今回は、俗に「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンを増やす方法について解説します。セロトニンとは、トリプトファンから合成され、セロトニン神経系から放出される神経伝達物質。ドーパミンやノルアドレナリンと同様、ストレスに関係するホルモンです。
セロトニンの分泌が不足すると、以下のようにさまざまなデメリットが生じます。
- 気分がふさぐ
- 精神的なストレスを感じる
- 意欲や集中力、記憶力が低下する
- 睡眠の質が悪化する
これでは、仕事や勉強のパフォーマンスが損なわれてしまいますね。
セロトニンを増やすには、食事によってビタミンB6を摂取する、リズム運動をするなど、さまざまな方法があります。セロトニンを増やす方法について、詳しくご紹介しましょう。
- セロトニンの役割
- セロトニンを増やす方法1:トリプトファンを摂取する
- セロトニンを増やす方法2:リズム運動をする
- セロトニンを増やす方法3:日光浴をする
- セロトニンを増やす方法4:感動の涙を流す
- セロトニンを増やす方法5:腸内環境を整える
- セロトニンを増やす方法6:呼吸を整える
セロトニンの役割
セロトニンを増やす方法について学ぶ前に、セロトニンの働きを確認しておきましょう。
私たちの脳は、およそ1,000億~2,000億個もの神経細胞が集まってできています。細胞間で情報をやり取りするのに必要なのが、セロトニンをはじめとする「神経伝達物質」。神経伝達物質には、セロトニンのほかにドーパミン、ノルアドレナリン、エンドルフィンなどさまざまな種類があり、それぞれ異なる働きをします。
セロトニンの主な働きとして挙げられるのは、以下の3つです。
精神を安定させる
セロトニンは、「幸せホルモン」と呼ばれることもあります。心の安らぎや癒やし、満足感などをつかさどるためです。たとえば、以下のようにリラックスできるシーンでは、セロトニンが活発に分泌されているはず。
- 温泉に浸かってホッとしているとき
- 喫茶店でひと息ついているとき
- 寝る前、ベッドのなかでゆっくりしているとき
セロトニンが不足すると、私たちの感情は不安定になり、気分がふさぐ、イライラするなど、気分の乱れにつながります。いきいきと毎日を過ごすには、セロトニンの適度な分泌が不可欠なのです。
睡眠の質を保つ
セロトニンは、睡眠の質にも深く関わっています。
神経内科医の井手下久登氏によると、夜になると自然に眠くなるのは、「メラトニン」という睡眠誘導物質が分泌されるため。そして、メラトニンは、日中に分泌されたセロトニンからつくられているのだそう。つまり、セロトニンが不十分だと、メラトニンの量も減り、寝つきが悪くなる、睡眠の質が下がるといった問題が起こりやすくなるのです。
セロトニンには、朝目覚めたときに脳を覚醒させる役割もあります。セロトニンがきちんと分泌されていれば、「活動モード」と「休息モード」の切り替えがスムーズになり、メリハリのついた生活を送れるのです。
記憶力を維持する
セロトニンは、記憶・学習においても重要な役割を担っています。精神科医の安野史彦氏が2004年に発表した論文によれば、セロトニンを受け取る受容体(※)の働きを妨害する実験を行なったところ、被験体の記憶能力が低下したのだそう。要するに、セロトニンが脳内でやり取りされなくなると、記憶力が落ちてしまう恐れがあるのです(※各神経細胞に備わる、神経伝達物質を受け取る部分。ある神経細胞から分泌された神経伝達物質は、別の神経細胞の受容体にキャッチされることで、信号として伝達される)。
「海馬」をストレスから守るのも、セロトニンの重要な役割です。海馬とは、記憶や学習に関わる脳の部位。ストレスによって傷つけられやすいという性質をもっています。
脳科学者の高田明和氏によれば、ストレスホルモン「コルチゾール」の過剰な状態が続くと、やがて海馬の細胞が死滅し、記憶力が低下してしまうことがあるのだそう。長いあいだ恐怖を感じ続けた人や、うつ病の人の海馬は、萎縮して小さくなることがわかっているそうです。
セロトニンを増やす方法を実践すれば、心が安定し、良質な睡眠をとれるほか、記憶力を維持することもできるのですね。
セロトニンを増やす方法1:トリプトファンを摂取する
セロトニンを増やす方法には、どのようなものがあるのでしょうか? 精神科医の樺沢紫苑氏の解説などを参考に、6つの方法をご紹介しましょう。
セロトニンを増やす方法の1つめは、アミノ酸の一種であるトリプトファンを摂取することです。トリプトファンは、体内でセロトニンを合成するための材料。不足すれば、セロトニンの分泌が減ってしまう可能性があります。
管理栄養士の道江美貴子氏によると、トリプトファンは、以下をはじめとする食品に多く含まれているそうです。
- 大豆
- 牛乳
- 豚ロース
- マグロ
- カツオ
- バナナ
- ハチミツ
「朝食のトーストにハチミツをかける」「ランチには豚肉を食べるようにする」「おやつにバナナを食べる」など、毎日の食事にちょっとした工夫をすることで、簡単にトリプトファンを摂取できます。セロトニンを増やす方法として、決して難しくないものなので、ぜひ意識してみてください。
