
「結局、できなかったことの反省会になる」
「振り返っただけで終わる」
年末が近づくと、SNSでも職場でも「1年の振り返り」が話題になります。 でも正直なところ、この年末恒例の「振り返り」に疲れている人も多いはず。 そこで今年は、「振り返り」ではなく「棚卸し」をしてみませんか?
棚卸しとは、小売店などが「何が売れた・売れない」を判断する前に「在庫がどれだけあるか」を把握する作業のこと。 これをキャリアに応用します。
反省や評価は後回しにして、まずは1年間の行動を「在庫」としてテーブルに並べる。 そこから自分の行動パターンを把握して、来年の戦略を立てる。 これが「棚卸し」で考えるキャリア整理術です。

1.「棚卸し」の実践 | 行動を分類する
まずは1年間の行動を書き出して、次の3つに分けていきます。 良い・悪いの判断は不要です。事実を並べるだけでOKです。
①「成果が出た行動」
結果につながった行動です。 大きな成果でなくても、周囲に喜ばれた・短時間で成果が出た・スムーズに進められた、そんな「小さな成功」も含めて書き出します。
例 成功行動の「勝ちパターン」抽出
- ✔︎ プレゼン準備の型をつくった → 会議の評価が安定した
- ✔︎ 朝30分の資料読み → 理解力が格段に上がった
- ✔︎ メンター制度に参加 → 若手育成がうまく回り始めた
ポイント | ここから抽出したいのは「勝ちパターン」です。うまくいった行動には再現性があります。それを言語化しておくと、来年また使えます。心理学者バンデューラの研究によれば、過去の成功体験を意識することで「自分はできる」という感覚(自己効力感)が高まり、次の行動につながります。*1
つまり、勝ちパターンを抽出した「棚卸し」は、キャリアの再現性を高める具体的な方法だといえます。
②「没頭できた行動」
成果が出たかどうかは関係ありません。 時間を忘れて夢中になれたこと、心理的な負担なく取り組めたことを書き出します。
例 没頭が教えてくれる「価値観と強み」
- ✔︎ 新規サービスのアイデア出し → 気づけば2時間経っていた
- ✔︎ 人の相談に乗る時間 → 予定より長く話し込んでいた
- ✔︎ データを整理してグラフにする作業が妙に楽しかった
ポイント | 没頭は、その人の価値観と得意の原石が出やすい領域です。事実、フロー理論では「没頭できる領域は個人の価値観・強みが現れやすい」とされ、持続的成長の起点になります。*2
③「避けた行動」
先延ばしにした・面倒で手をつけなかった・ほかの人に任せたことも棚卸し対象です。
例 回避行動が示す「エネルギー配分の手がかり」
- ✔︎ 数字ベースの報告書づくりを後回しにしてしまう
- ✔︎ 大人数の会議では発言することを避けてしまう
- ✔︎ 細かい交渉・調整ごとを同僚に振った
ポイント | タスク回避は「ストレス源に対する自己保護行動」であることが指摘されています。避けた行動は弱点ではなく、エネルギーをどこに使うべきかを知るヒントになるのです。*3
大きく3つに分類したあとは、「来年に向けた設計」が重要です。

2.「棚卸し」の実践 | 来年の戦略を立てる
次は「来年どうするか」を考えます。 ここでも判断軸は3つです。
①「残す」強みを支える行動
成果が出た行動・没頭できた行動のなかから、「来年も自分の武器として使いたいもの」を選びます。 たとえばこんな判断です。
例 来年に「残す」べき強みの行動
- ・ 資料作成の型づくり → 提案の精度を支えているので「残す」
- ・ 朝のインプット習慣 → 知識が増えて市場価値につながるので「残す」
- ・ 個別の相談対応 → 信頼関係構築の核になっているので「残す」
「残す」と決めた行動は、あなたのキャリア資産です。 来年はここに「時間」と「環境」を優先的に投資してください。 強みを継続的に活用することで、成長速度が上がるという研究もあります。*4
②「手放す」負荷を減らす行動
避けた行動のなかから「自分がやらなくてもいいこと」を明確にします。 たとえばこんな判断です。
例 手放すことで負荷を減らす行動
- ・ 定型的な報告書 → テンプレート化して半自動化する
- ・ 細かい調整ごと → 得意な人に任せる仕組みをつくる
「やらないことリスト」が整うと、来年の迷いが激減します。 キャリアは、足し算も大事ですが、じつは引き算の方がより効果が出やすい場面も多いものです。 意思決定には "決断疲れ" が存在し、やらないことを決めることは集中力を残す戦略でもあります。*5
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③「伸ばす」未来の価値を生む行動
最後に、没頭できた行動や成果の大きかった領域のなかから、「伸ばしたいテーマ」を選びます。 これは来年の学びの方向性にも直結します。
例 伸ばすことで未来価値を高める行動
- ・「新規アイデア」が楽しい → 企画力・デザイン思考
- ・「人の相談に乗る」が得意 → マネジメントやコーチング
伸ばすテーマが決まると「来年の挑戦」が自然に決まり、学ぶべき内容もブレなくなります。 また、内発的動機づけと一致した学びは持続率が高く、習得コストが低いことが示されています。*6
つまり、棚卸しをすることで、無理にがんばり続けるコストを下げてくれるので、結果的に成果を出しやすくなるのです。

