
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
Season1では、マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識までを体系的に解説しました。Season2は、配属されてしばらく経ち、実務をこなしながらさまざまな「壁」にぶつかり始めた方に向けて、より実践的なテーマを掘り下げていきます。
まだSeason1を読んでいない方は、まずそちらからどうぞ。▶ 新人さんのためのマーケティング講座 Season 1【全14回まとめ】 ——マーケティングの基礎知識を徹底解説!
ホワイトペーパーを作った。製品の優位性を詰め込んだ。機能比較表も載せた。ダウンロードはされる。でも、問い合わせにつながらない。
あなたは思うはずです。「スペックはちゃんと伝わっているはずなのに、なぜ?」
私自身、ENGLISH COMPANYで法人向けの英語研修サービスを展開する中で、この壁に何度もぶつかりました。競合より研修効果のエビデンスは充実している。価格も適正。なのに、問い合わせが来ない時期があった。そこで気づいたのは、問題は「伝える内容」ではないということです。B2Bの担当者が「問い合わせる」という行動を起こすとき、何がトリガーになっているか——ここを見誤っていました。
本記事では、B2Bにおける「情緒」の正体と、それをマーケティングコンテンツで設計する方法を解説します。スペック訴求だけでは限界がある、と感じているなら、この先を読んでください。
B2Bでも「人間」が問い合わせボタンを押している
当たり前のことを確認させてください。あなたのLPで「問い合わせる」ボタンを押すのは、企業ではありません。人間です。その人間には、感情があります。不安があり、期待があり、面倒くささがあり、「これを上司にどう説明しよう」という心配がある。
B2Bマーケティングでは、つい「企業に向けて発信している」と考えがちです。しかし実際にコンテンツを読み、ダウンロードし、問い合わせを検討しているのは、会社の看板を背負った一人の個人です。その個人の心理を理解しなければ、どれだけスペックを並べても行動にはつながりません。
なぜスペック訴求では動かないのか
人間の意思決定について、行動経済学は明快な答えを出しています。人は感情で決定し、論理で正当化する。
つまり、「問い合わせよう」という行動を起こすトリガーは、スペックの優位性ではありません。「この会社なら、自分の課題を解決してくれそうだ」という期待。「ここに相談すれば、失敗しなさそうだ」という安心。こうした感情が先に動いて、初めて人は行動します。
スペック比較表は、その後に来るものです。「問い合わせてみようかな」と心が動いた人が、自分の判断を正当化するために使う材料。あるいは、上司に説明するための「言い訳」。順番が逆なのです。感情が動かなければ、スペック表は読まれすらしない。
担当者が本当に恐れていること
B2Bの担当者が問い合わせをためらう最大の理由は何か。それは「失敗したときに、自分の評価が下がること」です。新しいツールを導入して、うまくいかなかったらどうしよう。この会社に頼んで、トラブルが起きたら自分の責任になる。上司に「なんでこの会社にしたんだ」と言われたくない。
担当者は常に、この「社内リスク」を計算しています。だから、どれだけスペックが優れていても、「この会社、なんか不安だな」と感じたら問い合わせません。逆に、「ここなら安心して任せられそう」と感じれば、多少スペックで劣っていても問い合わせるのです。

マーケティングコンテンツで「情緒」を設計する
では、どうすれば「安心」や「期待」といった情緒を、マーケティングコンテンツで設計できるのか。
具体的な方法を3つ解説します。
1. 機能を「安心」に翻訳する
『あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由』で解説した「PL翻訳」と同じ技術です。
機能やスペックを、担当者の感情に響く言葉に翻訳してください。
✕ 機能の説明
「24時間365日のサポート体制を完備」
◯ 安心への翻訳
「深夜にトラブルが起きても、あなたが対応に追われることはありません」
前者は「うちの会社はこれができます」という自己紹介。後者は「あなたはこうなれます」という未来の提示。
担当者が知りたいのは、あなたの会社の機能ではありません。「自分がどう楽になるか」「どうリスクが減るか」です。ホワイトペーパーもLPも、この視点で書き直してみてください。
2. 導入事例を「担当者のストーリー」として見せる
導入事例は、多くの企業が「成果の数字」を中心に構成しています。「導入後、業務効率が30%向上」「コスト削減額は年間○○万円」——こうした数字は確かに重要です。
しかし、それだけでは情緒に響きません。なぜなら、読んでいる担当者が知りたいのは「自分と同じ立場の人が、どう成功したか」だからです。
導入事例には、こう書いてください。「導入を決めた担当者は、最初どんな不安を抱えていたか」「社内でどう説明し、どう承認を得たか」「導入後、その担当者は社内でどう評価されたか」。読者が「自分もこうなれるかもしれない」と感じられるストーリーがあれば、問い合わせへの心理的ハードルは大きく下がります。
3. 「相談しやすい人格」を発信で積み上げる
『「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている』で解説した通り、AI時代において「想起されなければ存在しないのと同じ」です。B2Bでも、この原則は同じです。
担当者が課題を感じたとき、「そういえば、あの会社に相談してみよう」と思い出してもらえるかどうか。この「想起のポジション」を獲得できているかが、問い合わせ数を大きく左右します。
オウンドメディアでの情報発信、SNSでの専門知識の共有、ウェビナーやセミナーでの登壇。これらは単なる「認知施策」ではありません。「困ったときに真っ先に相談したくなる人格」を積み上げる活動です。
スペックはコピーできます。価格は追随できます。しかし、「この会社に相談したい」という信頼は、簡単には奪えません。

