上司「AさんにはA案件が、BさんにはB案件が合っているね」
Aさん「ハイ! ありがとうございます!」
Bさん「……。あ、ハイ……」
自分の感覚と上司の見立てが合致しているAさんは喜々としていますが、Bさんのほうは疑問で頭がいっぱい。上司の認識と自身の意向や感覚に、大きなズレがあるからです。
社会には、あらゆる「暗黙のバイアス」がかかっているのだとか。Bさんと似た状況に置かれた、あなたの武器となる言葉を紹介しましょう。まずは「暗黙のバイアス」の説明から。
「暗黙のバイアス」とは?
暗黙のバイアス(Implicit Bias/あるいは暗黙のステレオタイプ・無意識バイアス)とは、経験や環境によって形づくられた先入観のこと。偏った認識を、意図せず保持していることが特徴です。
1995年に、心理学者のマーザリン・バナージ氏とアンソニー・グリーンワルド氏らによって定義されました 。わたしたちの誰もが、無意識のうちに暗黙のバイアスの影響を受けて認識したり、行動したりしている可能性があります。
たとえば、日本は超高齢化社会(65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占める)でありながら、当人の意欲の高さと、シニア層に向けられた仕事の内容や報酬水準が、かけ離れているといった現状があります。その背景にも、
- 経験を踏んだシニア層は扱いが難しい
- シニア層は仕事のモチベーションがあまり高くない
といった暗黙のバイアスがありそうだと、ジャーナリストの治部れんげさんは述べています。――しかし、ときに偏った見方は、わたしたちを助けてくれることがあります。
偏見は必ずしも悪ではない?
Googleの人事チームでピープルアナリティクスのディレクターを務めているブライアン・ウェル( Brian Welle)氏は、「偏見を持つのは悪いことではない」と説明します。たとえば、はるか昔に食料を求め歩いていたわたしたちの先祖が、こんな行動をとっていたら、どうでしょう?
とかなんとかやっていようものなら、おそらく次の瞬間にはパクッと食べられてしまいます。「この動物は危険だ」と認識したなら、偏見だろうと何だろうと、とにかく逃げることが先決です。
また、いかにも怪しい訪問販売の来客を、「怪しいのは思い込みかもしれない」などと招き入れてしまったら、千円ぐらいで買える偽物骨董品を、百万円で買う羽目になるかもしれません。
つまり、ときに経験で形づくられた思い込みは、わたしたちのとっさの判断を助け、リスクを回避させてくれるのです。違う観点から言えば、偏見が有効に働く可能性が高いのは、危険が伴う「配慮が必要ではない相手」に対してのみ。
だからこそ、職場などでお互いに対する判断を行う際は、偏見によって客観的判断が影響されていないかどうか、ひとまず考える必要があるとウェル氏は言います。
バイアスがもたらす歪みとは?
ウェル氏によれば、「わずかなバイアスを与えるだけで、後の結果に大きな歪みを生じさせる」ことを、明らかにしている研究もあるそうです。
たとえば、ヨーロッパに留学経験があり、ヨーロッパの仕事がしたくてインターナショナルな会社に入ったAさんが休憩中の雑談で、若いころ東南アジアのタイ国に、バックパッカーとして長い旅に出た話を披露します。
タイと言えばバックパッカーの人気国。バックパッカーはアジア好きといった、暗黙のバイアスがかかっている状態で話を聞いた同僚らは、「Aさんはアジア通」「Aさんはアジア好き」と思い込んでしまうかもしれません。
その“わずかなバイアス”が上層まで届き、歪んだまま大きくなってしまったら、ヨーロッパ案件を選べるはずだったAさんが、アジア担当になってしまう可能性があるわけです。
じつは、筆者にもこんな経験があります。当時は「誰もが某社に憧れている」といった暗黙のバイアスがあったため、筆者がたった一度、仕事について某社と前向きな話をしたことがあると言っただけで、いつの間にか「〇〇さんは某社の仕事がものすごくしたいそうだ」「〇〇さんは某社に入社したがっている」ということになっていました。
関係者が近くにいることから大っぴらに否定できず、仕方なく心の中で「違ーう」と否定。状況によっては「某社が好きなフリ」さえしたかもしれません!?
それには、心理学的な理由があります。
人は他人からの扱い通りの人になる!?
