
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
Season1では、マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識までを体系的に解説しました。Season2は、配属されてしばらく経ち、実務をこなしながらさまざまな「壁」にぶつかり始めた方に向けて、より実践的なテーマを掘り下げていきます。
まだSeason1を読んでいない方は、まずそちらからどうぞ。▶ 新人さんのためのマーケティング講座 Season 1【全14回まとめ】 ——マーケティングの基礎知識を徹底解説!
「今月のリール、100万回再生されました!」
意気揚々と報告したあなたに、上司はこう返しました。
「で、問い合わせは何件増えたの?」
——答えに詰まったことはありませんか?
SNS運用を任されると、ついフォロワー数や再生回数を追いかけたくなります。数字が伸びれば嬉しいし、「成果が出ている」と感じられる。
しかし、その数字を経営層に報告したとき、「それで売上はどうなったの?」と聞かれて言葉に詰まるなら、あなたは「間違った指標」を追いかけているかもしれません。
私自身、ENGLISH COMPANYのInstagramを月間700万PV・フォロワー27万人規模に成長させる過程で、何度もこの壁にぶつかりました。
「バズったのに問い合わせが増えない」「フォロワーは増えたのに売上に反映されない」——そんな経験を経て、ようやくたどり着いた答えがあります。
本記事では、SNSの成果を正しく評価するための「3層構造」と、経営層に響く「PL翻訳」の報告方法を解説します。
この視点を持てば、あなたの報告は「数字の自慢」から「投資判断の材料」に変わり、経営層との会話が噛み合うようになります。
個人と企業の「数字の出口」は決定的に違う
『企業のSNS運用で「インフルエンサーの真似」が絶対に失敗する構造的理由』で、私は「インフルエンサーの真似をするな」と書きました。
その理由を、もう一度ビジネスモデルの構造から確認しましょう。
個人インフルエンサーの収益構造
個人インフルエンサーにとって、リーチ数そのものが「商品」です。
フォロワー10万人のインスタグラマーは、その10万人への「広告枠」を企業に売っています。YouTuberは再生回数に応じた広告収益を得ています。
投げ銭、メンバーシップ、コラボ案件——いずれも「見られること」自体がお金に変わるモデルです。
だから、バズは正義。再生回数は売上に直結する。フォロワー数は資産そのもの。
これは、彼らのビジネスモデルにおいては完全に正しい。
企業の収益構造
しかし、あなたの会社は違います。
あなたの会社は、フォロワーに「見られること」で収益を得ているわけではありません。最終的には商品・サービスを購入してもらうことが目的のはずです。
つまり、企業にとってSNSの数字は「プロセス」であり「ゴール」ではない。
100万回再生されても、そこから問い合わせにつながる動線がなければ、その100万回は「ただ見られて終わった」だけ。
リーチは空振りし、運用コストだけが積み上がっていく。
インフルエンサーの成功法則をそのまま企業に持ち込むのは、構造的なミスなのです。

フォロワー数は「入場券」であり「ゴール」ではない
では、SNSの数字は無意味なのか?
そうではありません。
インプレッション、エンゲージメント、フォロワー数——これらは「商売の土俵に上がるための入場券」として、極めて重要な先行指標(KPI)です。
『「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている』で解説した通り、AI時代において「想起されなければ存在しないのと同じ」です。
そして想起されるためには、ターゲットに何度も接触する必要がある。SNSはその接触機会を作る有力な手段です。
問題は、入場券を集めることが目的化してしまうこと。
「資産になる数字」と「ただ流れる数字」
SNSの数字には、2種類あります。
【ただ流れる数字(フロー)】
・バズった投稿の再生回数
・一過性のいいね数
・フォローされたけど二度と見られないアカウント
【資産になる数字(ストック)】
・指名検索の増加(「○○といえばこのサービス」という想起の証拠)
・プロフィール遷移率(興味を持って「誰?」と思われた証拠)
・投稿保存率(「後で見返したい」と思われた証拠)
・ハイライト閲覧数(能動的に情報を取りに来ている証拠)
前者は、見られた瞬間に消費されて終わる「フロー」。
後者は、顧客の頭の中に蓄積されていく「ストック」。
出口の設計がないまま「入場券」だけを集めても、コストだけが積み上がる赤字運用になります。

