
「がんばっているのに、なんだかずっと疲れている」
そんな感覚に心あたりはありませんか?
もし思い当たる節があるなら、いまこそ発想の転換が必要です。それは、「もっと努力する」のではなく、「やめてみる」という選択。
朝から晩まで仕事に追われ、空いた時間には自分磨きと称して勉強や運動に励む。それでも気力は戻らず、いつの間にかモチベーションも失われていく。自己啓発のつもりが、かえって自分をすり減らしている……そんな負のスパイラルに陥ってはいないでしょうか。
本稿では、脳科学や最新調査に裏付けられた具体的な方法論を示し、脳を休める戦略的な休息法から、ドーパミンを活用したポジティブ思考の実践ステップを詳しく解説します。ぜひ脳と心をリセットする自己啓発の新常識としてお役立てください。
脳疲労という見えないコスト
現代人の多くは自覚しないまま脳疲労を蓄積しています。日本リカバリー協会による2024年の全国調査でも、全体の約8割もの人が「疲れている」と回答しており(「高頻度」で疲労を感じる人は約44%)、慢性的な疲労傾向が明らかです。*1
特に30代では半数以上が常に疲労を抱える状況で、コロナ禍を経た現在も疲労感は高止まりしています。現代人の休養(休息・くつろぎ)時間の分布を2023年と2024年で比較すると、1日あたりの休息時間が1時間未満の人は33.7%と前年より1.39倍に増加し、4時間以上休める人は10.1%に減少しました。
つまり、休息時間の減少が、脳の疲労を回復する機会を奪っているのです。
そもそも脳疲労とは、脳が過度なストレスにさらされ回復しきれない状態を指します。忙しさに追われ脳を休める余裕がないことが、疲労の常態化を招いているのです。こうした脳疲労はパフォーマンスにも影響を及ぼし、休息なしで働き続けると脳の認知機能は著しく低下し、生産性が大幅に下がります。
見えにくい脳疲労の蓄積は、集中力の散漫や判断ミスの増加といった形で私たちの学習・仕事効率を遅らせる、見えないコストといえるのです。

BOOCS 三原則で脳に休息を
こうした慢性疲労に対処するユニークなアプローチがBOOCS(ブックス)法です。BOOCSは「Brain-Oriented Oneself-Care System」の略称で、もともと九州大学の藤野武彦氏によって提唱された脳指向型自己ケアシステムの理論です。最大の特徴は、「禁止しない」発想で脳のストレス(脳疲労)を解消しようとする点にあります。*2
具体的には、次の三原則に基づいて生活習慣を見直します。
・第一原則「やめる」
たとえ健康によいといわれる運動や食事法でも、自分が嫌でストレスに感じることは決して無理にやらない。嫌々ながら義務的に行なう行為そのものを思い切ってやめてみる。
・第二原則「快を選ぶ」
たとえ不健康だとわかっている習慣(甘い物や喫煙など)でも、自分が好きでやめられないことはひとまず続けてよい。無理な禁止によるストレスを脳に与えないようにする。
・第三原則「強制しない」
自分が心から好きになれる健康的なことを、ひとつでもいいから新たに始める。たとえば「野菜が嫌いなら無理に食べない」が第一原則ですが、「フルーツは好きなら毎日食べる」のように、プラスの習慣を取り入れます。
一見すると従来の常識と逆行するようですが、これが驚くほど脳に効果的です。脳医学の観点では、嫌いなことを強制されること自体が非常に大きなストレスであり、どんなにカラダに良いことであっても「無理強いのマイナス効果」がメリットを上回ると指摘されています。
つまり、「健康によいから」と嫌な習慣を押し付けるほど脳疲労を悪化させてしまうのです。一方で、自分にとって心地よいことを許可すると脳は安心し、新たなストレス要因が減ります。さらに自分が好きな習慣を1つ加えることで、脳に快の刺激が入り、徐々に悪い習慣への依存が薄れていく効果も報告されています。
このようにBOOCSの三原則は、脳に余計なムリをさせずに疲労を癒やし、健全な選択を促すための逆転の発想といえます。
脳疲労を軽減させる3ステップ実践法
BOOCSの三原則を日常に取り入れるため、具体的な3つのステップで脳疲労軽減に取り組んでみましょう。どれも今日から実践可能なシンプルなものです。
1. 嫌な「よいこと」を思い切ってやめる
「仕事の役に立つから」と我慢して続けている習慣があるなら、一度やめてみませんか?