心理カウンセラーの高見綾さんによると、人間は、他人からの扱われ方を、そのまま自分の振る舞いに反映させてしまうクセがあるそうです。
たとえば、「いつも頼りになる人だ」と皆に扱われると、「頼りになる人」として振る舞うようになります。「怒りっぽい人だ」などとレッテルを貼られたら、すぐ怒るようになってしまうわけです。前者はいいとして、後者は大いに問題ですよね。
社会には、暗黙のバイアスがはびこっています。性別や人種、生まれや居住区、経歴、学歴のほか、雰囲気や時流、傾向などで、自分の信念や意志、求めるものや好み、能力が、ねじ曲げられた状態で認識され、行動されてしまう事態が起こりかねません。
あなたを救う一言
心理学者の方々はずいぶん前から、わたしたちの思考、感情、行動が、暗黙的に影響を受けると認識しているそうです。 そして、実はいま、世界のあらゆる場で暗黙のバイアスは問題視されており、取り組みが行なわれています。
たとえばコーヒーチェーンのスターバックスは、暗黙のバイアスを減らすため、従業員に対しトレーニングを提供しているそう。
また、カリフォルニア州は暗黙のバイアスと戦うため、法律を導入したそうです。なぜならば、白人よりも黒人のほうが痛みに強いなどといった暗黙のバイアスが、人の命までも奪っているから。 今後は医師や看護師、裁判官や弁護士、警察官などが、暗黙のバイアスの訓練を受けることになるのだとか。
では、カリフォルニア州ではなく日本にいるあなたが、明日、暗黙のバイアスで偏った認識をされ、思わぬ方向へ引っ張られてしまいそうな場合は、どうしたらいいか?
まずは、偏見をもたず相手の考えをしっかりと傾聴し、納得できる内容であれば受け入れてみてください。自分の視野を広げられるチャンスかもしれません。
しかし、明らかに偏見に満ちた認識で判断されていると感じたときは、自分の気持ちと、考え直してほしい部分を、相手に配慮しながら丁寧に伝えましょう。
その際に、自分の強い意向を謙虚に示したいなら、次の一言を添えるといいかもしれません。
これには理由があります。
2017年に『Journal of Experimental Social Psychology』で発表されたパデュー大学の研究では、自分のポジティブなイメージを促進しようとすると、暗黙のステレオタイプが減少する可能性があると示唆されたそうです。自分のポジティブなイメージを促進する動機づけには、2つの種類があります。
- 内的動機づけ:個人が自分の発言に注意したい場合
- 外的動機づけ:政治的に正しい方向で反応したいという願望がある場合
自分が正しい判断をすることほど、ポジティブなイメージはありませんよね。
ただし、相手が上司などの場合、こうした言い方は角が立ってしまいます。その場合は、こう言いかえてみてはいかがでしょう。
自分の印象を良くしたい相手なら、あなたの言葉で、暗黙のステレオタイプを減少させるはず。また、あなたに“理解ある人への扱い”をされたせいで、理解ある人物としての振る舞いを、自分の振る舞いに反映させてくれるかもしれません。
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じつは、米国セントルイス・ワシントン大学による最新の研究では、暗黙のバイアスを変えても、行動が変わるとは限らないと報告(2019年9月)されています。ただし、この研究結果には信頼できるエビデンスとしての限界があるとのこと。それに、バイアスが強い状態よりも、弱まった状態のほうが説得しやすいのは明らかです。
ぜひ、めげずにトライしてみてください。
ご自身でも、「バイアスがかかった状態で言動を行なっていないかな?」と立ち止まり、いま一度、考えてみるクセをつけてくださいね。ただし、直近の危険がない場合に限ります!
(※記事中の人物の肩書は記事公開当時のものです)
(参考)
ログミーBiz|その決断、実は偏見だらけ! Googleの社員教育で実施された、“無意識バイアス”に関する講義
東洋経済オンライン | 会社内差別を生む「無意識バイアス」の正体
リンクDEダイエット|バイアスが変わっても行動は変わらない!?
NCBI|Racial bias in pain assessment and treatment recommendations, and false beliefs about biological differences between blacks and whites
ScienceDirect|Training away bias: The differential effects of counterstereotype training and self-regulation on stereotype activation and application
Los Angeles Times|These California bills would train nurses, judges and police how to spot their own biases
Psychology Today|What Is Implicit Bias?
マイナビウーマン|いつも機嫌が悪い人の原因と上手な対処法
Wikipedia|Implicit stereotype
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STUDY HACKER 編集部
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