セロトニンを増やす方法2:リズム運動をする
セロトニンを増やす方法の2つめは、運動です。
樺沢氏によると、ウォーキングやスクワットなど、「単調なリズムを繰り返すような運動(リズム運動)」は、セロトニンの分泌を促す効果が特に高いのだそう。運動後は、心身ともにスッキリとした感じがしますよね。あの爽快感は、セロトニンの作用によるものなのです。畿央大学が2014年に発表した論文によると、被験者に30分間のペダル漕ぎ運動をさせたところ、運動後に尿内セロトニン量が上昇し、緊張や不安の軽減がみられたそうですよ。
リズム運動としては、以下のようなものが挙げられます。
- ウォーキング
- ジョギング
- スクワット
- 踏み台昇降
- 首回し
- 階段のぼり
- 水泳
- ゴルフのスイング
室内で手軽に運動したい人には、「踏み台昇降」がおすすめです。踏み台昇降とは、高さ20~30cmほどの台をのぼり降りするだけの簡単なエクササイズ。数分続けると意外に体力を消耗し、汗をかきます。ちょうどいい台がない場合は、雑誌などを束ねたもので代用できます。
また、椅子に座ったままでも手軽にできるのが、「首回し運動」。樺沢氏によると、首には頭を支えるための筋肉がたくさんついているため、首を回すだけで脳に多くの刺激が伝わり、セロトニンが出やすくなるとのこと。
セロトニンを増やすには5分以上の運動が必要。しかし、長時間やりすぎると神経が疲れてしまうため、樺沢氏は15~30分程度を推奨しています。体力づくりにもつながるので、セロトニンを増やす方法として軽い運動もおすすめです。
セロトニンを増やす方法3:日光浴をする
セロトニンを増やす方法としては、「日光浴」も有名。樺沢氏によれば、光の刺激を脳が受け取ると、セロトニンの合成を始めるスイッチがオンになるのだそう。朝に日光を浴びると気持ちがシャキッとするのは、セロトニンの合成スイッチが入るためなのです。リズム運動と日光浴を組み合わせた「朝のウォーキング」は、セロトニンを出すには最適でしょう。
樺沢氏は、2,500ルクス以上の日光を5分以上浴びることを推奨しています。2,500ルクスとは、「晴れた朝の日の出」に相当する明るさです。晴れた日の直射日光だと10万ルクス、雨の日の日光でも1万5,000ルクスはあるため、カーテンを開けさえすれば、天候にかかわらずセロトニンの分泌を促せます。
なお、普通の蛍光灯だと1,800ルクス程度の明るさしかないため、セロトニンを増やす作用はあまり期待できないそう。ですが、最近は、2,500ルクス以上の強力な光を放って起こしてくれる「光目覚まし時計」もあります。なかなかスッキリ目覚められない方は、活用してみてもいいでしょう。
光を浴びるのは、セロトニンを増やす方法として定番です。ぜひやってみてください。
セロトニンを増やす方法4:感動の涙を流す
精神科専門医の伊藤直氏によると、セロトニンを増やす方法としては、感動して涙を流すことも挙げられます。「泣ける」映画や小説、漫画、音楽などの世界にじっくりと浸って泣くことは、精神の健康を保つうえで大きな意味があるのです。
参考までに、筆者が個人的に選んだ「泣きたいときにおすすめの映画」をいくつかご紹介します。
- 『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)ギレルモ・デル・トロ監督
- 『海の上のピアニスト』(1998)ジュゼッペ・トルナトーレ監督
- 『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997)ロベルト・ベニーニ監督
- 『レオン』(1994)リュック・ベッソン監督
- 『シェルブールの雨傘』(1964)ジャック・ドゥミ監督
- 『雨に唄えば』(1952)ジーン・ケリー監督
- 『素晴らしき哉、人生!』(1946)フランク・キャプラ監督
涙を流すことの癒やし効果は、広く認知されつつあります。ストレス発散として積極的に涙を流す「涙活」や、涙活をサポートする資格「感涙療法士」も登場しました。
涙活について知りたい方は、感涙療法士が主催する「涙活セミナー」に参加してみるのもいいでしょう。感涙療法士・吉田英史氏のセミナーでは、泣ける短編映画の鑑賞や、涙の効用を解説する講義、心にため込んだ泣き言を書き出す「泣き言セラピー」など、さまざまな取り組みを行なっているそうです。
涙を流すことに抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、たまには「感動する時間」をとってみてはいかがでしょう。セロトニンを増やす方法としておすすめです。
セロトニンを増やす方法5:腸内環境を整える
セロトニンを増やす方法としては、腸内環境を整えることも挙げられます。意外なことに、ほとんどのセロトニンは腸でつくられているためです。