なぜ「振り返り」ではなく「棚卸し」なのか
「振り返り」がつらくなりがちなのには、心理学的な理由があります。
社会心理学者バウマイスター氏らの研究によれば、人間はポジティブな経験よりもネガティブな経験を強く記憶・評価する傾向があります。 これは「ネガティビティ・バイアス」と呼ばれる現象です。 だから「1年を振り返ろう」とすると、どうしても失敗や後悔に意識が向きやすいのです。*7
一方、棚卸しは「事実」から始めます。 「やったこと」→「分類」→「来年に活かす」というシンプルな手順で進むため、反省や自己否定が入りにくいのです。
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今年の年末は、「できなかったこと」を悔やむのではなく、「来年どう動くか」を決める時間にしてみてください。 「棚卸し」を終えた来年のあなたは、きっといまより迷いが少なく、動き出しやすくなっているはずです。
よくある質問(FAQ)
Q. 棚卸しと振り返りの違いは何ですか?
A. 振り返りは「良かった・悪かった」の評価から入りがちですが、棚卸しは「何をしたか」という事実の整理から始めます。評価を後回しにすることで、ネガティビティ・バイアスの影響を受けにくく、建設的にキャリアを整理できます。
Q. 棚卸しはいつ行うのが効果的ですか?
A. 年末年始の時間に余裕があるタイミングがおすすめです。1年分の行動を書き出すには30分〜1時間程度かかるため、落ち着いて取り組める時間を確保しましょう。四半期ごとに簡易版を行うのも効果的です。
Q. 「避けた行動」を書き出すのが難しいのですが?
A. カレンダーやToDoリストを見返すと、先延ばしにしたタスクや他の人に頼んだ仕事が見つかりやすくなります。また、「やろうと思っていたけど結局やらなかったこと」を思い出すのも有効です。
Q. 「残す・手放す・伸ばす」の判断基準は?
A. 「残す」は成果と没頭が重なる行動、「手放す」は避けがちで自分でなくてもできる行動、「伸ばす」は没頭できて将来性がある行動です。迷ったら「来年もこれに時間を使いたいか?」と自問してみてください。
*1 Wikipedia|自己効力感
*2 Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The psychology of optimal experience. Harper & Row.|フロー: 最適体験の心理学(PDF)
*3 Steel, P. (2007). The nature of procrastination: A meta-analytic and theoretical review of quintessential self-regulatory failure. Psychological Bulletin, 133(1), 65–94.|先延ばしの本質(PubMed)
*4 Clifton, D. O., & Harter, J. K. (2003). Investing in strengths. In Cameron et al. Positive Organizational Scholarship.|whitePaper--InvestingInStrengths.pdf
*5 Baumeister, R. F. (2002). Ego depletion and self-control failure: An energy model of the self's executive function. Self and Identity, 1(2), 129–136.|Ego depletion and self-control failure
*6 Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.|自己決定理論(PDF)
*7 Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C., & Vohs, K. D. (2001). Bad is stronger than good. Review of General Psychology, 5(4), 323–370.|Bad is stronger than good
橋本麻理香
大学では経営学を専攻。13年間の演劇経験から非言語コミュニケーションの知見があり、仕事での信頼関係の構築に役立てている。思考法や勉強法への関心が高く、最近はシステム思考を取り入れ、多角的な視点で仕事や勉強における課題を根本から解決している。