
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【準備中】
いまや世界最大のシェアを誇るエナジードリンク、レッドブル。しかし、彼らがロンドンに進出した当初は、莫大な広告予算などありませんでした。
そこで彼らがとった戦略は、テレビCMでもなく、街頭サンプリングでもありませんでした。
「街中のゴミ箱に、自社の空き缶を捨てて回る」ことだったのです。
クラブの床、駐車場の目立つ場所、ゴミ箱から溢れんばかりの場所——。彼らはあえて、自社製品の「ゴミ」をロンドンじゅうにばら撒きました。
一見すると迷惑行為にしか見えないこの「ゴミ」が、なぜ最強の宣伝になったのでしょうか。
- 「形跡」は広告よりも雄弁である
- 社会的証明——人は「みんなの選択」を正解だと思う
- 「人工的な社会的証明」という武器
- 弱者が大手に勝つ「ゲリラ戦略」
- 「売れている空気」をどこに仕込むか
- よくある質問(FAQ)
「形跡」は広告よりも雄弁である
この戦略の核心は、人間の心理にあります。
私たちは、企業が発する言葉(広告)よりも、他人の行動の痕跡を信じる傾向があります。「この商品は最高です!」という広告コピーより、「みんなが飲んでいる形跡」の方が、はるかに説得力をもつのです。
ゴミ箱から溢れるレッドブルの空き缶を見た若者は、無意識にこう思います。
「いま、これが最高に流行っているんだな」
レッドブルは、流行を「宣伝」したのではありません。流行っている「風景」を人工的につくり上げたのです。
「売れています」と叫ぶより、「売れている風景」を見せる方が、はるかに強い。
広告は「企業の主張」です。しかしゴミは「消費者の行動の結果」に見えます。この違いが、決定的な説得力の差を生むのです。

社会的証明——人は「みんなの選択」を正解だと思う
この戦略の背景にある心理メカニズムを、もう少し深掘りしてみましょう。
心理学には「社会的証明(Social Proof)」という概念があります。自分の判断に自信がないとき、人は他人の行動——特に多数派の行動——を「正しい指標」として参考にする傾向があるのです。
| 情報の種類 | 信頼度 | 理由 |
|---|---|---|
| 企業の広告 | 低い | 「売りたいから言っている」と見抜かれる |
| 口コミ・レビュー | 中程度 | 第三者の意見だが、操作の可能性も |
| 行動の痕跡 | 高い | 「実際に消費された証拠」に見える |
これは「バンドワゴン効果」とも関連しています。人は「みんなが選んでいるもの」を選ぶことで、失敗のリスクを避けようとするのです。
重要なのは、レッドブルがこの購買行動を動かしたのが、「スペックのよさ」ではなく「普及度の高さ」というシグナルだけだったという点です。味や成分の説明は一切なし。ただ「みんな飲んでいる」という空気だけで、若者たちの手は自然とレッドブルに伸びたのです。
「人工的な社会的証明」という武器
ここで押さえておきたいのは、レッドブルがつくり上げたのは「人工的な」社会的証明だったということです。
本当にその時点で大流行していたわけではありません。しかし、流行している「ように見える」風景を先につくることで、実際の流行を引き起こしたのです。
これは、鶏と卵の問題を逆転させる発想です。
普通に考えれば、「流行する → ゴミが増える」という順序です。しかしレッドブルは「ゴミを増やす → 流行しているように見える → 本当に流行する」という逆の因果をつくり出しました。
「売れているから売れる」のサイクルは、人工的に起動できる。
この発想は、予算がない「弱者の戦い」において、特に有効です。テレビCMを打てなくても、「視覚的な証拠」を設計することはできるからです。

