仕事に活かそうと資格勉強をしている人はもちろん、自己成長のために読書をしている人など、多くのビジネスパーソンに欠かせない能力が「記憶」です。勉強して覚えたことも、読書を通じて出会った心に響く言葉も、どんどん忘れてしまってはせっかくの勉強や読書が無駄になってしまいます。
記憶定着アプリ「モノグサ」最高技術責任者である畔柳圭佑(くろやなぎ・けいすけ)さんが、自身が提唱する「効率的に記憶する4つのステップ」におけるコツを教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
覚えるものは、「自分の知識で表現できるもの」にする
私は、人間にもともと備わっている記憶の仕組みをうまく活かして、できるだけ効率的に記憶する方法を、次のような4つのステップとして提唱しています。
【効率的に記憶する4つのステップ】
- なにを覚えるのかを決める
- 覚える
- 覚えた状態をキープする
- 適切に思い出す
前回の記事では、それぞれの概要についてお伝えしました(『記憶定着アプリ開発者「記憶は苦しいものではない」。ラクに効率よく覚えるための4ステップ』参照)。今回は、4つのステップにおけるもう少し踏み込んだコツについて解説します。
最初の「なにを覚えるのかを決める」ステップでは、覚えるものを「自分のなかにもともとある記憶(知識)と組み合わせて表現できるもの」にすることが重要です。少しわかりにくいかもしれないので、例を挙げましょう。
近年、ビジネスシーンでよく見聞きする言葉に「DX(デジタルトランスフォーメーション)」があります。これは、簡単に言うと「データとデジタル技術を活用して、ビジネスモデル、業務、組織を変革する」ことです。
では、極端な例かもしれませんが、この説明文にある「データ」も「デジタル技術」も「ビジネスモデル」もなんのことだかわからない人がいたらどうでしょう? もちろん、DXについて理解できるはずもありませんよね。この説明文を理解して記憶するには、まず自分のなかに「データ」「デジタル技術」「ビジネスモデル」といった記憶(知識)がなければならないのです。
このことが、「なにを覚えるのかを決める」ための指針となります。一念発起して勉強をしようと分厚くて難解な専門書を買ってきたとしましょう。その内容の多くが理解できないとしたら、その人にはその本が合っていないということ。前段階として、もっと平易な書籍で勉強を始めなければなりません。
記憶する前に行なう「事前テスト」が記憶を強化する
2つめの「覚える」ステップには、とにかく「テスト」が欠かせません。定期的にテストをすることで記憶を強く定着させ、また本当にきちんと記憶できたかどうかを確認できるからです。
ただ学生までの経験から、テストというと、勉強して記憶をしたあとで受けるものというイメージをもっている人がほとんどでしょう。でも、じつは記憶をする前に行なう「事前テスト」も大きな力を発揮します。
記憶する前に行なうのですから、もちろん正解率はほぼゼロになるでしょう。でも、事前テストで正解する必要などありません。なぜなら、事前テストは高得点を挙げるべきものではなく、記憶を強化するためのものだからです。事前テストを受けることで、いざ記憶しようとするときには、「あ、これは事前テストに出てきたことだぞ!」と感じて、情報が記憶として定着しやすくなるのです。
3つめの「覚えた状態をキープする」ステップでは、ステップ2「覚える」と同様にテストが欠かせません。ステップ2では、記憶を強化する、きちんと記憶できたかどうかを確認することがその狙いでしたが、このステップ3におけるテストの狙いは復習です。覚えたことをテストによって定期的に思い出し、忘れないようにするわけです。
でも、そのときに記憶したものすべてを思い出す必要はありません。そんなことをしていたら、勉強を続けて記憶が増えるにつれてテスト内容も膨大なものになってしまいます。そうではなく、ある領域に関してまとまりとして記憶したなかの一部を思い出すだけでいいのです。そうすれば、その周辺にある情報も思い出したことと同じ状態になると、研究によって確かめられています。
自分でテストをつくる手間を惜しんではいけない
最後の「適切に思い出す」ステップでは、「記憶としてインプットしたものをいったいどうしたいのか」を事前にしっかり考えておく必要があります。
書籍を読んで重要な内容を記憶するにしても、その記憶を活かしてなんらかのアイデアを生みたいのか、あるいは単純に誰かに本の内容を説明したいのかといったアウトプットのかたちによって、記憶するべき内容も変わってくるはず。
そして、ステップ2「覚える」、ステップ3「覚えた状態をキープする」におけるテストも、そのアウトプットのかたちに沿ったものにすべきです。英語を勉強して外国人と会話をしたい人が、筆記による単語テストを繰り返しても大きな効果は得にくいでしょう。
そういう意味では、いかにテストをつくるかも、とても重要です。資格勉強をしている人なら問題集や模試もあるかもしれませんが、社会人にとっての勉強はそういった勉強だけに限りません。教養をつけるための読書を通じた勉強などにおいては、テストを自分でつくらないとならないのです。
テストを自分でつくるというと「手間だなあ」と感じる人もいるかもしれません。ですが、記憶を強化するにも、きちんと記憶できたかどうかを確認するにも、覚えたことを忘れないようにするにも、そして自分が使いたいかたちで記憶を使うためにもテストは非常に重要なもの。
テストをつくらなかったために記憶できない、記憶を活用できないなんて状況になってしまうことを思えば、テストをつくることのメリットはとても大きいのです。
【畔柳圭佑さん ほかのインタビュー記事はこちら】
記憶定着アプリ開発者「記憶は苦しいものではない」。ラクに効率よく覚えるための4ステップ
成長したいビジネスパーソンが「記憶の習慣化」に取り組むべき、深い理由。
【プロフィール】
畔柳圭佑(くろやなぎ・けいすけ)
1988年3月26日生まれ、愛知県出身。モノグサ株式会社代表取締役CTO。東京大学理学部情報科学科卒。東京大学大学院情報理工学系研究科にてコンピュータ科学を専攻。分岐予測・メモリスケジューリングを研究。修士(情報理工学)。修了後は、グーグル株式会社(現・グーグル合同会社)に入社。Android、Chrome OSチームにて、Text Frameworkの高速化およびLaptop対応、ソフトウエアキーボードの履歴・Email情報を用いた入力の高精度化、およびそれを実現する高速省メモリ動的トライの開発、ジェスチャー入力の開発に従事。2016年、モノグサ株式会社を竹内孝太朗(CEO)と共同創業。CTOとして記憶のプラットフォーム「Monoxer」の研究開発に従事。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。