「読書はタメになる」とは聞きますが、具体的にどのようなメリットがあるのか、いまいち実感しにくいものですよね。なかには「自分は実践から学ぶタイプだから、本なんか要らないよ」なんて思っている方もいるかもしれません。
でもじつは、読書の習慣がないと、ビジネスパーソンにとって欠かせない “4つの重要スキル” が衰えてしまう恐れがあるのです。その4つのスキルとは何なのか、以下で詳しく解説していきます。
1.「洞察力」が衰えて問題解決ができなくなる
本を読まないと衰えるスキルの1つめは「洞察力」です。
経営コンサルタントの堀紘一氏は、洞察力は「観察しただけでは見えない本質を見抜く力」であると定義しています。変化し続ける世界の様相を把握し、時代を先取りするために必要な洞察力は、ビジネスにおいて不可欠な能力であると、堀氏はいうのです。
洞察力が重要であることの一例として、堀氏は自動車産業のケースを挙げています(2019年3月時点)。自動車産業は刻々と変化を続けており、最近ではガソリンと電気を併用したハイブリッド型など新しい自動車も登場。将来的には「空飛ぶ車」の実用化も期待されるなど、産業は大きく変化しつつあります。そのなかで企業が生き残れるかどうかは、現状をいかに的確に洞察して未来図を描けるかという点にかかっているのです。
そして、これはなにも自動車産業だけに限った話ではありません。「次の時代には何が来るのか?」「今のままでは取り残されないか?」と洞察することは、どんなビジネスにおいても重要ですよね。
そして洞察力のベースには、読書によって得られる知識や教養が欠かせないと、堀氏はいいます。天気図なしに天気予報ができないのと同じで、「世界は今どんな状況になっているのか」「この状況に対処するにはどうすればいいか」「参考にできそうな過去の事例はないか」といった知識がなくては、正しい洞察を行なうことはできないのです。
堀氏は「読書は “巨人の肩に乗る” こと」と例えています。
書物には、私たちがイチから調べるとしたら、一生かけても到達できない知識と知恵が凝縮されている。前の世代が巨人の肩に乗って書いたものを読み、その肩に乗って次世代に書籍を書き残す。
(引用元:ダイヤモンド・オンライン|読書で「巨人の肩に乗る」)
たとえば、自分だけの視野で見られるのが10m先までだとします。しかし、過去の賢人たちという「巨人の肩」に乗り、高い位置から世界を眺めることで、1,000メートル先、1万メートル先まで見わたす力を得ることができるかもしれません。こうした「巨人の肩」に乗って得た広い見識こそが、深く鋭い洞察力を育む源泉にほかならないのです。
先の自動車の例でいえば、これからの時代の変化を予測するには、AIをはじめとした科学技術について学ぶことが不可欠です。また急速な社会の変化に対応するには、科学技術の発展が社会をどう変えるのか考察した、社会学系の本などが役に立つでしょう。
2.「精神力」が衰えて悩みを解決できなくなる
明治大学の齋藤孝教授は、読書によって強い「精神力」を培うことができるといいます。本を読むことで、悩みに対処するための知恵を先人から学ぶことができるのだそうです。
たとえば、思うように営業成績が伸びず悩んでいるとき、本で仏教の “四苦” について読んでいれば「ああ、今は仏教で言う “求不得苦” に突き当たっているんだな」というふうに、自分の状態を冷静に分析し、苦しみをやわらげることができますよね(※求不得苦(ぐふとくく)……求めるものが得られない苦しみのこと)。
また、文学作品にも同じことがいえるでしょう。たとえば、ドストエフスキーの『地下室の手記』には、自意識過剰で疑り深い主人公の苦しみが綴られています。もしあなたが同じような悩みを抱えていたならば、この主人公の内面を詳細に言語化した文章に共感し、「自分はこういう理由で悩んでいたのか」と知るキッカケになるかもしれません。
齋藤教授は以下のように解説しています。
過去の偉大な人格に触れ、時代を超えたつながりを持っている人ほど精神が強くなる。今の時代だけを生きていると、ちょっと弱い。例えば、はるか2500年前の仏陀とつながっている人は、人類史上最強のメンターを得たということでもあります。当然それは心が強くなるでしょう。
(引用元:東洋経済オンライン|「本から学ばない人」と「読書家」の致命的な差 ※太字は筆者が施した)
読書の習慣があると、自分の悩みや感情について細やかに理解・把握することができ、また対処法も知ることができるため、逆境にも動じない強いメンタルを育むことができるのです。
3.「人格力」が衰えて部下を動かせなくなる
3つめのスキルは「人格力」です。
人格力は、部下など周りの人を動かしていくときに必要な能力です。たとえば、上司に指導されたとき、「この人にはいわれたくないなぁ」と思ってしまうことはありませんか。また反対に、「この人の言葉はいつも身に染みるよなぁ」という、思わずついていきたくなる上司もいるはず。この差を生んでいるものこそが人格力と呼ばれるものです。
経営コンサルタントの小宮一慶氏は、リーダーとして大成しない人の原因は「人間の薄っぺらさ」にあるのだといいます。