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スペック競争から抜け出す
最後に、あなたに問いかけます。あなたのマーケティングコンテンツは、スペック比較表の延長になっていませんか? 機能A、機能B、機能C……と羅列して、「だからうちを選んでください」と言っていませんか?
それでは、競合がひとつ機能を追加するたびに、あなたも追加しなければならなくなります。価格を下げられたら、こちらも下げざるを得なくなる。終わりのないコモディティ競争に巻き込まれます。
情緒は、その競争から抜け出すための武器です。担当者の不安を理解し、「この会社なら大丈夫」と思わせる。その安心感を、すべてのコンテンツに埋め込む。
スペックで選ばれる会社は、スペックで負けたら終わりです。信頼で選ばれる会社は、簡単には負けません。
あなたのホワイトペーパーは、スペックを伝えていますか? それとも、安心を伝えていますか? ぜひ、今日から見直してみてください。

【本記事のまとめ】
1. B2Bでも「人間」が行動している
問い合わせボタンを押すのは企業ではなく、感情を持った個人。その心理を理解せよ。
2. 感情が先、論理は後
人は感情で決定し、論理で正当化する。スペック表は「心が動いた後」に読まれる。
3. 担当者は「社内リスク」を恐れている
失敗して評価が下がることへの不安。これを解消できなければ、問い合わせは来ない。
4. 機能を「安心」に翻訳せよ
「うちはこれができます」ではなく「あなたはこう楽になります」と伝える。
5. 信頼で選ばれる会社になれ
スペック競争は終わりがない。情緒という模倣不可能な資産を積み上げよ。
【B2Bコンテンツ 情緒チェックリスト】
□ ホワイトペーパーは「機能説明」ではなく「課題解決のストーリー」になっているか?
□ LPのコピーは「あなたはこう楽になる」という視点で書かれているか?
□ 導入事例に「担当者の不安→解決→社内評価」の流れがあるか?
□ 「この会社なら失敗しなさそう」という安心感を与えているか?
□ オウンドメディアやSNSで「相談したくなる人格」を発信しているか?
□ 競合との差別化を「スペック」ではなく「信頼」で語れるか?
B2Bマーケティングの情緒設計に関するFAQ
Q. 情緒的なコンテンツは「ふわっとしている」と言われませんか?
A. 情緒と論理は対立しません。両方必要です。情緒で「問い合わせてみよう」と思わせ、論理で「この判断は正しい」と確信させる。順番の問題です。情緒がなければ論理は読まれず、論理がなければ情緒だけでは決裁が通りません。
Q. うちの業界は「スペック重視」なので情緒は通用しないのでは?
A. 「スペック重視」に見える業界ほど、実は情緒が差別化になります。なぜなら、競合もあなたもスペックで訴求しているから、どこも同じに見えてしまう。そこに「この会社は自分たちの課題をわかってくれている」という情緒が入ると、一気に抜け出せます。
Q. 情緒的アプローチの効果はどう測定すればいいですか?
A. 直接的には「問い合わせ率(CVR)」の変化を見てください。同じPV数でもCVRが上がれば、コンテンツが心を動かしている証拠です。間接的には、商談時に「ホワイトペーパーを読んで安心した」「御社の記事をずっと見ていた」といった声が増えるかどうか。営業からのフィードバックも重要な指標になります。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
配属されてしばらく経ち、実務で壁にぶつかり始めた方へ。より実践的なテーマを掘り下げます。
- 第1回:あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由
- 第2回:「企業SNS運用、どれに集中すべき?」ランチェスター戦略で導く"捨てる"判断基準
- 第3回:お客様はあなたの会社に「1ミリも興味がない」。マーケティングの全戦略は、この残酷な事実を認めることから始まる
- 第4回:広告費で負けているなら、広告で勝負するな。弱者のための「地上戦」マーケティング
- 第5回:「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている。AI時代に、自社を顧客に届けるには。
- 第6回:「バズったのに売上が上がらない」と悩むあなたへ。SNS評価の3層構造とPL翻訳報告
- 第7回:B2Bこそ「情緒」で売れ。決裁者も結局は「人間」であるという当たり前の事実(本記事)
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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