さえつくれば、誰もが勉強できる人になれると考えているのです。
その勉強ボディーをつくるには、「外受容感覚」「固有感覚」「内受容感覚」という3つの感覚が必要です。
【「勉強ボディー」をつくる3つの感覚】
- 外受容感覚:体の外部からの刺激
- 固有感覚:自分の体の動き。姿勢
- 内受容感覚:体の内部からの刺激
1つめの外受容感覚とは、視覚や聴覚、触覚など、体の外部からの刺激のこと。2つめの固有感覚は、関節を動かす筋肉から送られる感覚のことで、簡単に言えば「姿勢」です。最後の内受容感覚は、心臓の鼓動や肺の膨らみ、胃の圧迫感など、体の内部からの刺激です。
これらのうち、固有感覚と内受容感覚は普段あまり意識するものではありませんよね。でも、体を動かすには、これら3つの感覚がしっかりそろうことが欠かせません。なぜなら、脳は3つの感覚データを受け取り、「いまの自分はこういう状態だ」「ならば次はこう動こう」という司令を出しているからです。
姿勢が悪いと、脳は次の行動の計画を立てられない
なぜこれら3つの感覚が勉強ボディーをつくるために欠かせないのか——。それは、単純に体を動かすことと同様に、勉強をするために3つの感覚データが必要だからです。
もし、それらの感覚が不足していたとしたらどうなるでしょう? 固有感覚を例にとってみた場合、勉強や仕事をするときに、椅子からずり落ちそうなほど浅く腰かけて脚を組んでいる人がいるとします。そんな姿勢では、重力をきちんと感じられず、自重が関節にどれくらいの圧力をかけているかといった情報が脳に入ってきません。
すると脳は、どれくらいの筋力を使って次の作業を成立させるべきかという計画を立てられないのです。計画できないのですから、その行動はあやふやなものになります。こんな状態では、勉強がはかどるはずもありません。
このことは、ものづくりや楽器に親しんでいる人にはわかりやすい感覚ではないでしょうか。陶芸をするにもギターを弾くにも、正しいフォームでないとうまくできないことは明白です。勉強もまったく同じなのです。
いまは、仕事はもちろん勉強をするにもタブレットやスマホなどデジタル機器を使うことが増えています。「デジタル機器ならどんな姿勢でもできる」と思いがちですが、そうではありません。脳は、姿勢などの感覚データを受け取り、先の動きが最適だったのか、何か間違いはなかったのか、次はどう動くべきかと考えます。そのため、たとえデジタル機器を使う勉強であっても、脳に送られる感覚データによってその精度が左右されるのです。
もちろん、姿勢はほんの一例です。いま、3つの感覚が学習効果に与える影響についての研究が進んでいます。外受容感覚で言えば、物を片づけて視覚情報を減らすと学習効果が高まるとか、内受容感覚なら、腸内環境が整っている人ほど学力が高いといった研究結果があります。
自分自身との対話を続け、勉強ボディーを強化する
では、みなさんが勉強ボディーをつくり上げるための方法を、3つの感覚それぞれについてひとつずつ紹介します。
まず、固有感覚を活かすためにおすすめするのが、「ウエートブランケット」とか「加重ブランケット」と呼ばれる、少し重い毛布です。これを膝にかけると、普段より筋肉を使うぶん、覚醒レベルが上がります。そのため、勉強がはかどるようになるのです。
外受容感覚を活かすなら、先にもお伝えした、机のまわりを片づけて視覚情報を減らす方法がおすすめです。そうすれば、目の前の取り組むべき課題とは関係ないものに注意を奪われることなく、勉強がはかどるようになるでしょう。
最後に内受容感覚についてですが、いまなら水分をこまめに補給することをおすすめします。コロナ禍のなか、マスクをしているために口や喉の渇きを感じられず、無意識のうちに脱水状態に陥っている人が増えています。あるいは、職場ではお茶を飲んでいたのに、リモートワークではお茶を飲まないという人も。
そのように水分を十分に摂取できていないと、脳に栄養素を運ぶ血流量も減ることになりますから、それだけ脳の働きは鈍くなる。当然、このことは勉強のはかどり具合に対して大きなマイナスになりますから、しっかり水分補給することを意識しましょう。
もちろん、ここで紹介した方法がすべての人に合うわけではありません。極端な例を挙げれば、それこそ椅子からずり落ちそうな姿勢のほうが、勉強がはかどるという人もいるでしょう。
大切なのは、自分自身との対話です。普段と異なる姿勢をとったり、いろいろな服装で勉強してみたりして、そのときどきにどんな感じで勉強に臨めたのかを振り返るのです。そうして、自分に合うものを増やして再現していくことで、みなさんの勉強ボディーはどんどん強化されていくと思います。
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【プロフィール】
菅原洋平(すがわら・ようへい)
1978年8月30日、青森県生まれ。作業療法士。ユークロニア株式会社代表。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許を取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーション業務に従事。その後、脳の機能を活かした人材開発を行なうビジネスプランをもとにユークロニア株式会社を設立。現在、東京・ベスリクリニックにて外来を担当する傍ら、企業研修を全国で展開している。『働く人の疲れをリセットする 快眠アイデア大全』(翔泳社)、『すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法』(文響社)、『脳をスイッチ! 時間を思い通りにコントロールする技術』(CCCメディアハウス)、『超すぐやる! 「仕事の処理速度」を上げる“科学的な”方法』(文響社)、『脳と睡眠の仕組みでみるみるヤセる! ストレス0(ゼロ)ダイエット』(詩想社)、『脳もデスクも超スッキリ! スゴい片づけ』(すばる舎)、『朝イチのメールが残業を増やす』(日経BP)、『脳に任せるかしこい子育て』(すばる舎)、『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』(ワニブックス)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。