「——お先に失礼します」
同僚の声に顔を上げると、オフィスに残っている人は自分も含めごくわずか。でも、デスクの上には未処理の書類、消されていないToDoリスト、整理されてないフォルダ——「今日こそ、定時で帰ると決めていたのに……」と、要領の悪さに嫌気が差すビジネスパーソンも少なくないでしょう。
じつは、この「要領の悪さ」の正体は、単に「優先順位を明確にしていない」という問題かもしれません。仕事の速い人は、優先順位をつけ、「しなくてもいい仕事」を決めているのです。
そこで今回ご紹介したいのは、優先順位づけの基本となるフレームワーク「アイゼンハワーマトリクス」。筆者の実践例を交えながら、お伝えいたしましょう。
仕事が速い人は「しない仕事」を決めている
「仕事では優先順位をつけるのが大事」とはよく聞くけれど、どれも重要な仕事だから外せない——そんなふうに思っていませんか? 仕事が速い人とそうでない人は、「優先順位の解像度」が違います。
デジタルツールやAIツールを活用すれば仕事の効率化はできますが、タスクそのものが劇的に減るわけではありません。相変わらず私たちは、慌ただしく業務の対応と対処に追われる日々です。なぜ、このように余裕がないのかと言えば「邪魔が入ること」が多いから。メール、チャット、突然の会議など、計画外の業務が次々と入ってくることで、本来集中すべき業務が後回しになってしまいます。
タイムマネジメントに関する本を上梓した、ビジネス・コーチのマーク・フォースター氏は、突発的な仕事を受けたとき、私たちは即座に対応する傾向があると指摘。同氏は脳の種類を次の2パターンに分けて説明しています。
- 理性の脳
生活リズム・体調管理など、計画的に実行しようとする - 衝動の脳
本能にしたがって、直感的に反応する *1
言うまでもなく、突発的な仕事が入ったら「衝動の脳」で対応するわけです。
たとえば、急ぎのメールが届いたとき、手元の作業を中断してすぐに返信してしまったり、同僚からの「ちょっと相談があるんだけど」という声に、抱えている重要タスクを一時停止して対応してしまったり——これは「衝動の脳」で反応した典型例です。その結果、本来集中すべき業務は後回しになり、一日の終わりに「今日はなにも終わらなかった」と後悔することになります。
仕事が速い人は、この「衝動の脳」による反応を制御するために、あらかじめ「理性の脳」を使って、明確な優先順位と行動計画を立てているのです。優先順位が明確であれば、突発的な業務が入ってきたときにも「いま取り組むべきか否か」を即座に判断できるフィルターとして機能するでしょう。
たとえば、急ぎではないメールには「今日の午後にまとめて返信する時間を設ける」、同僚からの相談には「いま締切間近の企画書を作成中なので、◯時以降なら時間が取れますがいかがですか?」と伝える、あるいは急な資料作成依頼には「現在優先度の高い◯◯を進めているため、明日の午後なら対応可能です」と期限の調整を試みるなど、自分の優先業務を守るための判断ができます。これが「邪魔」をコントロールし、業務効率を高める鍵となるのです。
さらに、優先順位をつけたなら「しなくてもいい」仕事も決めてみましょう。『超速で成果を出す アジャイル仕事術』(ダイヤモンド社)の著者、IGPIシンガポール取締役CEOの坂田幸樹氏は、仕事が速い人たちは完璧主義ではなく「完了主義」を意識していると述べます。
耳慣れない言葉ですが、完了主義とは——
自分にとっての「完璧」ではなく、相手が求める基準に応じた「十分な完成度」を重視します。*2
つまり、上司や顧客が満足する完成度に達することを目標にし、それ以外の「自分がしたい」こだわりの業務は捨てるのです。そのために重要な作業のひとつが「優先順位」を明確にすること。「相手の基準を満たすための仕事」に集中して、質と速さを両立させるわけですね。
優先順位のフレームワーク「アイゼンハワーマトリクス」
優先順位を決める際に役立つフレームワークが「アイゼンハワーマトリクス」です。このフレームワークは、元アメリカ大統領ドワイト・アイゼンハワーの経営スタイルにもとづくもの。アイゼンハワーは、次の言葉を残しています。
“What is important is seldom urgent, and what is urgent is seldom important”
(重要なことが緊急であることはめったになく、緊急なことが重要であることもめったにない)*3
突発的な仕事が入れば混乱しやすいものですが、「重要」と「緊急」は別もの。「緊急で重要」の仕事(=第一優先する仕事)と同時に「緊急でも重要でもない」仕事(=切り捨ててもいい仕事)を明確にする必要があります。
アイゼンハワーマトリクスのレイアウトは以下のとおり。
箇条書きに洗い出すToDoリストとは違い、四象限で業務を整理するわけですね。
「アイゼンハワーマトリクス」を使って効率化
実際に活用すると、本当に業務効率が上がるのでしょうか? 試しに筆者が1週間の仕事をマトリクスに当てはめ、優先順位をつけて作業をしてみました。
まずは、1週間にすべき……いや、したいと思うタスクをToDoに書き出してみました。
洗い出してみたところ、筆者にはどれも捨てるのに抵抗あるタスクばかり……。では、マトリクスにタスクを入れて、整理してみましょう。
左上の「緊急で重要」に入っているタスクは、仕事で求められている最低限の業務。つまり、「相手の基準を満たす仕事」です。これはすぐに決断できましたが、「緊急だが重要ではない」「緊急ではないが重要」のタスクは、マトリクスで整理しないとはっきりしませんでした。
上記の図をもとに、1週間に「しなくてもいい仕事」を考えると——
太字以外は優先度の低いタスクです。
「緊急でも重要でもない」タスクは除外しやすいものの、「緊急だが重要ではない」「緊急ではないが重要」タスクは、普段意識していない項目。マトリクスで整理したら「緊急で重要のタスク」→「緊急だが重要ではないタスク」→「緊急ではないが重要なタスク」……と、業務を効率的に進めるための流れがわかりました!
アイゼンハワーマトリクスを活用すると「仕事を減らせる」!
マトリクスにタスクを入れて整理したところ、頭で考えている業務量に対し、実際に必要な業務はなんと半分以下でした。
いつもは緊急度も重要度も考えず、頭に浮かんだタスクを「すべてやろう」と欲張っていた筆者。しかし、表にすると「なんだ、これだけか」と思ったほど、1週間に完了すべき業務は想像していたより少なかったのです。
しかし、優先順位を決めても思いどおりに完遂することはできません。そこで、1週間の終わりで振り返り「この業務は外してもいい」「ここの優先順位を変えたほうが進めやすいかも」と、次の週に向けてチェックしました。振り返りもセットで行なうと、業務改善および効率化するためのよいサイクルが回せるでしょう。
筆者は週単位で行ないましたが、あらかじめテンプレートを作成しておき、朝の時間にマトリクスで整理するのもおすすめです。今回、マトリクスでタスクを整理するのにかかったのは5分ほど。朝の数分で効率が上がるのなら、取り組む価値はあるはずです。
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行動計画の基本は、優先順位を決めること。効率よく仕事を進めるためにも、優先順位づけをして「しなくてもいい仕事」を整理してみてください。タスクの取捨選択ができれば、仕事の速さも上がり、負担も軽くなるはずですよ。
*1 東洋経済オンライン|「しないこと」ハッキリが仕事効率アップのカギ
*2 DIAMOND online|「仕事が速い人」が常に意識している1つのこと
*3 verywell mind|How the Eisenhower Matrix Can Be Your Secret to a Stress-Free Life
青野透子
大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。