
データもロジックも完璧。プレゼンの練習も十分した。
それなのに、なぜか相手の心が動かない。
「理屈はわかるんだけど...…」
この言葉を聞いた瞬間、あなたの努力は水の泡となる。
じつは、「論理的」に見える人でも、意思決定には「感情」が大きく影響しています。相手のタイプを見極め、適切なアプローチを選ぶことが、成功の可能性を高めます。
本記事では、あなたのプレゼンを改善するヒントをお伝えします。

「論理型」と「感情型」を見分けるサイン
じつは見分け方はシンプルです。相手が「論理型」か「感情型」なのかを判断するには、以下の3つのサインを観察しましょう。
① 小さな失敗や雑談への指摘のしかた
人は、完璧な状態では本心を見せません。小さなミスや突発的な出来事への対応に、その人の本質が表れます。たとえばあなたの資料にミスがあったとき、相手はどのように指摘してくるでしょうか??
論理型 「このスライドの数字、修正をお願いします」と、あくまで問題解決に焦点を当てる
感情型 「大丈夫、次は気をつけよう」と、失敗について感情的なサポートを示してくれる
また、本題に入る前の雑談でも相手のタイプを見分けることができます。趣味や休日の過ごし方といったプライベートな話題に、興味を示すかどうかも重要なサインです。
② 意見が食い違ったあとの態度
ビジネスでは、ときに意見が対立することがあります。そのとき、相手がどのように振る舞うかで、その人の思考プロセスが見えてきます。
論理型 「その意見の根拠はなんですか?」と、客観的な事実に基づいた議論を好む
感情型 「こっちのほうが面白そうじゃない?」と、感情的な言葉で自分の意見を主張する
意見の対立は、相手の「素」が最も出やすい瞬間です。冷静に事実だけを追うのか、それとも感情を交えて語るのか、この違いを見逃さないようにしましょう。
③ 提案に対して「なに」に興味を持つか
あなたが提案をしたとき、相手がどこに最も興味を持つか観察してみましょう。
論理型 「その提案のKGI(重要達成目標指標)は?」と、具体的な数字やエビデンス、事実に基づいた情報を求める
感情型 「このサービスを通じて、どんな未来を描きたいですか?」と、提案の背景にある想いやビジョン、ストーリーに関心を持つ
相手が「なぜ?」と問いかけてくる対象に注目することで、その人がなにを重視しているのかが見えてきます。
こうした3つのサインを複合的に見ていくと、相手のタイプがより正確にわかるのです。まず、相手を観察するところから始めてみてください。
相手が最初に投げる「なぜ?」は、数字に向くか? それとも人に向くか?

タイプ別のアプローチ戦略
相手のタイプに見当がついたら、次のステップはアプローチを切り替えることです。
相手は「論理型」「感情型」か。それぞれに効果的なアプローチがあります。
【論理型】の相手には「数字+エビデンス」を提案する
このタイプは、感情的な揺れ動きを嫌い、確固たる事実に基づいた判断を好みます。
【アプローチのポイント】
結論から話す | 最初に最も重要な結論を提示し、そのあとに詳細な根拠を述べる
客観的なデータを提示する | 公式データや実績などの数字を示す
論理的に説明する | 「課題→ 解決 → 効果」といった論理的な流れで、明快に説明する
【感情型】の相手には「共感+ストーリー」を提案する
このタイプは、相手を「信頼できる人か」という感情的なフィルターで判断します。
【アプローチのポイント】
共感を示す | 相手の悩みや課題に共感し、「私も同じような経験をしました」と親近感を示す
ストーリーを語る | 提案の背景にある想いや、そのサービスがどのように人々の役に立つかといった物語を話す
安心感を与える | 自分のパーソナリティや人間性をオープンにし、心理的な距離を縮める
では、なぜ相手によってアプローチを変える必要があるのでしょうか?

合理的に見えるのに感情で動く人が多い理由
なぜ、相手に合わせたアプローチが効果的なのでしょうか。その理由は、人間の意思決定メカニズムに関する科学的根拠に基づいています。
人間は「感情」で動く
行動経済学の父と称される心理学者で、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、人間の思考には「システム1」と「システム2」のふたつがあると説きました。*1
私たちは普段、ほとんどの判断を高速でエネルギーを使わない「システム1」で行っています。たとえば、スーパーで「どちらの牛乳を買うか?」と悩むとき、栄養成分や価格を詳細に比較する人はほとんどいません。
むしろ、「知っている商品」「パッケージに安心感ある」といった、直感や感情で決めることが多いのです。事実、『影響力の魔法』の著者である金沢景敏氏は、「人間を動かしているのは、99.9999%『感情』である」と述べています。*2
冒頭のプレゼンで断られたのは、相手を無意識的に「好き・嫌い」「安心・不安」といった感情で判断を下し、その理由をあと付けで探していたというわけです。
「人は感情で動き、理屈で納得する」
この原則を理解することが、相手を深く理解するステップです。そして多くのビジネスパーソンは、その場面や関係性によって両方の側面を行き来しています。 だからこそ、次に紹介するアプローチが、もっとも実践的で効果的なのです。

実践編 ビジネスで有効な「ハイブリッド型」
ここまで「論理型」と「感情型」を明確に分けて説明してきましたが、実際のビジネスでは、両方の要素を持つ「ハイブリッド型」が有効です。
【ハイブリッド型】は「共感で距離を縮め、ロジックで裏付け」を提案する
じつは多くのビジネスパーソンがこのタイプに当てはまります。
【アプローチのポイント】
第一印象で信頼を得る | 雑談や自己紹介で人間的な魅力を伝える
課題への共感を示す | 「〇〇様の抱えるこの課題、本当に大変ですよね。私も以前、同じような状況で苦労しました」と相手に共感を示す
ロジックで裏付ける | 信頼関係ができたあと、「そこで、提案なんです。具体的な数字とデータで、この課題がどのように解決できるかご説明します」と、論理的な説明をする
最初にストーリーや共感で親近感をつくり、そのあとに「数字」や「事例」で納得させるアプローチが効果的です。だからこそ、最初に相手のタイプを論理的に観察し、適切なアプローチを使い分けることが重要なのです。
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私たちは、誰もが「論理」と「感情」というふたつの側面を持っています。まず、相手の雑談への反応を観察してみてください。小さな変化が、あなたのプレゼンを劇的に変えるヒントになるはずです。
*1: Kahneman (2003)|Maps of Bounded Rationality: Psychology for Behavioral Economics
*2: ダイヤモンド・オンライン|「頭のいい人」ほど、「理屈」で人を説得しない“深い理由”とは? | 影響力の魔法
橋本麻理香
大学では経営学を専攻。13年間の演劇経験から非言語コミュニケーションの知見があり、仕事での信頼関係の構築に役立てている。思考法や勉強法への関心が高く、最近はシステム思考を取り入れ、多角的な視点で仕事や勉強における課題を根本から解決している。