長時間勉強が辛いと感じるなら、素直に切り上げる。それだけで十分です。
自分にとってストレスになる自己啓発習慣は決して継続しないことが第一歩。
やめると罪悪感が湧くかもしれませんが、脳にとっては大きな休息になります。
2. カラダに悪いけど好きなことを無理に絶たない
甘いお菓子、夜更かし。「本当は良くないんだけど…」と思いながらも楽しんでいることってありますよね?
好きでやめられないことはそのまま続けて構いません。
無理に自分を追い込まず、現状の自分を受け入れる。
「今日もやっちゃった…」なんて自分を責める必要はないのです。禁止のストレスから脳を守ることの方がずっと大切。
3. 心から楽しめる健康習慣を始める
何かひとつ「これ、やってて楽しいな」と思える習慣を見つけてみませんか?
大事なのは「カラダにいいから」ではなく、「好きだからやる」という気持ち。
音楽好きなら、お気に入りの曲をかけながら朝散歩。本好きなら、寝る前のスマホを読書タイムに変える。
そんな風に自分にとっての"小さな快"を日常に組み込みます。
こうした小さな行動でも、脳にとっては大きなご褒美です。好きなことから得られる快感が新たなドーパミンの分泌を促し、やる気や幸福感が増すことで脳疲労の回復を促します。「嫌なことをやめ、好きなことを取り入れる」3ステップを踏むことで、脳に溜まった疲労の霧が少しずつ晴れていくはずです。

ドパ活でポジティブ思考を育む
脳疲労を軽減しつつ、脳を前向きな状態に導くにはドーパミンの力を利用するのも有効です。最近、よく耳にする「ドパ活」とは、やる気や快感をもたらす脳内物質ドーパミンの分泌を増やす活動のことです。ドーパミンは脳の報酬系を刺激し、ポジティブな感情や意欲を高めてくれる幸せホルモンです。不足すると気力の低下や抑うつにつながりますが、意識的に増やすことで脳をポジティブ思考へとリセットできます。
以下に日常で簡単に実践できる代表的な「ドパ活」習慣を紹介します。
・音楽を聴く
好きな音楽に身を委ねることは脳への最高のご褒美。
マギル大学の2009年の研究によると、お気に入りの曲を聴くだけで脳内のドーパミン生成が促進されるそうです。まるでランナーズハイのような快感が味わえる。
気分が上向くのはもちろん、「自分はもっとできる」という自己効力感の向上にもつながります。
疲れたときこそ、意識的に音楽を取り入れてみてください。
・適度な運動をする
運動は幸福ホルモンを増やす王道。
やりきったあとの達成感はドーパミンを分泌させ、爽快な気分と集中力アップをもたらしてくれます。
ただし、ポイントは無理のない範囲で楽しみながら行うこと。
好きな音楽を聴きながら体を動かすと、ドーパミンの分泌量がさらに増加するという研究結果も。
通勤時に一駅分歩くとき、お気に入りの曲をイヤホンで流してみてください。
パフォーマンスが向上し、脳内にポジティブな刺激が駆け巡ります。
・香りを楽しむ
心地よい香りも脳をリラックスさせ、やる気ホルモンの分泌を助けます。
たとえばローズマリーの香り。成分のロスマリン酸が脳内ドーパミンを増やしてくれるんです。
仕事の合間にアロマディフューザーでローズマリー精油を炊く。ハーブティーの香りを深呼吸する。
ラベンダーで情動を安定させたり、柑橘系で気分を高揚させたり。香りの選択肢は無限大です。
自分の「好きな香り」で嗅覚を満たす時間を作ることが、脳への最高のリフレッシュになる。
これ以上シンプルで効果的な方法はないかもしれません。
このように五感に心地よい刺激を与える習慣を意識して取り入れると、脳内の報酬回路が活性化し、ポジティブなマインドが育まれます。ドーパミンを上手に味方につけることも、脳疲労を溜めず前向きなエネルギーを維持する秘訣です。
脳を休める人が学びを制す
いまや「やめるは戦略」です。忙しい現代人にとって休息は決して贅沢ではなく、高いパフォーマンスを維持するための必須要素であることが脳科学的に証明されています。つまり、「いかに戦略的に脳を休ませるか」が、仕事や勉強の成果を左右する時代なのです。
では具体的にどう実践するのか。コツは「パフォーマンスが落ちる前にやめる」ことです。
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私たちに必要なのは「なにかを始めること」ではなく、「なにかをやめる勇気」なのかもしれません。脳を追い込む努力より、脳を労わる休息が、未来の成長を支えてくれます。
やめることこそ、最強の自己啓発 ─ それが、これからの時代の新常識なのです。
*1 日本リカバリー協会|全国10万人調査「日本の疲労状況2024」
*2 BOOCS公式サイト|BOOCS法について(脳疲労と三原則)
STUDY HACKER 編集部
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