人を動かす部分というのは理屈ではありません。“古典”を重読している人物は、いざというときの言葉の選び方も違うし、常に覚悟と信念に基づいて動いている。だから、部下に教え込んだり管理したりしなくても、人はついてきます。
(引用元:プレジデント・オンライン|“古典重読”でメンター力全開、マネジメント力不要に -「頭の筋トレ術」【40代】)
つまり人格力とは、その人が持つ「言葉の選び方」と「覚悟・信念」のことを指す概念です。ふとしたときに出る言葉に重みがあったり、仕事の姿勢に確固とした覚悟がにじんで見えると、自然と人はついてくるようになります。そして、その人格力を身につける最良の手段こそが、古典を読み込むことなのだそうです。
小宮氏によると、古典を時間をかけて何度も読み込み、自己に照らし合わせながら反省する時間を持つことで、しだいに人格力が磨かれて、人間の深みが醸成されていきます。古典は時代を超えて長く読み継がれてきた名著ばかりなので、正しい生き方の指針にしたり、善悪の判断基準について学んだりするのに最適なのだそうです。
一例として、夏目漱石の『草枕』の冒頭の文章をご紹介します。
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
(夏目漱石『草枕』より引用)
要するに「世の中は理屈通りにいくものでなく、かといって感情的になっても失敗することが多いので、生きにくいものだよなぁ」という感慨が、簡潔で美しい文章によって綴られています。この文章が心に刻まれていれば、多少理不尽なことやうまくいかないことが起きたとしても、「世の中はそういうもの」と達観して受け流せるようになるかもしれません。
4.「思考力」が衰えてアイデアが生み出せなくなる
また、読書は思考の方法やパターンを学ぶのに最適です。
立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏は、「料理のレシピ」という比喩で解説しています。たとえば、レシピを知らなければ「肉じゃが」をつくることは困難です。その代わり、一度レシピを覚えてしまえば、そこから具材を変えたり、味つけをアレンジするなどして、さまざまなバリエーションの肉じゃがをつくれるようになりますよね。
思考もそれと同様です。思考の型を学ぶことで初めて、新しい考え方や独創的なアイデアを生むことができます。先人がどう考えていたか、どう発想したか、その思考の型をまねながら身につけるには、読書が最適な方法なのだそうです。
ビジネスマンが読むべき古典として、出口氏は『カエサル戦記集』を挙げています。本書には、古代ローマを率いたカリスマ政治家・カエサルがどのようにして戦争に勝利したか、その足跡が綴られています。
出口氏によると、カエサルは1,000年間も続いたローマ帝国の基礎を築き上げ、巨大な軍隊や官僚組織まで構築した、世界史の中でも傑出した戦略家なのだそうです。しかも『カエサル戦記集』はカエサル自らが記しており、思考の軌跡を直接たどることができる名著であるため、読まないのはもったいないと強く推しています。
最も有名な『ガリア戦記』には、「成功は戦闘そのものにではなく、機会をうまくつかむことにある」という言葉があります。カエサルは、攻め込むタイミングや兵の置き方などの戦術面を工夫することで、最小限の力で勝利する知恵に長けていました。たとえばゲルマニア人との戦争のときには、食料・物資が豊富な敵側の都市(ウェソンティオ城市)を先に奪ってしまうことで、相手の戦力を大きく弱らせたのです。
タイミングを重視するというこの戦術は、ビジネスでもまったく同じように通用します。たとえば商談のとき、同じ資料を出すにしても、どの資料を先に見せ、どれを最後にするかというタイミングによって、相手が受ける印象はまるきり異なってくるでしょう。
出口氏は、これからの時代の産業モデルで求められるのは「自分の頭で考え、新しいアイデアを生み出す能力」であるといいます。独創的なものが求められる時代だからこそ、読書によって思考の型を学んでおくことは、今後ますます必要になってくるのです。
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「洞察力」「精神力」「人格力」「思考力」。読書習慣がないと衰えてしまう4つのスキルをご紹介しました。インターネットが発達している現代ですが、先人が積み上げた知恵を吸収するためには、やはり読書に勝る情報源はありません。ふだん本を読む習慣がない方は、ぜひこれを機会に手にとってみてくださいね。
(参考)
ダイヤモンド・オンライン|一流と超一流の違いを生む「洞察力」は読書で養われる
ダイヤモンド・オンライン|読書で「巨人の肩に乗る」
東洋経済オンライン|「本から学ばない人」と「読書家」の致命的な差
プレジデント・オンライン|“古典重読”でメンター力全開、マネジメント力不要に -「頭の筋トレ術」【40代】
東洋経済オンライン|デキる人は一流の思考を本で「追体験」している
プレジデント・オンライン|出口治明"最高の人生の教科書を教えよう"
ダイヤモンド・オンライン|成功は「機会の活用」で決まる 連戦連勝だったカエサルの戦略思考
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。