弱者が大手に勝つ「ゲリラ戦略」
レッドブルの事例は、マーケティングにおける「ゲリラ戦略」の典型例です。
当時のエナジードリンク市場には、コカ・コーラやペプシといった巨大企業がひしめいていました。正面から広告合戦を挑んでも、資金力で圧倒的に負けます。
そこでレッドブルが選んだのは、大手が「やらない」ことをやるという戦略でした。
| 戦略 | 大手企業 | レッドブル |
|---|---|---|
| 広告手法 | テレビCM、大型看板 | ゴミ箱、クラブの床 |
| メッセージ | 「この商品は最高です」 | 「みんな飲んでいます」 |
| 発信者 | 企業(一方的) | 消費者(に見える) |
| コスト | 数億円規模 | ほぼゼロ |
大手企業は、ブランドイメージを守るために「ゴミをばら撒く」ような施策はできません。コンプライアンス部門が許さないでしょう。しかし、新興企業には失うものがない。この非対称性を、レッドブルは最大限に活用したのです。
弱者の武器は、「大手ができないこと」をやる覚悟である。
もちろん、現代においてゴミをばら撒くことは推奨されません。しかし、「大手がやらない領域で勝負する」という発想は、いまでも有効です。

「売れている空気」をどこに仕込むか
この事例から学べることを、今日からの実務に活かしてみましょう。
「売れています!」と叫ぶ前に、考えるべきことがあります。売れている「空気」を、どこにつくれるか?
たとえば、こんな施策が考えられます。
| 場面 | 「視覚的な証拠」の例 |
|---|---|
| Webサイト | 導入企業のロゴ一覧、「〇〇社が導入」の実績表示 |
| SNS | UGC(ユーザー投稿)のリポスト、ハッシュタグの可視化 |
| 店舗・イベント | 賑わいの演出、行列の見せ方、「本日〇個販売」の掲示 |
| 営業資料 | 導入事例の数、業界シェアのグラフ、顧客の声 |
顧客が「あ、みんな使っているんだな」と一瞬で察知できる仕組みを、どこに仕込めるか。これを考えることが、予算がなくても勝てるマーケティングの第一歩です。
レッドブルの「ゴミ箱戦略」は、決して上品な手法ではありません。しかし、人間心理の「バグ」を突いた、極めて合理的な戦略でした。
【本記事のまとめ】
1. 「形跡」は広告より雄弁
企業の言葉より、他人の行動の痕跡の方が信頼される。レッドブルは「ゴミ」で流行の風景をつくった。
2. 社会的証明の力
人は判断に迷うとき、多数派の行動を正解の指標にする。「みんなが選んでいる」は最強の説得力。
3. 人工的に起動できる
「売れているから売れる」のサイクルは、先に「売れている風景」をつくることで起動できる。
4. スペックより普及度
レッドブルは味や成分ではなく、「普及度の高さ」というシグナルだけで購買を動かした。
5. 弱者のゲリラ戦略
大手が「やらない」「できない」ことをやる。非対称性を活かすことが、弱者の勝ち筋である。
6. 「視覚的証拠」を設計せよ
予算がなくても、「みんな使っている」と察知させる仕組みはつくれる。
よくある質問(FAQ)
この戦略は、BtoBビジネスでも使えますか?
非常に有効です。Webサイトに導入企業のロゴを並べる、展示会で「〇〇社導入」のパネルを掲示する、提案資料に業界シェアを記載する——すべて「みんな使っている」という視覚的証拠です。特に高額な意思決定ほど、他社の導入実績が決め手になります。
導入実績がまだ少ない場合はどうすればいいですか?
数が少なくても「質」で勝負できます。「大手〇〇社が採用」「業界最大手が導入」など、1社でもインパクトのある実績があれば強力です。また、「導入社数300%増」のように成長率で見せる方法もあります。
やりすぎると逆効果になりませんか?
なります。「サクラ」や「やらせ」だとバレた瞬間、信頼は崩壊します。重要なのは、嘘をつかないこと。実際の導入実績、実際のユーザーの声、実際の販売数を「見せ方」で最大化するのが正しいアプローチです。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
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▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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/ 著書(amazon)