免疫学者の藤田紘一郎氏によると、私たちの体内には合計10mgほどのセロトニンがあり、うち9割は、小腸の粘膜上にある「EC細胞」に存在しているのだそう。EC細胞は「セロトニン工場」のようなもので、体内で使われるほとんどのセロトニンを合成しています。
セロトニンの生成には、「腸内細菌」の働きも欠かせません。腸内細菌は、セロトニン合成に欠かせないトリプトファンやビタミンB6、ナイアシン、葉酸などをつくるためです。セロトニンを増やすには、腸内細菌の働きを活発にする必要があります。
腸内環境を整えるには、腸内細菌のエサとなる「食物繊維」の摂取がおすすめです。特に「水溶性食物繊維」という水に溶けるタイプの食物繊維は、腸内細菌の栄養になりやすいため、積極的にとるようにしましょう。
生物学者の福田真嗣氏は、水溶性食物繊維を多く含む食品として、以下のものを紹介しています。
- らっきょう(100gあたり18.6gの食物繊維)
- 青汁(12.8g)
- エシャロット(9.1g)
- 大麦(6.0g)
- 切り干し大根(5.2g)
- にんにく(4.1g)
- 干ししいたけ(3.0g)
- ごぼう(2.3g)
- 納豆(2.3g)
- アボカド(1.7g)
- じゃがいも(0.6g)
トリプトファンを多く含む食品と合わせ、毎日の食事に少しずつ取り入れてみてください。
セロトニンを増やす方法6:呼吸を整える
セロトニンを増やす方法としては、意識的に呼吸を整えることもあります。呼吸は、私たちの気分・感情と密接に関係しているためです。
医学博士の丸山浩然氏が推奨しているのが、「腹式呼吸法」。腹式呼吸において注意を払うべきなのが、肺の下を膜のように支えている「横隔膜」という筋肉。横隔膜を上下に動かす、つまり “肺を下に膨らます” ようなイメージで呼吸するのが、腹式呼吸の基本です。
反対に、横隔膜ではなく肋骨を動かすだけの呼吸は「胸式呼吸」。肺の上部が膨らみ、呼吸のたびに肩が上下に動くのが特徴です。普通に呼吸していると、たいていは胸式呼吸になっているでしょう。
丸山氏によると、腹式呼吸によって横隔膜を意図的に動かすと、神経が刺激され、セロトニンの分泌が増えるのだそう。2011年の『東海学園大学研究紀要』に掲載された論文でも、腹式呼吸のあとに尿中のセロトニン量が増加したと確かめられています。
腹式呼吸のコツは、なるべく肩や胸を動かさず、お腹に空気をためていくようなイメージで息をすること。最初は難しいかもしれませんが、少し練習すれば誰でもできるようになります。
丸山氏が推奨する「腹式呼吸エクササイズ」の手順は以下のとおりです。
- へそに手を当てる
- 「あー」と声を出すイメージで、大きく息を吸う
- 吸った息によってお腹を膨らませ、手を押し返すようにする
- 吸いきったら、お腹の膨らみはそのままに、息を止める
- ゆっくり10秒数え、一気に息を吐く。お腹は自然にへこませてよい
いつでもどこでもできる簡単なエクササイズですから、セロトニンを増やす方法のひとつとして、ぜひご活用ください。
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セロトニンを増やす方法を知っておくと、心身や脳の健康を保て、毎日を気持ちよく過ごせます。気持ちが不安定になりやすい方や、仕事・勉強への意欲が減退している方は、今回ご紹介した方法をぜひ参考にしてみてくださいね。
東洋経済オンライン|これが真実!日々歩けば「医者要らず」になる
川上脳神経外科クリニック|脳細胞の数は?
医療法人社団いでした内科・神経内科クリニック|健康を損なう大きな原因は睡眠不足だった
高田明和(2003),『記憶力が強くなる本』, 第三文明社.
樺沢紫苑(2010),『脳内物質仕事術』, マガジンハウス.
樺沢紫苑(2018),『いい緊張は能力を2倍にする』, 文響社.
ハフポスト|ストレスが溜まったら「生姜焼き」を食べる! 一年の疲れをとる食事セラピー
畿央大学|運動によるセロトニンシステムの活性化が不安を軽減する
佐野新一・蒲真理子・坂本正裕・鈴木郁子・有田秀穂(2002),「踏み台昇降運動によるセロトニン神経系の賦活」, 北陸大学紀要, 26号, pp.39-48.
WEDGE Infinity|うつ病への効果が期待できる涙活 能動的な涙はストレスを解消させる
藤田紘一郎(2012),「こころとからだの免疫学:腸内細菌の働きを中心に」, 心身健康科学, 8巻2号, pp.69-73.
大正製薬ダイレクト|腸内ケアで眠りの質を高めよう
NIKKEI STYLE|腸内細菌が喜ぶ食事 カギは食物繊維
幻冬舎ゴールドオンライン|「胸式呼吸」と「腹式呼吸」の違いとは?
幻冬舎ゴールドオンライン|「腹式呼吸」が身体におよぼすメリットとは?
榊原雅人(2011),「呼吸法はなぜ健康によいのか?:心拍変動バイオフィードバック法からみた自律神経メカニズムと心理学的効果」, 東海学園大学研究紀要:人文科学研究編, 16号, pp.105-122.
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。