覚えても、すぐ忘れる人が増えている。生成AI時代に記憶の専門家がすすめる「朝1分」習慣

池田義博さん

「朝1分で記憶力が伸びる」と聞くと、にわかには信じがたいかもしれません。しかし、「記憶競技」で世界レベルの結果を残してきた池田義博さんは、その効果を断言します。ポイントは、特別なトレーニングというわけでなく、脳の「使い方」を変えることにあるといいます。情報に追われる現代人の記憶力を底上げする、シンプルで再現性の高い習慣とはどのようなものなのでしょうか。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

【プロフィール】
池田義博(いけだ・よしひろ)
一般社団法人記憶工学研究所代表理事/所長。大学卒業後、エンジニアを経て学習塾を経営。2011年に記憶法(アクティブ・ブレイン)と出会い、脳の使い方を学ぶ。それ以降、人間の持つ「脳力」の可能性に興味を持ち、独自にさまざまな記憶法を極める。2013年、「記憶力日本選手権大会」に挑戦し、初出場で優勝し記憶力日本一となる。この年から2019年まで、出場した6度の同大会すべてで優勝という前人未踏の快挙を達成(2016年は不参加)。また、2013年にロンドンで開催された世界記憶力選手権において課題をすべてクリアし、日本人初の「記憶力グランドマスター」の称号を得る。記憶力・脳力開発の研究を進め、2021年、一般社団法人記憶工学研究所を創設。自身の経験から独自メソッド「IP記憶法」を開発し、その普及のために活動している。『速習英単語2100』(SBクリエイティブ)、『読むだけで記憶力が高まるドリル』(三笠書房)、『まるごと覚えて頭も良くなるA4・1枚記憶法』(東洋経済新報社)、『人生が変わる大人の独学記憶術』(KADOKAWA)、『驚くほど簡単な記憶法』(日本能率協会マネジメントセンター)など著書多数。

朝1分のセルフコントロールが「記憶の土台」をつくる

私の新刊のタイトルは、『記憶力がグンと伸びる! たったの「朝1分」』(ソシム)です。「朝1分で記憶力が伸びる」と聞くと、多くの人は半信半疑になるでしょう。しかし実際には、この1分が脳の働きに与える影響は想像以上に大きいのです。ポイントは、脳の「前頭前野」の働きにあります。

前頭前野は、集中や判断、感情コントロールなど高度な認知機能を担う脳の「最高司令塔」です。脳に入った情報は、まず前頭前野のワーキングメモリーに送られます。ここで意味づけや整理などうまく加工処理された情報だけが「海馬」という部位へ送られ、長期記憶になります。加工処理が浅ければその時点で消えてしまいますから、覚えられない原因の多くは、海馬ではなくこの前段階にあるのです(『大人の記憶力は、もっと伸ばせる。「年齢のせい」で片づけるのは、今日で終わりにしよう』参照)。

前頭前野をうまく使えなければ、どれだけ勉強しても記憶は定着しません。記憶力を左右するのは、保存力というより前頭前野の処理力の問題なのです。そして、朝の1分間、自分をコントロールして「やるべきことに着手する」という行為自体が、前頭前野のトレーニングになります。

勉強するのはもちろんのこと、スマホのチェックを我慢する、デスクに向かう、呼吸を整える。そのような小さな選択が、脳の司令塔である前頭前野を活性化させます。「やると決めたことをきちんとやる」というセルフコントロール能力の向上が、そのまま記憶力の向上につながるのです。

重要なのは時間の長さではありません。理性を働かせ、自分の意志で行動を選び取ることに意味があります。わずか1分でも、毎日繰り返せば脳の神経回路は確実に強化されます。朝1分は、記憶力向上に向けての重要な土台づくりと言えるでしょう。

手の上に脳のイラストが乗っている

ただ情報を受け取っているだけでは脳は鍛えられない

しかし、現代人の脳を取り巻く環境は、かつてとは大きく変わりました。スマホやパソコンを通じて、私たちはつねに大量の情報にさらされています。気がつけばニュースやSNSをチェックし、次々と流れてくる情報を受け取っています。ところが、その多くはただ眺めるという受け身の処理です。

情報を受け取るだけの状態では、前頭前野はほとんど働きません。先にも触れた「加工処理」、つまり、自分なりに考え、解釈し、意味づけするようなプロセスがないからです。いわば脳を「使っているつもり」になっているだけで、実際には鍛えられていないのです。これでは記憶力は高まりません。

加えて近年は、生成AIの普及によって「覚えなくてもいい」環境が整ってしまいました。わからないことがあれば、生成AIに質問するだけですぐに答えを得られます。その便利さの裏側で、私たちは自分の頭で考えて加工処理する時間を失っています。結果として、記憶がまったく残らない状態になっているのです。

「忘れたとしてもまた聞けばいい」という考えがどこかにあるのでしょう。私自身、生成AIを日常的に使うようになってから、「あれ? いま、まったく記憶しようとしていなかったぞ」と感じることが増えてきました。ここに大きな危機感を抱いています。

だからこそ、意識的に「自分の頭だけで考える時間」を確保しなければなりません。睡眠によって脳がフル充電の状態にあり、かつ静かな「朝」の時間は、そのための最適なタイミングです。情報を遮断し、内省や思考に集中する。この習慣が前頭前野を働かせ、記憶力の土台をつくっていきます。

テキストを読む女性

朝1分間にやるべき具体的行動

朝の時間を有効活用するためには、具体的な行動も重要です。挙げればきりがないのですが、まず取り入れてほしいのが、起床直後にカーテンを開けて太陽光を浴びることです。朝日を浴びることで、「幸せホルモン」とも呼ばれる脳内神経伝達物質の「セロトニン」の分泌が促され、体内時計がリセットされます。さらに脳の覚醒度が高まり、認知機能も向上します。

また、セロトニンは、気分の安定や集中力とも深く関係しています。朝にしっかり分泌されることで、日中のパフォーマンスが安定し、夜には自然と睡眠ホルモンが分泌されます。このリズムが整うことで、脳は毎朝つねにベストの状態となるでしょう。

学習面では、「1分間ライティング」をおすすめしています。覚えた内容について、テキストなどを見返すことなく1分間ノンストップで書き出すだけの方法です。たとえば本を1章読んだら、その内容についての重要ポイントや自分の理解を思い出しながら書き続けます。

すると、覚えたつもりだったのに手が止まるということも起きます。そこがあらためて学習し直すべきウィークポイントです。思い出しながら書くというアウトプットこそが、前頭前野を鍛え、そして知識を「使える記憶」に変えてくれるのです。

記憶力は特別な才能ではなく、脳の使い方の積み重ねで決まります。朝のわずかな時間にでも前頭前野を働かせ、自分の頭で考え、思い出す習慣をつくること。それだけでも脳は着実に変わっていきます。1分間の小さな行動が、学びの質とパフォーマンスを大きく左右するのです。

池田義博さん

【池田義博さん ほかのインタビュー記事はこちら】
大人の記憶力は、もっと伸ばせる。「年齢のせい」で片づけるのは、今日で終わりにしよう
記憶力の差は、才能ではない。長く残る記憶をつくる人が必ずやっていること(※近日公開)

 

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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