
編集部より
「アンラッキー君と博士の教室」では、日常でつい感じてしまう「運の悪さ」や「うまくいかない感覚」を、科学の視点から読み解いていきます。主人公は、何かとうまくいかないぬいぐるみのアンラッキー君。そして彼を温かく見守る認知科学の専門家、バイアス博士です。
気づけば同じミスを繰り返してる……
朝9時過ぎ、アンラッキー君はパソコンの前で固まっています。画面には送信済みメール。宛名は……また間違い。
アンラッキー君
ああぁ〜! またやっちゃった……。取引先に送るはずのメールを、間違えて上司に送ってしまった……。
慌てて頭を抱えるアンラッキー君。気づいたのが遅く、送信の取り消しはできません。
アンラッキー君
なんで僕はこういう小さいミスを繰り返してしまうんだろう……。運が悪すぎるのかもしれない……。
そこへ、コーヒーカップを片手に博士がやってきました。
博士
アンラッキー君、また落ち込んでいるのかね?
アンラッキー君
そりゃそうですよ。同じようなミスばかり繰り返して自分が嫌になります……。どうしてこんなに運が悪いんだろう……。
博士
ほほう……。では、今日はそれが本当に「運が悪いから」なのか、考えてみようじゃないか。
脳は「考えない」ルートを好む
博士はどこからかホワイトボードを引っ張ってきて、説明を始めました。
博士
脳が省エネ志向である、という話は聞いたことがあるじゃろ?
これは、もう少し具体的にいうと、脳はなるべく考えないで済むように動くということなんじゃ。
だから、慣れた行動や習慣は、なるべく“考えずに実行”できるように自動化されるのじゃ。

アンラッキー君
たしかに習慣化したことって、何も考えずにできるようになりますよね。習慣化も僕のミスも、脳が『自動化』しているという点では一緒なのかな?
博士
その通りじゃ! アンラッキー君の場合、脳の自動化がミスにつながってしまっているんじゃ。ちなみに心理学では、このようなミスを「アクション・スリップ」というんじゃよ。*1
アクション・スリップとは?
認知の制御過程における実行段階でのエラー。*1
習慣化された行動や、日常ルーチン中に起こりやすいミスとされる。
アンラッキー君
仕事以外でもあるなぁ。たとえば、スマホを取りに部屋へ行ったのに、なにを取ろうとしたのか忘れたり……。こういう「うっかりミス」は、認知システムがうまく働いていないのが原因で起きていたんですね!
博士
そうじゃ。これで、運が悪いわけではないことがわかったじゃろ?
あなたも経験ありませんか?
「アクション・スリップ」の例を、種類別に紹介します。こんな経験に心当たりがないか、チェックしてみてください。
◇反復エラー(同じ行動を繰り返す)
- シャンプーしたことを忘れて、もう一度シャンプーをしてしまう
- 請求書の金額を入力済みなのに、また上書き入力してしまう
◇目標の切り替え(本来の目標を忘れて別のことをする)
- 遊びに行こうと出発したのに、気づけばいつもの通勤ルートを歩いていた
- コピーをとりに行ったのに、途中で同僚に声をかけられコピーを忘れる
◇脱落(手順の一部を抜かす)
- インスタントラーメンにお湯を注いだのに、粉末スープを入れ忘れる
- 会議資料を印刷したのに、配布前にホチキス留めを忘れる
◇転換(行為の順序を間違える)
- 卵を割ったあと、中身をゴミ箱に、ボウルに殻を入れてしまう
- メール本文を書いていないのに、送信してしまう
◇混同(別の系列の行動や対象を取り違える)
- テレビのリモコンでエアコンを操作しようとする
- 取引先Aに送るはずのメールを、誤って取引先Bに送信してしまう
「チェックリストで見直しをすること」が最強の対策
アンラッキー君
脳の省エネ化によって、いろんなパターンのうっかりミスが起こることはわかりました。
でも、どうすればミスを減らせるんでしょうか? 無意識だから、気をつけるのにも限度がありますよね
博士
ミス自体をなくすのは簡単ではないが、方法はあるぞ。基本に立ち返って、見直しを徹底することじゃ。
チェックリストをつくって提出前にしっかり確認する習慣をもつと、致命的なミスを防ぐことができます。*2「わざわざリストをつくらなくても、間違えやすい場所に注意しながら作業すればいいのでは?」と思う方もいるでしょう。
これについて、脳科学や認知科学に詳しい学習コンサルタントの宇都出雅巳氏は、思い出すという行為がワーキングメモリを圧迫し、注意力を鈍らせてしまうと指摘しています。*2 少し手間でも、書き出して頭の外に出しておくという作業が必要なのです。
「この作業はよくミスをしてしまう」と感じるなら、専用のチェックリストをつくってみませんか?

ミスは運ではなく脳の省エネ化の副作用
アンラッキー君
小さなミスを繰り返すのは、運が悪いわけじゃない。ちゃんと対策すれば防げるんだって気づいたら、元気が出てきました!
博士
それはなによりじゃ。ミスは脳の省エネ化の副作用にすぎんのじゃよ。
点検ルールを仕込めば、君の脳の自動操縦にもブレーキがかかる。
アンラッキー君
よし、できるだけミスを減らせるように、メール送信前のチェックリストを付箋に書いて、パソコンに貼っておきます!
博士
うむ。これで今日からきみはラッキー君じゃ!
【ライタープロフィール】
柴田香織
大学では心理学を専攻。常に独学で新しいことの学習にチャレンジしており、現在はIllustratorや中国語を勉強中。効率的な勉強法やノート術を日々実践しており、実際に高校3年分の日本史・世界史・地理の学び直しを1年間で完了した。自分で試して検証する実践報告記事が得意。