
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【準備中】
コストコのフードコートに行ったことはありますか。
あの巨大な倉庫型店舗の出口付近で、180円のホットドッグセットが売られています。ソーセージがはみ出すほどの大きなパンに、ドリンクバー付き。インフレが進むなかでも、コストコはこの価格を頑なに守り続けています。
「180円で採算が取れるのか?」——そう思うのは当然です。おそらく、ホットドッグ単体では赤字でしょう。
しかし、この180円のホットドッグを食べた顧客が、その後カートに入れるのは何でしょうか。数万円分の肉の塊、6万円を超えるソファ、10万円の家電——。
安いホットドッグが、なぜ高い家具を売るのか。今回は、この「価格のマジック」を解き明かします。
- ロスリーダー——利益を捨てて、信頼を得る
- アンカリング効果——最初の数字が、すべてを決める
- 返報性とメンタル・アカウンティング——心の会計が狂う瞬間
- フロントエンドとバックエンド——全体で利益を出す設計
- 「心のゲート」を開ける一点突破を設計せよ
- よくある質問(FAQ)
ロスリーダー——利益を捨てて、信頼を得る
マーケティングには「ロスリーダー(目玉商品)」という概念があります。
利益を度外視してでも、圧倒的に安い商品を用意し、まずは店に来てもらう。その後、ほかの商品を買ってもらうことで全体の利益を確保する——という戦略です。
コストコの180円ホットドッグは、まさにこのロスリーダーの典型例です。
しかし、単なる「客寄せ」以上の効果があります。買い物の冒頭(あるいは締めくくり)に圧倒的なおトク感を体験することで、顧客のなかにある種の「信頼」が醸成されるのです。
「コストコで買えば、すべて安いはずだ」——この信頼が、財布の紐を緩める。
180円という衝撃的な安さを体験した顧客は、無意識のうちに「この店は安い」という印象をもちます。そして、その印象は店内のすべての商品に波及するのです。

アンカリング効果——最初の数字が、すべてを決める
この現象を、心理学の視点から分析してみましょう。
「アンカリング効果」という言葉を聞いたことがありますか。人は最初に見た数字を「基準点(アンカー)」として、その後の判断に影響を受ける——という心理現象です。
コストコの場合、180円という数字が強烈なアンカーになります。
180円でホットドッグとドリンクが手に入る。この衝撃的な安さを体験した直後に、3,000円のステーキ肉を見たらどう感じるでしょうか。「高い」ではなく、「まあ、そんなものか」と感じる可能性が高いのです。
| アンカー | その後の判断への影響 |
|---|---|
| 180円のホットドッグ | 「この店は安い」→ ほかの商品も安く感じる |
| 無料のサンプル | 「タダでもらった」→ 何か買って返したくなる |
| 年会費4,840円 | 「元をとらなきゃ」→ たくさん買おうとする |
さらに、コストコには年会費(4,840円)という仕組みもあります。「元をとらなければ」という心理が働き、顧客は積極的に買い物をするようになる。アンカリング効果が多層的に設計されているのです。
返報性とメンタル・アカウンティング——心の会計が狂う瞬間
もうひとつ、重要な心理メカニズムがあります。
「返報性の原理」——人は何かをしてもらうと、何かを返したくなる心理です。180円という破格の安さでホットドッグを提供されると、無意識のうちに「何か買って返さなければ」という心理的負債を感じます。
そして、「メンタル・アカウンティング(心の会計)」も働きます。
これは、人がお金を心理的に「別の財布」に分けて管理する傾向のことです。「ホットドッグで500円浮いたから、少し高いワインを買ってもいいだろう」——こうして、本来なら買わなかったかもしれない商品に手が伸びるのです。
「浮いたお金」は、実際には存在しない。しかし、心のなかには確かに存在する。
コストコの180円ホットドッグは、顧客の「心の会計」を巧みに操作しているのです。

フロントエンドとバックエンド——全体で利益を出す設計
ここで、ビジネスの構造として理解しておきたい概念があります。
「フロントエンド」と「バックエンド」という考え方です。
フロントエンドは、顧客との最初の接点となる商品やサービス。利益は薄くても(あるいは赤字でも)、まずは顧客を獲得することが目的です。バックエンドは、その後に販売する本命の商品やサービス。ここで利益を確保します。
| 業種 | フロントエンド | バックエンド |
|---|---|---|
| コストコ | 180円ホットドッグ | 大型家電、家具、大量の食品 |
| SaaS | 無料トライアル、フリープラン | 有料プラン、エンタープライズ契約 |
| BtoB | 無料セミナー、ホワイトペーパー | コンサルティング、導入支援 |
すべての商品で利益を出そうとすると、価格競争力を失います。しかし、「ここは赤字でもいい」というポイントを戦略的に設計すれば、全体としては高い収益を上げることができるのです。
「心のゲート」を開ける一点突破を設計せよ
この事例から学べることを、今日からの実務に活かしてみましょう。
あなたのビジネスで、すべての商品・サービスで利益を出そうとしていませんか。
顧客には「心のゲート」があります。初めての取引、初めての購入には、心理的なハードルがある。このゲートを開けるために、「一点突破の安さ(あるいは価値)」をどこに配置するかが重要です。
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利益を「点」ではなく「線」で考える。
それが、180円のホットドッグが教えてくれる真実である。
コストコの180円ホットドッグは、単なる安売りではありません。顧客心理を緻密に計算した、戦略的な価格設計なのです。
【本記事のまとめ】
1. ロスリーダー戦略
利益を度外視した目玉商品で顧客を呼び込み、「この店は安い」という信頼を醸成する。
2. アンカリング効果
最初に見た数字(180円)が基準点となり、その後の高額商品が「相対的に」安く感じられる。
3. 返報性の原理
過剰なサービス(安さ)を受けると、「何か買って返さなければ」という心理的負債が生まれる。
4. メンタル・アカウンティング
「浮いたお金」という心理的な別財布が、追加購入を正当化させる。
5. フロントエンドとバックエンド
すべてで利益を出すのではなく、「点」ではなく「線」で全体収益を設計する。
6. 心のゲートを開ける
顧客の最初のハードルを下げる「一点突破」をどこに配置するかが勝負。
よくある質問(FAQ)
ロスリーダー戦略は、中小企業でも使えますか?
使えます。ただし、体力勝負にならないよう注意が必要です。重要なのは「赤字の商品」から「利益の出る商品」への導線設計です。無料サンプル→本商品購入、無料相談→有料サービスなど、次のステップを明確にしておくことが成功の鍵です。
「無料」にしすぎると、価値が下がりませんか?
その通りです。無料にするのは「入口」だけにしてください。コストコも、ホットドッグは安いですが、メインの商品は適正価格です。フロントエンドで価値を体験させ、バックエンドでその価値に見合った対価をいただく——この設計が重要です。
BtoBビジネスでも、このアプローチは有効ですか?
非常に有効です。無料のホワイトペーパー、無料の診断レポート、無料のセミナーなどがフロントエンドになります。これらで「この会社は信頼できる」という印象を与えた後、有料のコンサルティングや導入支援につなげる——これが典型的なBtoBのフロントエンド・バックエンド戦略です。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
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岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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