SNS評価の「3層構造」でボトルネックを特定する
では、SNSの成果をどう評価すればいいのか。
私は「3層構造」で評価することを推奨しています。
【SNS評価の3層構造】
先行指標:フォロワー数、エンゲージメント率、指名検索数
→「土俵に上がれているか」の確認
中間指標:プロフィール遷移率、外部リンククリック、問い合わせ数
→「動線が機能しているか」の確認
最終指標:売上・利益への貢献
→「投資として成立しているか」の判断
この3層で評価すれば、「バズったけど売上につながらない」という事態が起きたとき、どこで詰まっているのかが見えます。
具体例で説明しましょう。
あなたの会社のInstagramリールが100万回再生されたとします。しかし、問い合わせは1件も増えなかった。このとき、「SNSは効果がない」と結論づけるのは早計です。
【ケース1】先行指標は良いが、中間指標が悪い
・リール再生100万回、いいね5,000件(先行指標◎)
・しかしプロフィール遷移率0.1%、外部リンククリック50件(中間指標✕)
→ 診断:動線設計の問題。バズっているが「誰が発信しているか」に興味を持たれていない。プロフィールへの誘導文言、CTA(行動喚起)の追加が必要。
【ケース2】中間指標まで良いが、最終指標が悪い
・プロフィール遷移率2%、外部リンククリック2,000件(中間指標◎)
・しかし問い合わせ0件、売上貢献なし(最終指標✕)
→ 診断:LP(ランディングページ)または商品設計の問題。SNSは機能しているが、その先で離脱している。LPの訴求内容、フォームの簡便さ、価格設定などを見直す。
このように、3層で切り分ければ「SNSが悪いのか、その先が悪いのか」が明確になり、改善ポイントが特定できます。
指名検索を「想起の質の証明」に
3層構造の中でも、私が特に重視しているのが指名検索の推移です。
『「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている』で解説した通り、AI時代において指名検索は「想起されている証拠」です。
カテゴリ検索(「英語 スクール」)はAI Overviewに奪われますが、指名検索(「ENGLISH COMPANY」)は奪われない。
SNS運用によって指名検索が増えているなら、それは「認知の質」が高まっている証拠。
直接の売上に変換されるまでにタイムラグがあっても、先行指標として評価すべきです。

「拍手」ではなく「利益」を報告できる人になれ
『あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由』で、私は「ブランディング施策が却下される理由」を解説しました。
経営者が見たいのは「PL(損益計算書)のどこが良くなるのか」。この一点だけです。
SNSも同じです。
「バズりました!」「フォロワー増えました!」という報告は、経営者の耳には「ポエム」として処理されます。
✕ ポエム報告
「今月のリールが100万回再生されました! エンゲージメント率も過去最高です!」
→ 上司の心の声「で、売上はいくら上がったの?」
◯ PL翻訳報告
「この施策によって、指名検索が前月比20%増加しました。過去データから、指名検索経由の顧客LTVは一般検索経由の1.5倍です。したがって、今期の想定営業利益への貢献は○○万円と試算しています」
→ 上司「なるほど、続けよう」
あなたが「いいねの数」を報告している限り、経営層との会話は永遠に噛み合いません。
上司を説得したいなら、上司の言葉で話してください。
拍手を数えるな。利益を数えろ。
これができるようになれば、あなたは「SNS担当者」から「事業に貢献するマーケター」へと一段上がることができます。

【本記事のまとめ】
1. 個人と企業は構造が違う
インフルエンサーはリーチが商品。企業はリーチがプロセス。同じ指標で評価してはいけない。
2. フォロワー数は入場券
商売の土俵に上がるための先行指標であり、ゴールではない。出口の設計なき入場券集めは赤字運用。
3. 3層構造で評価せよ
先行指標・中間指標・最終指標の3層で評価すれば、どこで詰まっているかが見える。
4. 指名検索を想起の証拠に
AI時代、指名検索の増加は認知の質が高まっている証拠。先行指標として評価すべき。
5. 経営言語に翻訳せよ
「いいね」ではなく「営業利益への貢献」で報告する。ポエムでは予算は取れない。
SNS評価指標に関するFAQ
Q. ブランディングのためにバズは不要ですか?
A. バズは認知拡大の有力な手段です。ただし、問題はバズを「ゴール」にしてしまうこと。バズった後に「動線」があるかどうかが重要です。100万回再生されても、プロフィールに飛ぶ導線がなければ、100万人が通り過ぎただけ。バズは「入口」であり、その先の設計とセットで初めて意味を持ちます。
Q. 3層構造のどの指標から改善すべきですか?
A. 上流から順に確認してください。先行指標(フォロワー数、エンゲージメント率)が悪ければ、まずコンテンツの質や投稿頻度を見直す。先行指標が良いのに中間指標(プロフィール遷移率、外部リンククリック)が悪ければ、動線設計の問題です。中間指標まで良いのに最終指標(売上・利益)に反映されないなら、LPや営業プロセスの問題かもしれません。
Q. 上司にSNS施策の価値を理解してもらえません。どうすればいいですか?
A. 「いいね数」や「再生回数」ではなく、経営言語に翻訳して報告してください。具体的には、指名検索の増加率、問い合わせ数の推移、そしてそれらが売上・利益にどう貢献しているかを数字で示す。「ポエム報告」から「PL翻訳報告」に切り替えるだけで、上司の反応は変わります。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
配属されてしばらく経ち、実務で壁にぶつかり始めた方へ。より実践的なテーマを掘り下げます。
- 第1回:あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由
- 第2回:「企業SNS運用、どれに集中すべき?」ランチェスター戦略で導く"捨てる"判断基準
- 第3回:お客様はあなたの会社に「1ミリも興味がない」。マーケティングの全戦略は、この残酷な事実を認めることから始まる
- 第4回:広告費で負けているなら、広告で勝負するな。弱者のための「地上戦」マーケティング
- 第5回:「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている。AI時代に、自社を顧客に届けるには。
- 第6回:「バズったのに売上が上がらない」と悩むあなたへ。SNS評価の3層構造とPL翻訳報告(本記事)
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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